第81話 伊津旅行 改め 鷹野家調査
「この家だね」
「はえ〜やっぱり五家のお家は大きいね」
「鷹野家はここら辺の地主みたいだよ」
助手席の藤原君が開いてたノートパソコンを閉じる。
住宅地から少し離れた、畑に囲まれた鷹野家の前の道を車でゆっくり通り過ぎる。
鷹野家もまた、広い敷地に建つ立派な旧家だった。
増築を繰り返したのか、大きな門から建物が奥へと長く続いているのが見える。
「名竹君、気配はどう?」
「異常なしだな」
「了解。じゃあ行けるな」
「そこの鳥居で一度止まりますね」
畑の中に現れた石の大鳥居。
奥に続く野道の先に小さな森くらいの茂みが見える。
車が止まると、藤原君がダッシュボードから黒いウィッグと帽子を取り出した。
帽子を手渡される。
「まず俺と名竹さんで行く」
藤原君はウィッグを被ると慣れた手つきで金髪を隠していく。
「名竹君は目立つからここは待機、異常感じたらすぐ知らせて。大伴君はピンチになったら呼ぶから俺の兄として来て」
ルームミラーで左右を確認すると、どこからか取り出した眼鏡をかける。
黒髪マッシュのジャパニーズ藤原君が現れた。
「ねえ、聞いてんの?」
藤原君の変わりように、私だけでなく夕夜も兄も呆気にとられて言葉が出なかった。
「っ! なにそれ!」
「金髪だとバレるだろ」
「そうじゃなくて!」
「慣れすぎ」
夕夜が呆れたように呟いた。
鏡夜が顔を引き攣らせながら訊ねる。
「お前、普段何してんの?」
「金髪は目立つんだよ」
「何から隠れてんだよ」
「……見つかったらダルいし」
絶対ろくなことしてない……。
私と兄は無言で目を見合わせた。
「もう一度言うけど、俺と名竹さんで行く。本名は出さないようにね」
「え、難し」
「俺は藤田康介、名竹さんは……中川春菜で。大学生の研究調査でうろついてる設定」
「おお、なんかカッコいい!」
「……大学生には見えないから、名竹さんあんまり喋らないで」
「その手際の良さなんだよ……」
夕夜が引いたように呟く。
「じゃあ行こうか」
「ラジャ!」
「あ、そうそう。大伴君は俺の兄で、春菜の恋人の悠介君ね」
「は?」
「じゃあ斎藤、何もなければ一時間後にここで」
「はい」
そう告げると藤原君は先に車から降りた。
車内が静まり返る。
「じゃ、じゃあ私も行ってきます」
帽子を深く被って、一応、髪をまとめてみた。
「お気をつけて」
車からぴょんと飛び降りると段差でよろける。
夕夜がさっそく心配そうに反応してるのを見て、笑いながらドアを閉めた。
「先に鷹野家から行く」
「先にって?」
「その鳥居、気になる。後で調べたい」
「土地神様じゃない? 更木市にも農地の方行くとあるよね」
「場所的に鷹野家の管理っぽい」
「なるほど」
畑を横切る広い道を鷹野家を目指して歩く。
近づく鷹野家は奥行きのせいか、さっきよりも全然大きく見える。
「鷹野先生って当主とかなのかな」
「どうだろうな」
藤原君が足を止めて、鷹野家を眺める。
「 “鷹野” は原作と名前違うから、分家か傍流だと思ってたんだけど」
「?」
「その割には家が大きすぎるよな」
「頑張ったんじゃない?」
藤原君は鷹野家を見上げてた視線を、私に落とす。
「……本家があるなら、ここよりも目立つはずだけど」
「見つからないの?」
「見つからない」
「じゃあ鷹野家が本家?」
「かもな」
納得していないらしく藤原君は肩をすくめる。
藤原君には一体何が見えているんだろう。
大きな門の前まで来た。
表札には重々しく “鷹野” の文字。
「さすがに家族全員の名前書くバカじゃないか」
「バカって……」
「あれ見ると個人情報垂れ流しで心配になるよね」
「それを使おうと思う人が悪いんだけどね」
「違いない」
藤原君がふっと小さく笑う。
「カメラあるから顔上げるなよ」
一瞬だけ視線を軒先の防犯カメラに向けると、そのままインターホンを押す。
「えっ?! ちょっ!」
普通もっと躊躇わない?!
