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第87話 初めて離れて


「明日何時から行くの?」


「お昼すぎに藤原君が迎えにくるよ」


 兄がラスボスをタコ殴りにしてるのを、後ろで髪を乾かしながら眺める。

 鏡夜相手に4対1を強いられるラスボスに同情する⋯⋯。


「夕夜はどうするの?」


「明日の午前中に帰ってくるって」


「⋯⋯ふぅん」


 兄がふっと笑う。


「何?」


「いや? 風邪ひくからそれ羽織っときな」


 兄がコントローラーを猛連打すると画面が白くなり、なんか凄そうな技が出る。

 あっけなく倒れたラスボス。


「え、もう終わったの?」


「まさか」


「え?」


「ラスボスが一回で倒れるわけないだろ」


「⋯⋯そうなんだ」


 ラスボスの世界も大変だな。

 兄の言う通り、再び立ち上がったボスとの二回戦目が始まった。


 形の変わったラスボスに兄がさっきよりも苦戦しながら戦うのを眺めていると、玄関の開く音が聞こえた。


 えっ?!


 心臓が跳ねる。


 え、夕夜?!


 私は立ち上がって、廊下に向かう。

 リビングのドアを開けようとしたとき、向こう側から扉が開いた。


 少し驚いた顔をした夕夜。


「夕夜! 帰ってきたの?!」


「え、あ、いや……」


 夕夜が気まずそうに視線を逸らす。


 ?


「おかえり!!」


「あ、ただいま⋯⋯なんだけど」


 夕夜が困ったように言葉を濁す。


「ハナ! 風呂上がり! タンクトップ!」


 強敵と戦う兄が画面から目を離さずに叫ぶ。

 コントローラーがカチャカチャうるさい。


「?」


「華、服着て⋯⋯」


「着てるし」


「⋯⋯そうだよね」


 夕夜は何かを諦めたように私の脇を通ると、テーブルの椅子に荷物を置いた。


 久しぶりの夕夜!

 なんだか嬉しくて夕夜の後をついていく。


「ハナちゃん、そんな薄着で犬みたいにお出迎えしちゃダメだよ」


 ボス戦を終え世界を救った勢いのまま、兄が注意してくる。


「鏡夜だって同じ格好じゃん」


「男子高校生に見せるもんじゃねえんだよ」


「鏡夜⋯⋯」


 夕夜がまだ視線を逸らしたまま呟く。


 二の腕か。二の腕なのか?


「お目汚し失礼しました!」


 文句を言われ、仕方ないからソファにかけてあったカーディガンを羽織る。

 夕夜が小さく息を漏らすと、やっと私を見た。


「明日の荷物全部こっちだったから、帰ってきた」


「そうなんだ!」


 夕夜がふっと笑う。


「テンション高いね、ゲームやってたの?」


「ううん! 見てただけだよ!」


「⋯⋯そっか」


 夕夜が眉を下げて、可笑しそうに笑う。

 なんか⋯⋯この夕夜な感じ、久しぶり! 可愛い!!


