第96話 届いた想い
しばらく道路脇で立ち尽くす。
どうしていいか、分からない……。
車が一台、すぐ脇を通り過ぎる。
咄嗟に夕夜が私を歩道側へ寄せた。
距離が近づいて息が詰まる。
「危ないから、行こう」
歩きだした夕夜について行きたいけど、足が、動かない。
夕夜が数歩進んで振り返る。
「華?」
動かない私を見て、少し困ったように笑う。
迷うように手を伸ばし、そっと私の手を引いた。
こんなときでも、夕夜は優しい。
話さなきゃ。
ちゃんと、言わなきゃ。
「ゆ、夕夜」
夕夜が足を止める。
背中を向けたままの夕夜の手を少し引っ張る。
「こ、公園で話したい、です」
夕夜は黙ったまま小さく頷くと、私の手を引いて公園に入っていった。
ベンチに腰掛ける。
目を閉じて、深呼吸をする。
夕夜の部屋で、伝えたいと思った気持ちを思い出す。
夕夜の笑顔を見て、溢れた気持ちを思い出す。
「あ、あのね」
「うん」
夕夜の顔をちゃんとみる。
うん、大丈夫。
「夕夜、いつも一緒にいてくれて。私のこと、見捨てないでいてくれてありがとう」
「うん」
夕夜が小さく笑う。
「私が触りたいって思うのも、そばにいて欲しいって思うのも夕夜だけだよ」
「……うん」
少し驚いてる夕夜の表情が、可愛い。
胸がふっと軽くなる。
「記憶なくしちゃって、夕夜にすごく寂しい思いをさせちゃったけど。でも、夕夜にもうそんな想いをさせたくないなって。これからも、ずっと」
ちゃんと伝えるんだ――。
「私、夕夜が好きだよ」
夕夜が柔らかく笑う。
「……うん、知ってるよ」
「ふふ、何それ」
思わず笑う。
でも、夕夜が片手で目を押さえて俯く。
少し震えてる。
「夕夜……?」
「ごめ、見ないで」
思わず息がもれる。
可愛い。
俯く夕夜の顔を隠してあげるように抱きしめる。
「マジださい……」
「そんな夕夜も、好きだよ」
夕夜が背中に手を回してぎゅっとしてくる。
「……俺も、藤原の前でなんか言っちゃう……ポンコツな華が、好きだよ」
「すぐそういうこと……」
でも。
二人で顔を見合わせる。
「ほんとどうしようね……」
***
「あ、お、おかえり!」
食事を終えた兄とおじさんが帰ってきた。
縁側に腰掛けていた私に、おじさんが優しく笑う。
「華ちゃん、急に鏡夜借りてごめんな」
「い、いえ!」
おじさんの後ろに立つ兄と目が合い、少し焦る。
思わず変な目の逸らし方をしてしまった。
「ラーメン食った?」
「う、ううん! 結局、こっちに戻って! 凪さんに、作ってもらった、よ?」
兄とおじさんが顔を見合わせる。
おじさんが何かを確かめるように、私を見る。
「華ちゃん、夕夜は? 部屋?」
「夕夜さんはお風呂ですよ」
奥からハウスキーパーの凪さんが顔を出す。
昔から私たちの面倒も見てくれている人だ。
ちなみに半年ぶりなのに、会ってすぐに私と夕夜の関係に気づいた強者第一号だ。
凪さん侮れない。
「あら、鏡夜さん久しぶり。半年見ないと華さんもだけど、一気に大人っぽくなるわねぇ」
「凪さんは変わんねーな」
「この年には何よりの褒め言葉だわ」
兄と凪さんが話し出す。
今日が、凪さんが来てくれてる日で良かった。
なんか気まずくて居心地が悪い。
庭に視線を戻し、呼吸を整える。
告白した後もこんなに緊張するなんてな……。
そもそも今日、好きって言うつもりなんてなかったのに……。
「良い風だな」
おじさんが隣に腰掛けてきた。
「は、はい」
「……夕夜をよろしくな」
「はい……えっ?」
おじさんは意味ありげに笑う。
虫の声だけが賑やかに響く。
え……おじさん第二号?
気づくにしても早くない?
「あれ、父さん帰ったの?」
夕夜がお風呂上がりの姿で奥から戻ってきた。
当たり前のように私の横に座る。
お、おじさんもいるのに。普通すぎる……。
おじさんはそんな夕夜を見て、小さく笑った。
「ねぇ、ユーヤくぅん?」
背後から来た兄が、夕夜の肩に腕回す。
「俺のハナちゃん泣かしたら、コーキと組むからな」
「変な知恵付けるのやめて」
え? 兄まで三号?
え、みんな、どこで分かるの?!
強者ばかりで怖いんだけど!
「ハナ」
夕夜と肩を組んだまま、鏡夜が私を向く。
少しだけ視線を下げた。
「ユーヤの言うことちゃんと聞けよ?」
「え?」
前もそんなこと言ってたけど……。
兄は何が心配?
「まあ。ただ、釘は刺しとこう」
夕夜の首に腕を回し、締めるように引き寄せる。
「ハナに手出すのはまだ許さねぇからな?」
「なっ! 鏡夜!」
わ、私も、しかもおじさんもいる前で!
そんなこと言う?!
し、信じられない!
兄をキッと睨むと、逃げるようにその場を離れた。
その後、夕夜たちがどんな会話をしたのかは知らない。
そして。
お風呂に沈むこと三回……。
反省会という名の悶えは続く。
まさか今日、夕夜と付き合うことになるなんて……。
夕夜が、か…… “彼氏” ……。
これから何が変わっていくのか分からなくて、ドキドキしてしまう。
心臓が持たない。
それにしても……。
もっとちゃんと伝えるつもりだったのに。
……少なくとも藤原君の前じゃなかった。
もう一度、湯船に沈んだ。