私が慌てているのを藤原君は可笑しそうに笑う。
でも黒髪のせいか、いつもみたいな嫌味がない。
なんか親しみやすささえ感じる。
「さて、“鷹野貴満” はいるかな」
少ししてインターホンの向こうから女性の声がした。
藤原君はインターホンのレンズから少し身体をずらす。
「すみません、条野大学の藤田と申します。貴満さんご在宅でしょうか」
『⋯⋯いえ、貴満はおりませんが』
「本日はお戻りになられますか?」
『……貴満は他県におります』
「あ、そうでしたか。それは知りませんでした。こちらで貴満さんに連絡してみます」
『はぁ』
「では失礼します、ありがとうございました」
インターホンが切れると、藤原君は目で合図してその場から移動する。
「良かったな、“鷹野貴満” は実在した」
「てかあれで調査終わり?!」
「まさか」
良かった……。
私、まだ何もしてない。
「次は聞き込み」
「だ、誰に、何を聞けばいい?!」
「……相手見てから決める。勝手に喋るなよ?」
藤原君は張り切る私に向けた呆れた眼差しを、家々が立ち並ぶ区画へと移す。
私たちの目の前には、敷地の広い古い家が点々と並んでいる。
けれど道路一本挟んだ向こう側は、新しい家が立ち並ぶ住宅街へと景色が変わっていた。
「どっちがいい、康介君?」
「あっちにあるコンビニ。オーナーが鷹野姓だったから」
「そんなことまで調べてあるの?」
「無駄足は嫌いでね」
道路を渡り、住宅街へと進む。
一本奥に入ると小さな公園があり、親子連れが数組いる。
「あ! 人いるよ。聞いてみる?」
「いや、いい」
「え、でも聞きやすそうじゃない?」
「俺、子供嫌い」
「は?」
「マジ大嫌い。存在が思考の邪魔。たぶん通報されるくらいの対応になる」
「なにそれ⋯⋯」
逆に気になるんだけど⋯⋯。
藤原君は冷ややかな目で公園を一瞥するとさっさと歩き出した。
「コンビニ行くよ」
「は、はい⋯⋯」
藤原君ならお母さん方から色々と話も聞けるだろうに⋯⋯。
せっかくの好青年風が台無しだ。
「……そう言えば私も条野大の人でいいの?」
「うん、同じゼミ生。で、俺の兄貴の彼女ね」
「それ後半いる?」
「雰囲気だけでも楽しんでみろよ」
藤原君が無邪気に笑う。
「ちなみに条野大学は鷹野の出身校でもあるから」
「そこまで合わせたの?」
「基本だよ」
「なんの⋯⋯」
私たちはそのまま交差点にあるコンビニに入る。
お客さんは数人で、品出しをしている男性とレジ打ちをしている女性。
なんとなく夫婦かなという印象。
藤原君は迷いなく男性店員に話しかける。
眼鏡をかけた穏やかそうな小太りの中年男性。
「すみません、この辺りの神社仏閣を調べてるんですけど」
「え。ああ、もしかしてさっきうちに来たって子かな?」
「うち?」
「鷹野」
男性は自分の名札を指さす。
「ああ、貴満さんのお宅の?」
「そうそう。母から連絡あってね。貴満の知り合い?」
「いえ、伊津に行くって言ったらOBがいるって教授が教えてくれただけで。条野大の藤田と中川です」
「ふぅん」
男性の眼鏡の奥の視線が藤原君から私に移る。
私は黙ったまま、頭を下げた。
藤原君は私から視線を逸らさせるように笑顔で話しかける。
「俺たち、伊津の祭礼文化を調べてまして」
「へぇ」
「今はやってないような祭りとか詳しかったりします?」
「やってない方を調べてるんだ。面白いね」
「この辺にもあったって聞いたんで」
「なんだろうな⋯⋯地域の自治会レベルならありそうだけど、もっと神事的な話でしょ?」
「そうですね」
「うーん⋯⋯」
男性は小さく唸りながら、レジの女性を呼ぶ。
私たちのことを簡単に紹介して、お祭りについて聞いてくれている。
「貴ちゃんが郷土史調べてた頃にね。昔⋯⋯っていっても本当に何百年とか前よ?」
女性が藤原君に視線を向ける。
「うちの近くにある鳥居の奥に、昔は神社があったらしくて。そこで儀式みたいなことやってたって聞いたことある」
「儀式⋯⋯それは気になります」
「でも今はボロい祠しかないよ」
男性が苦笑を浮かべる。
「なるほど。あそこは入っても?」
「いいけど、本当に何もないよ?」
「ここまで来たし、一応見てみます」
「勉強熱心だね」
「卒業がかかってるんで」
「はは、頑張ってね」
藤原君が女性の方にも丁寧にお礼を言う。
「思ってもみない情報があって助かりました。やっぱり噂話は女性の方が強いですね」
「ふふっ、イケメン君の役に立てて嬉しいわ」
「ほぼ貴満のおかげじゃないか。あいつの手柄だろ?」
藤原君の視線が男性に固定される。
「貴満さんはまだ研究を?」
「いや、今は古典の教師やってるよ」
「へぇ、古典。凄いですね」
「まぁね、自慢の弟だよ」
「弟?」
藤原君がわずかに目を細めた。




