第97話 ねこねこ☆すいーと魔法王国?!
「藤原、来るって」
朝。
スマホを片手に夕夜が死刑宣告を下す。
「えっ?」
「お昼過ぎにうち来るみたい。俺いないけど……よろしく」
「ちょっと待って、ちょっと待って!」
出て行こうとする夕夜の腕を捕まえる。
夕夜が足を止めて振り返る。
「俺もう出なきゃ」
「え、私が藤原君に?」
言うの?
伝えなきゃダメ?
「まぁ、華のせいだしね」
夕夜が呆れたように息を漏らす。
「頑張って」
「え、せめて夕夜が帰ってきてからにしてよ」
「……伝えてはみるけど」
あの藤原君がそんな気を利かすわけない。
夕夜も苦笑いだ。
「ど、どこまで聞かれるかな?」
「どうだろうね」
「いや違うか……話してないのに、どこまでバレるのか、か」
「バレるの前提なんだ」
「隠せるわけないし!」
夕夜の視線が、私の肩に落とされる。
「別に隠さなくていいけど」
「え?」
まだ跳ねたままの私の寝癖を、夕夜が指先でならす。
でもすぐにぴょんっと跳ね上がるのを見て、ふっと笑った。
「じゃあ行ってくるね」
「え、うん……行ってらっしゃい……」
夕夜に触られた髪を抑えながら、私の心臓は音を響かせた。
「え、何?」
縁側に腰掛けている王子がわざとらしく聞き返す。
私は従者のごとく、王子の脇で正座する。
「ですから、その……」
ご、拷問だ。
「っていうか、絶対聞こえてたでしょ!!」
「えー。こんな大事な情報、聞き間違えちゃいけないだろ?」
藤原君が愉しそうに笑う。
「〜〜っ、全部分かってるくせに!」
「あれ? 逆ギレ?」
「キレてないもん!」
「まぁいいや。後で大伴君に聞こ」
結局、夕夜もいじる気満々じゃん。
「ほどほどにしてやれよ、コーキ」
座卓でだらりと体勢を崩しながら様子を見ていた兄が、助け舟を出してくれる。
「名竹君は安心できて良かったんじゃない?」
「まあ、お前じゃなくて本当に良かったよ」
「どうせ大伴君しか認めないだろ」
組んだ足をぶらぶらとさせながら、藤原君が小さく笑う。
「つーかお前って、ユーヤから聞いたの?」
「いや、名竹さん俺の目の前で急に告ったから」
「ちょ、藤原君!!」
「え。ハナ、何やってんの……」
兄が本気で引いた顔をする。
「わ、私だって! ほんとはもうちょっと、ちゃんとした時に言うつもりで……」
「名竹さんに計画通りの進行は無理だと思う」
「思ったことすぐ口にするからな」
「まぁ、今回は結果オーライだけど、仲間にはいて欲しくねぇよな」
藤原君が意地悪に目を細める。
「藤原君だって⋯⋯普通、あんなところで急に降ろす?!」
「俺は計算してやったんだよ。帰りまで完璧だったろ?」
「っ!!」
絶対後付けだ!
