表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
87/92

第86話 ワオキツネザルのしっぽ


「夕夜見て見て! カピバラ!」


「うん、見えてるよ」


 カピバラがプールで半分だけ水に沈んでる。


「思ったよりデカいね」


「遭遇したらびびるよね」


「プール気持ちいいのかな?」


「じゃなきゃ入ってないでしょ」


 夕夜節で淡々と返してるけど……これは本当に好きなんだな。

 柵に寄りかかりながら、ちゃんと見てる。

 そんな夕夜の横顔がちょっと意外で、ちょっと可愛い。


 私もカピバラにスマホを向ける。

 動かないから撮りやすい!


 それにしても……。


「ちょっとぼーっとしすぎじゃない?」


「うん」


「警戒心というものがないのかな」


「……ね」


「もうちょい危機感とか持つべきだよね」


「……そうだね」


「可愛いけど、心配になるね」


 夕夜の視線が何故かこちらを向く。


「でしょ?」


「ふふっ、なんでそんな分かってる風なの?」


「さあね」


 夕夜が小さく笑う。

 大人びたその笑顔を向けられて、胸がきゅっと詰まる。なんか苦しい。


 あれ?

 そう言えば今日、ちゃんと手を繋いでない。

 祠で石段を降りるときには支えてくれてたけど、ここに来てからは……。


 歩き出す夕夜を追いかけて、手を取る。


 夕夜が少し驚いて、少し呆れて私を見る。


「華……俺だって万能じゃないからね?」


「なにそれ」


 意味がわからず笑う。

 夕夜が息を漏らす。


「もう昨日のこと忘れたの?」


「へ? あ、それ?!」


 ……に繋がるの?!


 避けていた話題を私はまた自分で掘り起こしてしまう。

 思わず少し手を引いた。


「今のままでいたいなら、もう少し警戒して?」


 自分でもどうしていいか分からないのに。

 何も言えなくなる。


「……まあ、これはいいけど」


 夕夜が小さく笑うと私の手をぎゅっと握り、少し引っ張る。

 数歩近づいただけだけど、なんだかその距離にほっとした。


 そのまま、黙って歩き出す。


 私が答えを出せないのを分かって、待ってくれている夕夜。

 また甘えてしまってるけど、ちゃんと言うから。

 

 もう少しだけ、待っててくれる?



「で? 何でただ遊んで帰ってきたよ?」


 皇帝がお怒りだ。

 藤原君の隣に座らせられた私は、膝を揃えて縮こまっている。

 夕夜も兄も、後ろの席で流れる景色を眺めている。


「終わったら連絡しろって言ったよね? 何が終わったの?」


「えぇと、ハシビロコウのごはんタイム……」


「俺そんなこと言った?」


「いえ」


 でも何も言ってくれてなかったじゃん。


「何?」


 心の声を読んだ藤原君から、鋭い視線を突き刺さる。


「あ! これ、お土産です。お納めください」


 私は藤原君へのお土産をバッグから出して、手のひらに乗せて差し出す。


「何これ、毛虫?」


 もふもふな白と黒のしましま。


「ワオキツネザルのしっぽ」


「いらねーよ」


「待って待って!」


 後ろに投げ飛ばそうとする藤原君の手を押さえて、しっぽを取り上げる。


「ほら可愛いよ」


 私はそのまま藤原君の鞄にしっぽを取り付けた。

 藤原君が顔を歪める。


「マジない」


「ワオキツネザルの意地悪そうなのに、仲間とくっついてる感じが藤原君に似てたんだよ」


「は?」


「似てたよね?」


「……まぁ」


 夕夜が視線を逸らす。


「はは、悪役側の動物だよな」


「でも実はいいやつなんだよね」


 鏡夜と私が笑うと、藤原君が眉を寄せて嫌そうな顔をする。


「そういう感じいらないんだけど」


「そう仰らず。あとこれは斎藤さんに」


 茶色のしましましっぽ。

 助手席にそっと置く。


「こっちはレッサーパンダです」


「ありがとうございます!」


「藤原君とお揃いです」


「それは……微妙ですね」


「普通にねぇよ」


 夕夜と兄が苦笑いを浮かべた。


「で、鏡夜にはね……」


「てか俺、今回何にもしてねぇんだけど」


 兄は前の座席に抱きつくように寄りかかる。

 私が渡したハシビロコウのキーホルダーを受け取ると、つまらなそうに目の前で揺らした。


「だって鏡夜どこにいても目立つから」


 潜入侵入には不向きすぎる。


「名竹君いると感知範囲広いからやりやすいよ」


 藤原君がにやりと笑う。


「常に俺と組んで欲しいくらい」


「いや、俺待ってるわ……」


 ほら、そういうところ。

 やっぱり似てるよね。

 

 よし、お土産の効果で藤原君の怒りも収まった!


 意味不明なお説教タイムも終わった!


 ――そう思っていたのに。


 夕夜からの何か言いたげな視線と、呆れた藤原君の視線がずっと向けられる。


 それを無視し続けていたら、私はいつの間にか眠っていて。

 寝顔を見られたあげく、メロンパンも買い損ねていた。



 ***



 夏休み。

 イベント盛りだくさんだった7月が終わろうとしている。


 伊津から帰ってから数日、夏休みなのに夕夜に会えなくなった。


 高校生になったとのことで、8月の平日は家業の手伝いをするらしい。

 その準備で実家に泊まり込み、こっちにも帰ってこれなくなって。


 静かで穏やかな毎日。

 夕夜がいないと私の心臓はこんなにも平穏で、こんなにも静かなんだと気づく。


 夏休み一緒に過ごしたい、って言ってくれてたのに。


 ……なんて、わがままな気持ちがつい出てくるくらい、なんだかぽっかりと寂しい。


「おかげで宿題がはかどるよ」


「いいことじゃん」


 ため息と一緒に出た独り言に兄が返事をする。

 この数日は兄とだらけきった毎日を過ごしている。


「暇だよね」


「俺はわりと忙しい」


 そう言って兄は今日もコントローラーを片手に世界を救っている。


「暇なら明日の準備でもすれば?」


「もう昨日で終わっちゃったよ」


「張り切ってるね」


「そんなこと!」


 明日は藤原君と香島宮(かしまのみや)へ行く。

 れっきとした調査で遊びに行くわけではないけど……やっと夕夜にも会える。


 それを考えるだけで、私の心臓は動き出す。


「てかちょっとユーヤに会うの緊張しない?」


「え?! そんなこと!」


「俺はちょっと変な感じするけど」


「……うん」


 確かに。どんな顔して会うのが自然?


「こんなに会わないことあったっけ? って言ってもまだ3日くらいなんだけどな」


「あんまない気がする……」


 兄がふっと笑う。


「ハナ、再会で泣かないでよ?」


「な、泣かないよ!」


「でも8月になったらもっと会えなくなるしなぁ」


 そうだ……8月は5日間も会えない日がある。

 夏休みなのにな……。


 黙りこくる私をしばらく眺めていた兄が、何か思いついたように笑った。


「ハナ!」


 顔を上げると満面の笑み。


「俺に秘策がある!」


「え?」


「お兄ちゃんに任せとけ」


 え、なんか不安なんだけど。


 藤原君は巻き込む相手を選ぶけど……。

 兄はそんな加減はできない。


 兄がコントローラーを連打する。

 勇者が味方ごと巻き込んで大爆発を起こした。


 私の胸がざわついた。


 だ、大丈夫かな……。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