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第100話 誕生日プレゼント


「夜さ、隣町の商店街の納涼祭行こうよ」


「えっ?」


 朝、出勤前の夕夜に誘われる。


「誕生日でしょ」


「えっ?!」


「何か不都合ある?」


「あ、いや。ない、です⋯⋯え?」


「何でもうテンパってんの?」


 突然の誘いに慌てる私を見て、夕夜がくすくすと笑う。


「そ、それって! ゆ、浴衣の方がいい?」


「他の奴に……いや、普通でいいよ?」


 夕夜の表情が一瞬だけ曇った気がしたけど、すぐいつもの穏やかな顔に戻っていた。

 現地での待ち合わせを約束して夕夜が出勤していく。


 え、夕夜と?!

 た、誕生日に?

 で、デートみたい⋯⋯!



「ってかデートだろ」


 昼過ぎ。

 浮足立っている私を見た藤原君が、居間の座卓で頬杖をついて呆れている。


「え、なんでいるの藤原君」


「名竹君を祝おうと」


 藤原君は縁側へ視線を向ける。


 仰向けに寝転んでいる兄は、一瞬だけこちらを見ると、興味なさそうにまた手元のスマホへ視線を落とした。


「え、私も誕生日なんだけど?」


「マジ図々しいな」


 そう言いながら、藤原君はにやりと笑うと鞄から何かを取り出す。


「これやるよ」


「え?」


「誕プレ」


 むき出しになったスマートウォッチを差し出される。包装どころか箱にも入っていない。けど、新しさは感じる。

 いきなり高価そうなものを渡されて戸惑う。


「名竹君にはこっちね」


 そう言って小さな四角いケースのようなものを放り投げる。

 受け取った兄は、寝転がったまま目の前でかざす。


「なにこれ?」


「GPS。持ち歩いてなよ、攫われても見つけてやるよ」


 とうとう真正面から渡された⋯⋯。

 怖い⋯⋯。


「電波届く場所ならいいけどな」


「逆に月なら届きそうじゃね?」


 藤原君。

 それ、あまり冗談にならない⋯⋯。


「お前に管理されるだけじゃねーの」


「まぁ⋯⋯」


 藤原君が半笑いを浮かべる。


「だから怖ぇって」


 二人で小さく笑い合う。

 突っ込んでいいのか分からない⋯⋯。

 た、楽しそうならいっか。


「で、これは……藤原君のおさがり?」


 私は受け取ったスマートウォッチを恐る恐る手のひらに乗せる。


「ちょっといじってある」


「いじって?」


「受信専用」


「え?」


「俺からのメッセージだけ受け取れる」


 画面に視線を落として、傾ける。

 シンプルな時計が映し出される。


「送信とかアプリとか……余計な通信機能は潰してあるから」


「なんで?」


「あ、でも時計と健康管理は使えるぜ?」


「いや……だから、なんのため?」


「俺の命令だけ届く。イエスもノーもいらないから」


「は?」


 何その暴君仕様。


「俺の番号欲しがってただろ名竹さん」


「いや、藤原君と()()()()()ためにね?」


「これで連絡取れるね」


 取れる、のかな?

 スマートウォッチを眺めながら少し考えてみる。


 分からない……。


 顔を上げると藤原君のニヤニヤ顔。


「絶対嘘!」


「気づくのおせーよ」


 藤原は満足げに笑った。


「まぁ冗談はさておき」


「冗談に無駄な技術とお金かけすぎだよ」


 藤原君にスマートウォッチを返す。

 けどすぐに突き返される。


「いや、これは対鷹野用だから名竹さんが持ってて」


「対鷹野?」


「忘れてないよな? 次の無貌戦、あんたと鷹野で行くんだよ?」


「え? 夕夜と鏡夜は?」


「行かねーよ。強い奴いたら鷹野を誘い出す意味ねーじゃん」


 そういうことか!

『私が一人だから手伝って作戦』なのか!