でも悔しいけど否定もできない。
家までの道のりは二人が落ち着くには、ちょうどいい時間ではあった。
私の沈黙に藤原君は勝ち誇った笑みを浮かべる。
「俺に何言っても無駄だぜ?」
「じ、自分で言う?!」
「まぁ、大伴君となんかあったらとりあえず聞いてやるよ」
「え、やめとく」
「ろくなことになんねぇだろ……」
「みんなひどくね?」
私と兄は顔を見合わせる。
私たちの歪んだ表情を見て、藤原君は満足そうに笑った。
***
「で、では! いざ!」
「ふっ、戦いにでも行くの?」
「だからここは戦場なんだってば!」
コミックケージ、略してコミケ。
玲香曰く、あの建物の中は獲物を求める猛獣たちの檻になるらしい。
私も夕夜もよく知らないまま、来てしまったけど。
でも、駅から次々と湧き上がる人の波を見れば分かる。
あの中はきっと戦場だ。
「マジすごい人だな……瀬戸はどこに?」
「東棟入り口で待ち合わせてる」
「見つかるのか……」
あまりの人の多さに、夕夜は入り口に着く前に疲れている。
「なんかすぐ逸れちゃいそうだよね」
「マジで気をつけてよね」
手を取られ、指を絡められる。
こ……恋人繋ぎ……。
な、なんか意識すると恥ずかしい。
別の緊張までしてきた。
俯いて黙った私を見て、夕夜が小さく笑った気がした。
「華っ!」
しばらく進むと玲香の声がした。
顔を上げて、辺りを見回す。
夕夜が柱の近くを指さした。
「あ、玲香!」
駆け寄ろうとして、繋いでた手に一瞬迷う。
それに気づいた夕夜が何も言わずに手を離してくれた。
「なんか久しぶりだね! 元気だった、華?」
「うん! 玲香も! 会いたかったよ!」
久々の再会に思わず手を広げると、背の高い玲香は私を覆うように抱きしめた。
私を離すとそのまま、夕夜に視線を向ける。
「大伴、聞いたよ。ほんと良かったなぁ」
玲香が満面の笑みで手を広げる。
「何?」
「私も嬉しくてさ。ハグしない?」
「するかよ」
呆れたように視線を逸らす夕夜に、玲香は悪戯っぽい笑顔を浮かべた。
「で、王子も結局来るんだって?」
「うん、なんか急に行くって」
「華たちが心配になった?」
「なんだかんだで面倒見いいからね、藤原君」
「いや絶対他になんかあるでしょ……」
夕夜が眉をしかめるから、私と玲香は顔を見合わせて笑った。
噂をすれば。
夕夜のスマホが震える。
「藤原。今、入り口で車降りたって」
「あと五分くらいかな」
玲香がそわそわしながら会場を覗いている。
いつもクールな玲香がなんか可愛い。
「玲香の目当てはどこなの?」
「私、本命は明日だから。今日は自由に見て、華たちとゆっくり遊ぶよ!」
「瀬戸、明日も来るのか……」
信じられない、という表現を浮かべる夕夜。
「うん、今日は親戚のうちに泊まってんの」
「よくやるね」
「だから今日はじっくり案内してやるよ」
「そう⋯⋯」
夕夜が疲れたように肩を落とした。
ふと人混みの向こうに輝きを感じて視線を向ける。
気だるげに歩いてくる藤原君が見えた。
「藤原君、こっち!」
目は合ったのにノーリアクション。
そして、なぜか周りの人が藤原君から距離を取る。
まるでモーセの十戒。
みんなどこか戸惑ったように、遠巻きに藤原君を眺めている。
「王子、野生のコスプレイヤーじゃん」
玲香が可笑しそうに笑う。
「ちゃんとコスプレ登録しときなよ」
「するかよ」
「あ、写真撮ってもいいですか?」
「マジうざいんだけど、瀬戸さん」
玲香が楽しそうに藤原君をいじる。
「ほら」
差し出されたスマホには、金髪碧眼のイケメン王子なキャラクター。
⋯⋯似てる。
確かにコスプレだと思われても仕方ない。
でも、目つきが全然違うんだけど⋯⋯。
思わず吹き出すと、藤原君に睨まれる。
「藤原君⋯⋯盗撮とかされないように気をつけてね」
「そんなことしたやつ、最下層から追い詰めてやるよ」
「さ、さいでか」
やっぱりこの王子、物騒だ。
「で、行くとこ決まってるの?」
「今日は適当に歩くらしいよ」
「俺、企業ブース行きたいんだけど」
「え、王子が? どこ?」
玲香が少し驚いている。
「西3ホール、583」
玲香とスマホのマップで確かめる。
え⋯⋯?
「「ねこねこ☆すいーと魔法王国?!」」
――何があった、藤原君?!




