表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/92

第84話 兄は一体何をした⋯⋯


 バーベキューの片付けが終わって、お風呂の順番を待つ間、私はまたウッドデッキの足湯に腰かけていた。


 何をしていても昼間のことを思い出してしまう。


 正直、バーベキューの味も覚えていない。

 覚えているのは、たまに目が合うと微笑んでくる夕夜の顔だけ。


 恥ずかしくて思わず足湯に浸かったまま寝転んで悶える。


 本当に、しなくて良かった。


 お、おそらく私と夕夜は……そういうの、初めて、ではないんだろうけど。

 けど……記憶のない私は、夕夜と違ってそんな余裕はない。


 ただ、あのとき。

 夕夜へと勝手に動いた身体は、記憶のせいなのか、気持ちのせいなのか……


 ああ、もう!

 た、耐えられないっ!!


 あの後、藤原君が来るまで夕夜はただ黙って私を見てた。

 なぜか機嫌は良さそうで、私が言うのを待ってるような感じではなかったけど……


 ほんと、どうしたらいいんだろう……


 考えがショートする。

 そのまま死んだように、ただ星を眺めていた。


 しばらくして扉が開く音がする。


「うん、妹と友達……」


 兄の声。

 電話をしていて、私がここに寝転んでいることに気づいていない。


伊津(いづ)だって。今日は無理」


 電話の向こうから女の人の声が漏れる。

 兄の声も別の人みたい。


「言う必要あるの?」


 あ、それは良くないんじゃ……。


「え……うん、別にいいよ」


 兄が小さく息を漏らす。


「今までありがとね」


 え? 

 嘘?!