「鷹野来なかったらあんた一人だからな。心して誘えよ」


「そのときはさすがに来てくれるんだよね?」


「誰もいねぇよ?」


「えっ?」


「説得力を出すために俺たち三人は調査名目で香島宮かしまのみやに行く」


「はっ?」


「証人は榊家。上手くいけば鷹野との繋がりも拾える」


「こっちのリスク高すぎない?」


「鷹野に助けてもらうしかない状況だな」


 藤原君はわざとらしく肩をすくめる。


「五家の中でも鷹野だけは異質なんだ。そろそろ中身を知りたい」


 藤原君がそばに置かれたままのスマートウォッチを指で叩く。


「頼むよ名竹さん」



 ***



「それでその時計ね⋯⋯」


 屋台で賑わう商店街を夕夜と並んで進んでいく。

 夕夜が私の腕に着いたスマートウォッチに、重い視線を落とす。


 あ、あれ⋯⋯。

 今になって気づく。


 藤原君とはいえ……。

 他の男の人にもらった時計を身に着けてデートってどうなんだろう⋯⋯。


 なんか気まずくなってそっと時計を外しながら、夕夜をちらりと見上げる。

 目が合った夕夜がふっと笑う。


「やっと気づいたんだ?」


「あ、はい⋯⋯なんか、すみません」


「そろそろなんか言ってやろうかなと思ってたんだけど」


「ほんと、不勉強でした」


「不勉強⋯⋯」


 夕夜が吹き出して笑う。


「ついで言うと、それ付けてると藤原に色々バレると思うよ」


「えっ?」


「位置とか、心拍数とか⋯⋯」


「心拍数?」


 夕夜がふいに私の流れている髪を耳にかける。

 指が耳に触れた瞬間、心臓が跳ね上がる。


「ほら、そういうの」


「なっ!」


「今すごい上がったでしょ」


 夕夜が悪戯っぽく笑う。

 ドキドキしてる胸を押さえる。


「こ、これは、誰でも!」


「確かに。それ使わなくても分かるね」


「~~っ!」


「ほら、拗ねてないで行くよ」


「……そう言えば、どこに向かってるの?」


「あそこのお店」


 夕夜が指さす先には和雑貨屋さん。

 店内にはちりめん細工の雑貨やアクセサリーがいっぱい並びんでいる。


 店先ではお祭りに合わせて、綺麗なかんざしが一本ずつ立て並べられ、屋台のように売られている。


「か、可愛い」


 使いどころは悩みそうだけど、きらきら輝くとんぼ玉や、ゆらゆら揺れる装飾のかんざしに目を奪われる。


「何か欲しいものある?」


「え?」


「誕生日プレゼント」


「えっ? 私に?!」


「他にいる?」


 夕夜が可笑しそうに笑う。


「気になるのとかある?」


「あっ」


 思わずかんざしを見てしまう。

 慌てて視線を逸らすと、夕夜の目が細まった。


「かんざし?」


 夕夜が立ち並ぶかんざしを一つひとつ見ていく。


「あ、でも」


 もっと普段使いできるものの方がいいかな……。

 その方がきっと夕夜も喜ぶ、よね。


 それに――。


「夕夜が見せてくれようとしたものは何?」


「え?」


「このお店に連れてきてくれたのはなんかあるんでしょ?」


 夕夜が少しだけ驚いて、すぐに優しく笑う。

 ピンクの花がついたかんざしを手に持っている。


「かんざしだよ」


「え?」


「去年、ここ通ったときに華が食いついて見てたから」


 あ、記憶をなくす前の私。

 去年も夕夜とここに来てたんだ。


「ただ去年は⋯⋯華が変なぬいぐるみ欲しがって、先にそっち買ってて⋯⋯」


 夕夜が笑いを堪えながら、口元を押さえる。

 何やってんの、私⋯⋯。


「今年も来れたし、せっかくだから」


「夕夜……」


「プレゼントさせてよ」


 どうしよう。

 嬉しいのに、胸が詰まって苦しい。


 言葉に詰まる私に、夕夜は手にしたかんざしを差し出した。


「で、華はどれがいいの?」


 小花のかんざしを受け取る。

 可愛い。


 けど。


 さっきから視界の端で、誘うように輝く藍色のトンボ玉が気になっていた。

 深い青の中に金粉が散らされてキラキラ輝いている。

 夕夜の“幾許群(そこばく)”みたいな色……。


「これがいいな」


 夕夜の目が僅かに開く。

 そして小さく笑った。


「そこは去年と違うのか」


 夕夜のどこか嬉しそうな声に、また胸がきゅっとなる。


 店員さんと言葉を交わしながら会計を済ませ、夕夜がかんざしを受け取る。


 そのまま手を引かれ、少し歩いたところで立ち止まる。

 夕夜は私の後ろに立つと、優しく髪を束ねだした。

 胸の鼓動が速くなる。


「来年は浴衣着て、これ付けてよ」


「浴衣でいいの?」


「来年には余裕欲しいよね、俺も」


「なにそれ」


 夕夜が何度も髪の毛を束ねようとする。

 束ねるそばからこぼれ出す髪にふっと笑い出す。


「あと」


 諦めたように手を放す。


「俺が付けれるわけないよね」


 笑いながら手に持ったかんざしを「はい」と渡してくる。


「ふふ、なにそれ」


 かんざしをそっと受け取る。

 藍色の玉を街灯にかざすときらきらと輝く。


「綺麗だね」


 夕夜は何も言わずに口元に笑みを浮かべる。

 髪を束ねて、くるっとかんざしを付けてみる。


「どう?」


「うん、いいと思う」


 少し照れくさくなって視線を逸らす。


「……夕夜、アップ好きだもんね」


「……髪型で決めつけるのそろそろやめない?」


 お互いに笑い合う。


 初めてのデートは去年の続きで――。

 でもちゃんと新しい私たちでもあって……。


 夕夜が見てくれていた時間を、こんなふうに繋げていきたいと思った。


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