第99話 鏡夜が学校に行ってるよ
「あいつ大伴君の父親にも会ったって言ってたな」
思考が先走るのを抑えるように話す、藤原君の声が車内に響く。
「そう言えばそんなこと⋯⋯」
――『お父上を一度見かけたことがあるんだよ。ありゃいい男だな、俺の次に』
あんまり重要そうなセリフじゃなかったから、思いっきりスルーしてた。
「一番情報がないはずの藤原家の人間が、大伴家はともかく、鷹野を知っている⋯⋯斎藤?」
「え、わ、私は何も聞いてませんよ?」
鋭い視線を向けられ、斎藤さんが慌てふためく。
この感じだと恐らく嘘はついていなさそう。
藤原君が足元からノートパソコンを取り出す。
キーボードを打ち込むと、画面にラブチャのオープニングが映し出された。
私も夕夜も何度も見た映画。
怒気をはらんだ表情の藤原君が、ベタなラブコメを4倍速で真剣に見ている。
しゅ、シュール。
「内容がないな⋯⋯」
時たま早送りを交えながら終盤に差し掛かった頃、藤原君が呆れたように呟いた。
「ただ単に鷹野のキャラを気に入っただけか?」
「明景さんならそれも十分にありそうです」
斎藤さんが遠慮がちに言う。
「⋯⋯何かありそうだが、あの親父だ。読めないな」
画面を切り替えて、映画の情報を出す。
「四年前の作品。それ以前に鷹野と接触しているのか」
「でも⋯⋯鷹野先生に似てるんじゃなくて、鷹野先生本人がモデルだったなんてね」
思わず口にしてしまう。
藤原君とミラー越しに目が合う。
「名竹さんはこの映画、どう見てる?」
「藤原、それは⋯⋯」
夕夜が先に反応する。
「最初から惹かれ合ってる先生と生徒が、卒業まで気持ちを抑えてるのって切なくない?」
夕夜が俯き、藤原君が無表情になる。
「先生は基本無表情でぶっきらぼうなんだけど、優しくて、主人公が困ってるとほっとけないんだよ。なんだかんだで、自分より相手を優先しちゃうの」
藤原君が額を押さえる。
「もういい⋯⋯」
「不器用にずっと待ち続けるんだよ? あとね、幼馴染もすごくいい人なの! 邪魔しながらも、たまに応援しちゃうのもいいよね。ほんと乙女心に響くんだよ」
「早口やめれ」
藤原君が舌打ちをする。
「なんで名竹さんに聞いたんだ俺……」
「だから止めたのに」
「聞いといてひどくない? そもそも藤原君がちゃんと見てれば!」
「誰が親の恋愛観なんて見たがるんだよ」
藤原君は投げ出すように座席にもたれる。
口元に指を当てたまま窓の外へ視線を流す。
しばらく黙って考え込んでいた藤原君は、小さく息を吐いた。
「さて。どう煮詰めていこうかな、あの親父」
「お手柔らかにお願いしますね」
斎藤さんが恐る恐る言った。
「俺も父さんに探り入れようか?」
「え、夕夜が?!」
おじさん煮詰めるの?!
「なんで名竹さんが驚くんだ」
「え、だって夕夜って反抗期もまだなのに……」
おじさんに口答えとか言い争いしてるとこも見たことないし。
「別に反抗するつもりないけど⋯⋯」
「うちの親父と違って、大伴君のとこは話が通じるだろ」
「タイミング見て聞いてみるよ」
藤原君は小さく頷いた。
そして――。
更木市内に入ると、藤原君が徐ろにスマホを取り出し、電話をかける。
「ねぇ今、家?」
「じゃあ家戻ってよ」
「あと2、30分したら行くから」
ずいぶん一方的な電話⋯⋯。
電話の向こうから、焦って怒鳴るような男性の声が漏れ出る。
「今名竹さんたちといて、送ってからそっち向かう」
私とも知り合い?
「欲しがってたの手に入れてやったから持ってくよ、先輩」
先輩? え、石上先輩?!
藤原君は口角を上げて電話を切る。
一瞬だけミラー越しの私を見て、くくっと笑った気がした。
え、もしかして!
藤原君が買ってたあの猫耳は石上先輩からの頼まれもの?!
あれは石上先輩の趣味?!
確かに、石上先輩は水色の子好きそう!
隣でこっそりはしゃぐ私を見て、夕夜が呆れたようにため息を吐いた。
***
翌日。
お盆のお墓参り。
大伴家のお墓参りを終えたあと、そのまま隣の市にある私たちの両親のお墓に来ていた。
「鏡夜?」
「ん?」
両親の墓石を見つめていた鏡夜が、ゆっくりと私を見る。
「お手入れこんなもんかな?」
「じゅーぶんだろ」
三歳の頃に事故で亡くなった両親の記憶はあまりない。
はっきりと覚えているのはあの子守唄くらいで、あとはぼんやりとした温もりの影だけ。
でも鏡夜は違う。
お父さんに背負われながら教えられたことも、お母さんに抱かれながら約束したことも、ちゃんと覚えているらしい。
隣で手を合わせている鏡夜は、私の知らない時間を抱えて“兄”になっていった。
「ハナ、ちゃんと報告した?」
「したよ、鏡夜が学校に行ってるよって」
「それじゃないだろ」
お線香の煙の隙間で、兄が苦い顔をして笑う。
でも、まずはそれを伝えたかったから。
「俺たちもいいかな?」
少し離れた木陰にいた夕夜とおじさんが、私たちの様子を見計らってやってきた。
「ありがとうございます」
兄が小さく頷く。
夕夜とおじさんが手を合わせている間、少し沈んだ様子の兄を見上げる。
兄は小さく笑って、私の頭をぽんと撫でた。
兄はそのまま一人、先に歩き出す。
それに気づいたおじさんが私と夕夜に目配せすると、兄の後を追った。
「鏡夜」
呼び止められた兄が振り返る。
おじさんは兄の肩を軽く叩くと、そのまま横に並んで歩く。
一人で進もうとする兄を、いつもおじさんは立ち止まらせてくれる。
一人にしないでいてくれる。
そして夕夜も――。
隣で歩幅を合わせて歩いてくれる夕夜を見上げる。
視線に気づいた夕夜がわずかに微笑む。
何も言わず、隣にいてくれる。
これから先も、大丈夫な気がする。
私たちには、一緒に歩いてくれる人たちがいる。
だから、少しでも安心してほしくて――。
空を見上げて思い出の影を探した。




