第89話 香島宮潜入②
忘れてた……
この二人、足めっちゃ速い……
参道の木々の間を縫うように走る。
後ろを見ているはずの夕夜が、もう隣まで戻ってきている。
得意の走りでも足手まといな私。
そんな私を狙って無貌は追いかけ、五本の腕を伸ばしてくる。
「華っ!」
夕夜に背中を押され、すんでのところで避ける。
「名竹さん、もっとスピード上げて」
「わ、わかった」
歯を食いしばって、腕を振る。
藤原君が振り返って私の手首を掴む。
一気にスピードが上がる。
参道の中程まで来たところで、一番大きな杉の木に身を潜める。
夕夜が少し離れて構える。
「水鏡――っ」
夕夜が言葉を切る。
小さく舌打ちして、夕夜が息とともに漏らす。
「まだだめか」
砂利の踏みしめられる音と、電気の弾ける音が近づく。
「もう……追いつかれ、ちゃう」
呼吸もままならない。
宝物殿まで辿り着くかな。
息を切らす私を見て、藤原君が辺りを見回す。
「逃げるのも限界か」
そして無貌に視線を向け、目を細める。
「あいつ……落雷がないな」
「前回より電気、少ない」
夕夜の言葉に私は木の影から、そっと無貌を見る。
確かに。
というか……
「さっきより電気減ってない?」
藤原君がもう一度、無貌を見て口角を上げる。
「作戦変更。あそこの手水舎までダッシュ」
藤原君と夕夜が同時に駆け出す。
「あ、待って!」
転びそうになりながら立ち上がり、夕夜に手を引かれて駆け出す。
並走する藤原君が腰を落として石を拾い、その勢いのまま無貌へ投げつけた。
「弱ければいいけどな!」
電気の弾ける音と鈍い音がして、無貌の身体が一瞬揺れる。
「物理は通る」
藤原君が体勢を立て直す。
「ってことは」
手水舎に駆け込むと、藤原君は私の帽子を剥ぎ取った。
足元の玉砂利を一掴みして帽子へ放り込む。
そのまま手水へ突っ込み、濡れた玉砂利を掬い上げた。
「電気を散らせば」
無貌へ向かって駆け出す。
間合いの外から、すれ違いざまに濡れた玉砂利をぶちまけた。
無貌の身体が火花で弾ける。
白い光の筋は落ちていく小石とともに地面へと流れる。
「剥き出しだ」
電気を失った無貌は枯れ木のような表皮を露わにした。
「作戦続行。このまま宝物殿へ」
藤原君が再び駆け出す。
ま、まだ走るのか。
無駄に広い境内を恨む。
隣に並んだ藤原君が悪戯な笑みを浮かべた。
「返すね」
走りながら濡れた帽子を頭に乗せる。
冷たい。
「清い水だから」
「はへっ?」
呼吸が乱れたからなのか、あり得ないことをされたからなのか分からない声が出る。
今、そんな嫌がらせしてる場合?!
藤原君がくすりと笑いながら、夕夜の横に並ぶ。
「あとは大伴君で行けるかな」
「うん」
「任せたよ」
そう言うと藤原君は一瞬後ろを見て、私の手首を強く引く。
バランスを崩し転びそうになると、伸びてきた無貌の腕が宙を空振った。
「集中しなよ、名竹さん」
その後も迫る腕を避けながら、やっと宝物殿に辿り着く。
すぐに夕夜が無貌に向き直る。
「……いける」
夕夜の目が無貌を射抜くと同時に、三匹のカジキが無貌の胸を突き刺した。
動きが止まった無貌に安堵の息が漏れた。
「や、やったぁ」
思わず地面にへたり込む。
もう走れない。
呼吸を整えるだけで精一杯だった。
静寂を藤原君が見据える。
「……妙だな」
私を隠すように二人が前に立つ。
「消えないね」
夕夜が呟く。
見上げると、満月を背にした無貌の仮面がゆっくりと陰る。
「え?」
かたんっと仮面が落ち、そこから無貌の表皮が剥がれ出す。
「っ?!」
二人が臨戦体勢に入る。
めくれ上がった表皮の奥から、もう一体の無貌が這い出てくるように姿を現した。
『ラスボスが一回で倒れるわけないだろ』
こんなときに限って、兄の言葉が頭をよぎる。
目の前の無貌が、一歩踏み出した。




