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第92話 潜入終えて

 

 深夜2時。

 襖の隙間からオレンジ色の灯りが漏れ出ている。


 夕夜と藤原君は起きてるだろうか……。


 私は今、夕夜たちの部屋へ忍び込もうとしている。


 離れの部屋は襖で仕切られているだけ。

 奥の部屋にいる私は、居間へ抜けるのに夕夜たちの部屋を通らなければならない。


『好きに入っていい』とは言われてるものの、なんだか見ちゃいけないものを見てしまいそうで躊躇している。


 そろりと襖を開けて覗いてみる。


 左の布団に夕夜……。

 右の布団は……もぬけの殻。


 え、藤原君まだ起きてんの?!


 でもそれならチャンス!

 私は静かに襖を開けて、身体を捻じ入れた。


 忍び足で真ん中を通る。

 見るつもりはなかったのに、ふと視線は夕夜に向く。


 ……っ!

 か、可愛い!


 あの夕夜が寝息を立てて、すやすや眠ってる!

 な、なに、この生き物!!


 戦闘の限界で誰よりも先に寝落ちた夕夜は深く眠っている。


 少し乱れた浴衣が、いつもの夕夜より無防備に見えて……。

 ふわりとした猫っ毛に思わず手が伸びる。


「寝込みは襲うなよ、名竹さん」


「ひゃっ!」


 振り向くと壁に寄りかかってあぐらに頬杖をつく浴衣姿の藤原君がいた。

 視線を上げることなく、 床に置いたノートパソコンを眺めている。


 帰ってからずっとパソコンいじってたけど……。


「まさか、ずっと起きてたの?」


「今日は寝てる時間ねーよ」


「……お風呂は入った?」


「後回し」


「いや入りなよ。てか、お風呂入ってないのに着替えたの?」


「ラクだし。俺、布団で寝ね―し」


 藤原君、まさかの風呂キャンセル界隈だとは!

 もうどんな生態なの……。


「……藤原君、何見てるの?」


「監視カメラ」


「え、消してくれてるの?!」


 鏡夜の時みたいに――。


「いや、もう閲覧ログが付いてる。今さら消せない」


「え、もうバレてるの?!」


「あれだけ動けばな……まあカメラの位置は把握してたし、向こうに分かるのは『三人組が来た』くらいだよ」


「え、逃げながらカメラも避けてたの?」


「基本だよね」


「……そう、だよね」


 藤原君がパソコン画面をこっちに向ける。


 画面の隅の方で私たちが何かに向かって構えたり、しゃがんだりしている。

 画面では小さくて分かりづらいけど、カジキが飛び出している。


 けど……。


「面白いだろ? 無貌は映ってない。しかも……」


 藤原君が可笑しそうにくすくすと笑う。

 二体目の無貌に結界が張られたところで画面にノイズが走り、私たちの姿が消えた。


「情報差はまだこっちにある。今回バレたのは大伴君の有能さだけだな」


「え、夕夜狙われちゃう?!」


「今さらだな。榊家はすでに五家を警戒してる」


「そう、だよね……」


 画面に映る、敵と向かい合う夕夜に視線を落とす。


「でも夕夜が脅威になるなんて……ほんと強くなったなぁ」


「大伴君は最初から有能じゃん」


 藤原君が小さく笑った。


 そうだった。

 藤原君は最初から夕夜の能力を認めてくれてた。

 私もつられて口元が緩む。


「それ鏡夜に言ってやってよ」



 ***



「華」


 襖が叩かれる音と夕夜の声がする。

 重い瞼を開けると、いつもより明るい日差し。


 ……分かる、寝すぎた。


「華、起きれる?」


「うぃ⋯⋯」


「朝ごはん来たよ」


「うぃ……行きます……」


 少しだけぼーっとして気合いを入れてから、軽く身支度を整える。


 そっと襖を開ける。


「おはよ」


「お、おはよう」


 夕夜が!

 浴衣をぴしっと着ていて、かっこいい!

 似合う!!


 でも、昨日のあどけない寝顔も思い出してしまい、思わず視線を逸らす。


 そして視線を逸らした壁側に⋯⋯。

 無駄に絵になる藤原君の寝姿。


 パソコンを開いたまま、布団を抱えて床に眠ってる。


「……藤原君、あれ寝てるの?」


「うん、全然起きないね」


「変な生き物」


 寝ている藤原君をもう一度、見てしまう。


「なんかここだけ美術館なんだよなぁ……」


「なにそれ」


 夕夜がくすっと笑う。


「藤原、なんか遅くまで起きてたみたい」


「夜中、ずっと監視カメラの監視してたよ」


「……何で華が知ってるの?」


 夕夜の笑顔が固まる。

 私も固まる。


「え、トイレに起きたときに少し話しただけ⋯⋯」


「……そっか」


「でも私、ちゃんとTシャツで寝てたし!」


「は?」


 そう、浴衣はきちんと着ていられる自信がないからちゃんと対策した!

 賢い!


「ちゃんと考えてるよ!」


「え、うん……」


 夕夜が小さく息を漏らす。


「ふっ、それで……Tシャツなんだ」


「そう、だよ?」


 裾を持ってTシャツを見せてる私の手を、夕夜が掬い取る。


「華の浴衣も見たかったな」


「なぁっ!」


 突然の甘夕夜に大きな声が出る。

 夕夜は私の反応を見て、また笑う。


 か、からかわれた!


「朝からうるせぇな」


 不機嫌な低い声。


「イチャつくなら外行ってやれよ」


 苛立ちながら身体を起こす皇帝の色気が凄い。

 思わず目を逸らす。


「あ、藤原おはよう」


「……ふざけんてんの?」


「何が? 藤原も朝ごはん食べようよ」


「こんな寝起きで飯なんか入るわけねーだろ」


「光輝、起きたならとりあえずお風呂入ってください」


「……」


 さすがの斎藤さん。

 朝の不機嫌な藤原君の扱いにも慣れている。

 藤原君は鬱陶しそうにしながらも、斎藤さんにうまく転がされ、無事にお風呂も朝ごはんも済ませた。


 チェックアウトまでの時間、私たちは昨夜の御見澄池(みすみいけ)に行き、無貌の痕跡を探すことにした。



「やっぱ結界と一緒に消えたか」


 黒髪マッシュに眼鏡姿の藤原君が、池の淵にしゃがみ込む。

 無貌が消えたところには欠片も気配も何も残っていない。


「結界のおかげで形跡も消え、しかも榊家は二体目には気づいてもいない」


 神社の周囲に比べて、池には神社関係者がいない。

 監視カメラでも消えていたように、結界内の動きはなかったことになっているみたい。


「二体目はわざと隠したか? 何か意図があるかな」


 立ち上がった藤原君が片足に体重を乗せ、腕を組む。


「一体目のときは完全デバフ状態。榊家にも丸見えで、能力を封じられた領域内での戦い」


「榊家に都合がいい状況」


 夕夜の言葉に藤原君は頷く。


「二体目は逆。結界張って俺たちを閉じ込めた」


「俺たちには絶望的な状況。でも同時に、榊家からは隠されて華は能力も使えた」


「……それか」


 藤原君は夕夜から視線を移し、私をじっと見る。


「榊音羽の言う通りなら、榊家は結界に関与できない。見てたのは恐らく仕掛けてきた奴だけ。榊家とは別の目的がありそうだな」


「み、味方とか?」


「だとしたら捻くれすぎだろ」


「一体目と二体目を別の奴が呼んだ可能性は?」


「捨てきれない。ただカメラに映ってたのは恐らく一人」


「映ってたの?!」


「人影だけな」


 まぁ、あのカメラの画質じゃ、顔まで見るのは確かに無理だ。

 私たちもそれで助かってるし。


「透けてなかったし光ってもなかったから、人間だといいよな」


 冗談なのかそうじゃないのか、分からないことを言う。

 藤原君と夕夜が顔を見合わせ、苦笑いを浮かべる。


「そう言えば言ってなかったな」


 藤原君の声が少し低くなる。


「あの無貌、教室に出たのと同一個体だった」


「え?」


空蝉未(うつせみ)で見た。鷹野に壊されるところまで」


「それって……」


「倒してたわけじゃなかった」


 壊されて、また生まれてる?


 鏡夜が無貌は同じ場所に同じタイプが出るって言ってたけど……。

 繰り返しているってこと?


「胸くそ悪ぃよな。俺でさえ同情する」


「じゃあ私の“綻毘(ほころび)”は……」


 鏡夜は前に『救われた』って言っていたけど。


「名竹さんだけが破壊以外で終わらせられる。恐らく意味がある」


 藤原君が池に視線を落とす。


「浄化とか成仏とか、そういう能力だと踏んでたんだけどな」


 そのまま池の淵にしゃがみ、無貌が消えた場所に小石を投げ込む。

 波紋が広がる。


「あいつはそれを拒否して逃げた。綻毘(ほころび)も見た目と違う能力か?」


 藤原君の言葉に夕夜が静かに笑った。


「帰りたく、なかったのかも」


 誰かに寄り添うように、切ない視線を落とす。


 夕夜――?


 藤原君はしゃがんだまま、夕夜をじっと見上げていた。


「なるほど。帰還っていう考え方もあるか」


「帰還?」


「魂の還る場所。浄化の先があるってことか」


「還る場所……」


「やっぱ大伴君だな」


 藤原君がふっと笑って立ち上がった。

 ポケットからスマホを出す。


「斎藤が駐車場にいる。戻ろう」



 ***



 車がアパートとは違う道へ入る。


「えっ?」


「あれ、名竹君から聞いてない?」


 私はなぜか夕夜と一緒に大伴家の前で降ろされる。


「夏休みの間、大伴家に()()するらしいよ?」


 車の窓から藤原君がニヤけた顔を見せる。


「じゃ、お疲れ」



 えぇ?!







―― 第四章 完 ――




ここまで読んでいただきまして、

本当にありがとうございます!


次章、藤原の夏休み計画も後半へ。


華と夕夜の距離はついに動き出す?!


夕夜の平常心はいつまで持つのか……

藤原の良心はいつ目を覚ますのか⋯⋯


鏡夜や鷹野の謎にも迫っていきます!

第五章もどうぞよろしくお願いいたします。


ぜひ評価やリアクション、ブクマをいただけましたら嬉しいです!

とてもとても励みになりますᏊ・ꈊ・Ꮚ

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