第95話 それは突然に
「あいつら、ずっと繰り返してるんだろ?」
藤原君が “見た” 無貌の真実。
同じ無貌が繰り返し、現れる。
引き継がれている記憶。
「一体どんな業を抱えてるんだ?」
鏡夜は口元に笑みを浮かべたまま、川を眺めている。
「カワイソウになった?」
「まぁ名竹さんを追っかけてるだけだしな。大伴君や名竹君にはそれが問題なんだろうけど」
藤原君が私を見る。
「俺には名竹さん守る理由ねーよなって」
「え? 藤原君?!」
藤原君が薄く笑う。
じょ、冗談……だよね?
「だから教えてよ」
「……雑な交渉だな」
「まぁ確証得たいだけだし」
藤原君が挑発的な笑みを浮かべる。
「あいつら、何が欲しいの?」
「……取られたもの」
「名竹さん何盗んだの? ドロボーじゃん」
「え?! 私?!」
どちらかと言えばドロボーは藤原君じゃ……
無言で睨み合う私たちを見て、鏡夜がくすりと笑う。
「違ぇよ。ハナは持ってただけ」
「何を?」
「もしかして、それは……愛?」
「それ寒いからマジやめれ」
藤原君に睨まれ、睨み返す。
鏡夜がこちらに向き直ると、欄干を背に寄りかかった。
「たぶん、無貌は敵じゃねぇんだと思う」
藤原君と鏡夜が視線を合わす。
「……俺もそう考えてる」
敵じゃ、ない?
私だけを本能で狙う存在――。
けど、それに敵意がないとしたら?
二人の言葉で、私の中の無貌という存在が突然姿を変えた。
「それって……ほっといちゃダメなの?」
私が近寄らなければ……。
「あいつらの解放が、あの女の願いでな。別に義理はねぇが、知っちまうとな」
「……」
「それは名竹さんの “綻毘” じゃできないの?」
「綻毘でもいい、今よりは十分だ。ただ、次へ……」
鏡夜が視線を落として、言葉を飲み込む。
藤原君が納得したように肩をすくめる。
「かぐや姫の願いは “戻す” ことではないのか」
鏡夜は黙ったまま。
しばらくして小さく息を吐いて、わざとらしく手を振る。
「やっぱお前と話すのやだわ。やめやめ」
「最後に、もう一つだけ」
そうはさせないと藤原君が、どっかの特命係みたいなことを言い出す。
「無貌って五家と関係ある?」
鏡夜が息を漏らして笑う。
「じゃなきゃ俺は戦わねーよ」
「……だろうね」
苦笑いを浮かべる鏡夜。
真顔のまま川を見つめる藤原君。
橋の下を流れる水の音が、私の不安を煽った。
***
帯瀬川の調査が終わって、藤原君の車で送ってもらう。
「大伴君、仕事終わったって」
助手席でスマホを見てる藤原君が言う。
「見てるよ」
隣でスマホを見てた兄も言う。
「斎藤、このまま伴商行って」
「はい」
え、夕夜?
兄のスマホをちらりと覗く。
「グループRINE?!」
夕夜と兄と藤原君がメッセージのやり取りをしている。
兄が微妙な表情をした謎生物のスタンプを送る。
「え、ズルい!! いつの間に?!」
「ハナは入れないぞ」
「え、なんで?! 仲間じゃん!」
「さっき外されたじゃん」
藤原君が意地悪に笑う。
兄もニヤけた視線で私を見る。
「ハナ、男子高校生のエロトークについてこれるのか?」
「え、えろと……?」
「それは名竹君だけだろ」
「お前らだって大概だかんな」
兄がケラケラと笑う。
え、どんなこと話してんの……。
「……やっぱいいです」
「で、どこ行こうか?」
「ラーメン一択だな」
「一昨日もラーメンだったじゃん」
「え?! 一昨日も会ってたの?!」
仲良すぎない?