「夕夜はやっぱり忙しいの?」


「いや、下準備で覚えることが多いだけ。父さん、即戦力で人を使う気みたい」


 それでもその表情には少し疲れが見える。

 だからと言って、私にはできることがない。

 もどかしい。


「華は? なんかあった?」


「なんと! 7月中に宿題が終わってしまった!」


「マジ? すごいじゃん」


「俺らめっちゃ暇だったからな」


「楽しそうだね」


「ハナなんか寂しがって毎日ピーピーうるさかったけどな」


「そ、そんなことない!」


「そんなことないの?」


 夕夜が薄く笑い、私を覗き込む。


「そ、それは⋯⋯どっちで答えてもさぁ⋯⋯」


「俺は、寂しかったよ」


 ――完全ノックアウト。

 久しぶりの夕夜はラスボス級だった。



 ***



「わぁ、すごい」


 藤原君に連れられて香島宮(かしまのみや)近くの小さな旅館に来た。

 離れになっていて、和室は畳のいい香り。


 小さなお庭に、檜風呂。

 こじんまりとしていて落ち着く雰囲気。


 夜抜け出すにもちょうどいい。


 しかし……。


「なんか伊津に続き、こんな素敵なところ……。至れり尽くせりで申し訳ない」


「ほんといいの、藤原⋯⋯」


「別に、親父の金だし」


「堂々と齧るのな……」


「使えるもんはなんでも使うさ」


「でも藤原君、投資とか自分でも稼げそうだよね」


「時間の無駄だな」


 藤原君は小さく笑うとそれ以上興味なさそうに、さっさと中へ入っていく。

 荷物を置いて座卓に座り、ノートパソコンを開く。


「いいから作戦会議」


「はい!」


 先に部屋に入った夕夜が手を差し出し、私の荷物を受け取る。

 私が靴を脱いで中に入るまでそばで待ってくれている。


 き、昨日からずっと夕夜がこんな感じだ。

 過保護と言うか、妙にドキドキする距離にいる。


「な、何?」


 藤原君がじとっとした目で私を見る。


「集中しろよ?」


「わ、分かってるよ」


「大伴君もだよ?」


「俺は普通だよ」


「……ああ、そう」


 藤原君が明らかに面倒くさそうな視線を私たちに向ける。


「ダメそうなら置いてくからな」


「だ、大丈夫だって」


 私たちは藤原君の向かいに横並びに座る。

 広い座卓なのになぜか腕がぶつかる。

 やっぱり、ちょっと近い気が……。


 藤原君も呆れたため息を吐いて、私たちにパソコンを向ける。

 画面には香島宮の上空写真。


「ここの森を使う」


 拝殿の先、本殿へ続く森の一箇所を指す。


「時間は月の位置に合わせて20時20分から無貌出現確認まで。どんなに遅くても21時15分には撤収する」


「そんな短い時間でいいの?」


「長居はリスキー。あと本殿、奥宮(おくのみや)には入らない」


「え、儀式見ないの?」


「いくらなんでも本殿内は危険すぎる」


「それで、狙いは?」


「儀式と無貌出現の因果関係の確証を得たい」


「中に入らないでどうやって?」


「柱を観る」


 藤原君が身を乗り出し、向こう側からパソコンのキーボードを操作する。

 前に見た、監視カメラの映像が映し出される。


「同時刻に五本柱にも何か反応がある。今はこっちで充分だ」


 藤原君の指がさす画面に映る柱が一瞬だけ白く光った。


「あとこれは大事」


 釘を刺すような視線が私たちに向けられる。


「見つかった時点でアウトだからな。マジで切り替えろよ」


「は、はい!」


「大伴君も」


「⋯⋯分かってるよ」


 なんだか少し緊張してきた。

 思わず深呼吸をする。


「今からそんなんじゃ持たないよ」


 藤原君がスマホで時間を見る。


「夕飯まで2時間くらいあるし、とりあえずゆっくりしなよ」


「近くに御澄見池(みすみいけ)という湧き水の綺麗な池があって、散歩にはちょうどいいですよ」


 ちょうどチェックインを終えた斎藤さんが部屋に入ってきた。


「光輝。車停めてきますが、荷物は全部いりますか?」


「うん、持って来といて」


「では取ってきます」


「あ、俺も行きます」


「大丈夫ですよ」


「いえ、それくらいは」


 夕夜が斎藤さんと出ていくのを見て、藤原君が口を開く。


「大伴君、どうしたの?」


「やっぱ変?」


「いつも通りといえばいつも通りだけど、露骨だな」


 苦笑いを浮かべる藤原君に、夕夜が実家の手伝いを始めたことを話す。


「なるほどね、それであれか」


「夕夜があんな寂しんぼだとは思わなかった」


「いや、違うだろ。あれは実家側で何かあったな」


「え、何かって?」


「独身女性の前にイケメンな社長息子が現れるんだぞ?」


「またそれ?!」


 もうそういうのいらないんだけど!


「いや、いつもとはわけが違う」


 藤原君が視線を伏せて、ふっと笑う。


「大伴君、再認識したんだろ」


「⋯⋯?」



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