 電話を切った兄は面倒そうに空を仰いだ。

 その流れのまま私を見下ろす。


「何やってんのハナちゃん」


「……死体ごっこ」


「楽しい?」


「死体だから何も聞いてないよ」


 兄は小さく笑うと、私の隣に座った。


「思ったよりぬりぃな」


 足湯に入りながら笑う兄は、いつもの兄だった。

 私はゆっくりと身体を起こす。


「かけ直してあげなよ」


 兄が私を見る。

 横目でそっと見上げる。


「待ってるんじゃない?」


「さっきまで転がってた死体が口出すの?」


「だって乙女心が……」


「ハナのくせに」


 兄が目を細めて髪をくしゃくしゃと撫でる。

 兄をじっと睨む。


「終わったもんはいいんだよ」


「鏡夜が終わらせただけで、まだ間に合うと思うよ?」


「別に、引き留めるほど好きなわけじゃないし」


「じゃあなんで付き合ったの?」


 鏡夜はしばらく黙っていたけど、瞼を伏せながら静かに答えた。


「簡単に終われるものがあると安心するんだよ」


「どういう、意味?」


「手放す練習、かな」


「……な、何を?」


「……ヒミツ」


 鏡夜が顔を伏せたまま、口元だけが笑っていた。


 また⋯⋯これ以上が踏み込めない……。

 兄妹なのに……。


 でも……。


「鏡夜と兄妹で良かった」


「え?」


「別れることはないもんね」


 鏡夜の目がわずかに開く。

 小さく息を漏らすと、寂しそうに、嬉しそうに笑う。


「……そうだな」


 兄の表情が少しだけ柔らかくなる。

 私もなんだか安心して笑った。


「でもそうか、付き合うって別れがあることなんだね」


 付き合った先なんて考えたこともなかった。

 また一つ、勉強になった。


「お前たちは大丈夫でしょ」


「えっ?」


「それを心配してんじゃねえの?」


「いや、初耳……だけど」


 驚いている私の顔を見て、兄が吹き出した。


「すげぇな、さすがハナユーヤ」


「あ、いや。まだ、そこまで考えてないだけで……」


「まあユーヤだぜ?」


「え?」


「別れたくなっても別れさせてもらえねーよ」


 兄が意地悪な顔して、私の髪を指に絡めながら弄ぶ。


「え、それじゃストーカーじゃん」


「今さら?」


「え?」


「俺とは真逆で安心だな」


 兄はくすくすと笑いながら、足湯から出て立ち上がる。

 適当に足を振って水気を飛ばすと背中を伸ばした。


「さて」


「?」


「もう一仕事して寝るかな」


「仕事?」


 兄がにやりと笑う。


「ハナも早めに寝ときなよ」


「え、うん」


「おやすみ」


「……おやすみ」


 すっかりお湯も冷めて、私は一度リビングに戻る。

 ちょうどお風呂上がりの斎藤さんが戻ってきた。


「華さん、お先です。いま空きましたよ」


「はい、じゃあ行ってきます」


「光輝は部屋で寝ているみたいですし、見張ってますので安心してくださいね」


「例えそんなことあっても、被害者は藤原君です」


「そんなことないですよ! 華さんは女の子です」


「いや、でも正直あんな寝顔見せられたら……」


 人前に出せる寝顔があるなんて衝撃的だ。

 綺麗すぎて思わず見入ってしまった。

 なんか⋯⋯危なかった。


「私の方を見張るべきかも……」


「えっ?」


 斎藤さんが困った表情を浮かべた。



 ***



 翌朝。


 良い匂いで目覚めると、ベッドに斎藤さんはもういなかった。

 寝る時もおらず、結局この部屋で斎藤さんと会うことはなかった。


 軽く身支度を整えリビングに向かうと、ソファに藤原君が座っていた。

 肘掛けに頬杖をついてテレビのニュースを眺めている。


 起きれたようで良かった。


「おはよう、藤原君」


 声をかけてから奥にいる夕夜が小さく首を振っていたのに気づく。


「?」


「おはよう、名竹さん」


「体調どう?」


 藤原君が少し振り返って、私を一瞥する。


「それがさ、すこぶる良いんだよね」


「え?」


「何でだろうな」


「えっ?!」


 藤原君がソファの背もたれに腕を乗せ、身を乗り出して私を睨む。


「あんたの兄貴、俺に一体何してくれたんだろうな」


「はぁ?!」


 思わず夕夜の方を見る。

 夕夜は顔に手を当てて俯いている。


 ま、まさか本当に?!

 き⋯⋯いや、く、口移しを?!


「い、いや! でも鏡夜、手からも出せるから! 影結びみたいにさ!」


「……マジでクソだな」


 舌打ちしてソファに座り直すと、藤原君は不機嫌そうに足を組んだ。


 てか兄は?!

 ほんと、何してんの兄!!


 慌てて夕夜に駆け寄る。


「……鏡夜は?」


「寝てる」


「ほ、ほんとに、しちゃったのかな」


「俺にはなんとも……」


 夕夜が視線を逸らす。

 ああ、そうだ。

 この人も被害者の一人だった。


「華さん、おはようございます」


「おはようございます」


 斎藤さんは素知らぬ顔で朝ごはんを作ってくれている。

 とりあえず斎藤さんの隣に立って、手伝いをする。


 お皿が五枚。

 これ朝食みんなで食べる流れかな……。

 斎藤さん、そこは気を利かせてくれないのか。


 心配そうにお皿を見つめる私に気づいたのか、斎藤さんがふふっと笑う。


「光輝、いつまで拗ねてるんですか」


 スクランブルエッグを盛り付けながら、斎藤さんがソファの藤原君に声をかける。


「別に拗ねてねぇよ」


 斎藤さんを睨みながらソファから立ち上がる。


「寝首かくつもりが、逆にかかれるほど読み誤ってダセェなって反省してたとこだよ」


「藤原君が反省……?」


「当たり前じゃん。次同じことしてたまるか」


「アップデート入った……」


 藤原君が席についた私の向かいに腰掛ける。


「あと確認しときたいんだけど、霊力渡すのって名竹さんもできるの?」


「はっ?!」


 藤原君は椅子の背もたれに身体を預けて頬杖をつく。


「あのクソダサい月下なんちゃら剣とかも、霊力なんだろ?」


「クソダサいって! っていうか、わ、私は、そ、そんな、渡すのとかできないよ?! ってかしないよ?!」


 く、口移しで霊力渡すとか……無理だ!!


「……ああ、そういや大伴君も霊力出せるか」


 人の話なんか聞いていない藤原君が真面目な顔して呟く。


「俺もしないよ」


「あんたたち、なんでこんなデカい情報をスルーできるの?」


「ほ、方法がさぁ?!」


「データ検証くらい協力しろよ」


「そんな仲じゃないって自分が言ってたじゃん!」


「あんたたち二人でならなんも問題ないだろ?」


「なっ!」


 え?

 昨日の、見てたわけじゃないよね?


 頬杖をついた藤原君がニヤけた笑みを浮かべた。

 クソ王子、完全復活――。


「朝から元気だなお前ら」


 元凶が気だるそうにあくびをしながら起きてきた。


「はよ」


「お、おはよ」


 なんか気まずい⋯⋯。

 藤原君は冷ややかな視線を送ってる。


「はは、コーキも元気そうだな」


「勝手に被験体にすんのやめてくれる?」


「お前いねえと進まねーだろ、伊津調査」


 兄はテーブルの上に並んだ、切られたりんごをひとかけらつまみながら席に着く。


「悪意ない奴らが一番タチ悪いな」


 なぜか私にも藤原君の視線が向けられる。


「はっ、悪意のある悪には敵わねーよ」


 兄はりんごを齧りながら肩をすくめた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