てか何故教えてくれない……。
「ラーメンは店変われば、もはや別物だろ」
「雑だな」
「全部のラーメン一緒って思ってる方が雑だろ」
「てか二人は本当に遊んでるだけなの?」
「何してると思ってんの」
藤原君が冷ややかな視線を向けてくる。
「いや……」
だって……ねぇ……。
共通点が“やばい”しかない二人が……。
「だべって話してるだけだよな」
「大伴君と違って、俺ら暇だからな」
どんなこと話してんの……。
暇を持て余したこの人たちからまともな話が出るとは思えない……。
車が夕夜のいる伴商の向かいの道路脇に止まる。
塀に囲まれた三階建てのビル。
正門の奥には広い駐車場と建物の正面玄関が見える。
「ちょうど出てきたな」
藤原君が窓の外に目を向ける。
事務所の正面玄関から夕夜とおじさんと、何人かの従業員が出てくる。
大人たちに囲まれて柔らかい表情で会釈する夕夜。なんだか別人みたい。
「ユーヤ君、かっけぇな?」
私の肩越しに覗いてた兄が、にやりと笑う。
駐車場へ向かう人たちから一人外れて、夕夜がこちらに向かってくる。
私たちの車に気づいた夕夜と目が合った気がして、何故だか急に緊張してきた。
そんな夕夜を追って、三人の若い女性が声をかける。
女性たちの方へ向き直った夕夜の表情は見えなくなった。
「あらら」
藤原君の声が愉しそうに弾む。
ちらりと私を見る。
何か言いたげ。
夕夜も、親しげ……。
一人の女性は夕夜の腕に自然と腕を絡めている。
距離が近い人なのかな。
思わず目を逸らした。
「あれ? もう余裕はないの?」
「え?」
「前は大伴君が告られてても余裕ぶっこいてたじゃん」
「だって……告白は断れるけど、あれは……無理じゃん、仕事だし」
うじうじと答える私に藤原君が大きなため息を吐いた。斎藤さんがくすくすと笑っている。
「名竹さんてどこまで分かってるの? まぁでもあれは、セクハラパワハラだよな」
「だよな、俺文句言ってこよー」
「「はっ?!」」
兄は車を降り、道路を渡っていく。
そして躊躇うことなく敷地内に入り、夕夜の元へと近寄っていく。
「名竹君じゃ、逆効果じゃね?」
「え?」
兄が夕夜に声かけると女性たちが一気に色めき立った。
……そんな気がした。
兄は女性たちと談笑しながら、一回だけ私たちの車を指さす。
そのまま夕夜を引っ張って腕を組んでいた女性から離すと、夕夜の背中を押した。
夕夜は女性たちに見送られ、首を傾げながらこっちに向かってくる。
兄は女性たちと話したまま。
そこに一人の男性が近づいてくる。
夕夜のお父さんだ。
おじさんも混ざりながら話をし出した。
車のドアが開き、兄の座っていた場所に夕夜が乗り込む。
「お疲れ様」
藤原君が薄い笑いを浮かべて、夕夜を労う。
「うん。斎藤さんも、ありがとうございます」
夕夜と斎藤さんが挨拶する。
夕夜が私を見ると、少しだけ目を細めた。
「華も二人の面倒大変だったでしょ」
「え、うん……」
さっきのことなんか何でもないかのように、話し出す。
でも夕夜から微かにいつもと違う香りがする。
ちょっと嫌。
「名竹君、連れてかれたけど」
「え?」
いつの間にか兄の姿が女性の輪から消えていた。
奥の方で、おじさんの車に乗り込む兄の姿。
藤原君がスマホを打つ。
すぐに返信が来たようだ。
「捕まったって」
「何それ」
「ごはん食べにいくことになったって」
夕夜が呆れたように苦笑いを浮かべる。
「鏡夜も引き抜く気かも」
「大伴君のお父さん、ああいうの好きそうだったもんな」
「気にいると放っておかないからね」
「つーか、名竹君の希望でラーメンだったんだけどどうする?」
「ファミレスとかでもいいよ?」
「じゃそうするか」
「華は? それでいい?」
「あ、うん」
なんか話があんまり入ってこない。
上の空のまま、車が動き出した。
「華、どうしたの?」
さすがに夕夜も気がつく。
「名竹さんも腕組めばいいじゃん?」
「腕? なんか考えごと?」
「ち、ちがっ!」
「ふっ、そんな真剣に夕飯考えてるの?」
夕夜が可笑しそうに笑う。
そのいつもの笑い方に胸が詰まる。
苦しくて少し俯く。
あぁ、やっぱり私……。
「夕夜が好き」
車内から音が消える。
誰も何も言わない。
――えっ?
私、今なんて……
夕夜の方を見られない。
「え? 今の俺聞いていいやつ?」
静寂を破った藤原君の声がニヤけている。
それでも縋って藤原君を見上げる。
絶対逃してくれない、助けてもくれない顔をしていた。
「あ、華……」
夕夜が口元を抑えて顔を赤らめる。
「え、あ、あの、ちが――」
「名竹さん」
藤原君が私の言葉を遮る。
「降りろ」
「え!」
斎藤さんが少し先にあった公園に車を寄せる。
ハザードの音だけが車内に響く。
「え……」
「早くしなよ」
藤原君の圧に押されるように、ドアを開けて車を降りる。
夕夜も戸惑いながら降りると、助手席の窓が開いて、悪としか言えない笑みを浮かべた藤原君が顔を出す。
「もう逃げるなよ、名竹さん」
そう言って、青ざめる私と赤い顔の夕夜を残して車は去っていった。




