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第80話 伊津旅行

 

「華さん、こっちです!」


 サービスエリアで早速はぐれかけた私を斎藤さんが見つけてくれた。

 人混みの向こうで一生懸命に手を振ってくれる。


 夏休みが始まった。

 渋る夕夜をなんとか説得して、決行となった伊津旅行⋯⋯いや、鷹野家調査。


 平日で予定を組んだものの、混雑は凄い。


「あのデカさの鏡夜が見えないくらい埋まるなんて⋯⋯」


「名竹さん、こんなとこではぐれてたらコミケなんてすぐ藻屑だよ?」


「でもメロンパンが⋯⋯!」


「完全旅行気分だな」


「華、ほんと気をつけて」


 そう言って当たり前のように手を繋いでくる⋯⋯けど。

 兄と藤原君の視線が手元に刺さる。


 ゆ、夕夜って二人に見られるの恥ずかしくないのかな。

 なにか言いたげな藤原君の視線には気づかないフリをした。


「華さん、帰りにも買えますよ! メロンパン」


 斎藤さんが可愛らしく微笑んでくれる。

 兄がいるから私のことを “華さん” と呼んでくれるようになって、実はちょっと嬉しい。


 いつもの送迎の車よりずっと大きな車に、夕夜に手を引かれながら乗り込む。

 私より小柄な斎藤さんがひょいっと乗り込み、運転するギャップがかっこよかった。


 藤原君が珍しく後部座席に来て兄と隣同士になる。

 一番後ろに座る私と夕夜が何か話すたびに、二人は振り返って夕夜を揶揄う。


 二人とも夕夜のこと大好きすぎるでしょ……。

 かまわれすぎた犬みたいな夕夜……かわいそう。


「大丈夫、夕夜?」


 東津市に入る頃には夕夜はもうぐったりしていた。

 夕夜は何か言いかけて、でも藤原君の視線に気づき、口を閉じる。

 私は小さく笑うことしか出来なかった。


「昼だし何か食べようよ」


「せっかくだし海鮮行こうぜ」


 藤原君と兄が盛り上がる。


「斎藤、どっか店分かる?」


明景あきかげさんの行きつけでよければ」


「じゃあ、そこにして親父にツケといてやるか」


 藤原君は嫌がらせをしてないと気がすまないらしい。

 けど、さくさく予定を決めてくれるから驚くほど旅程はスムーズだ。


 車が止まり、海沿通りにある定食屋さんに入る。


「すごい高級店じゃなくて良かった」


 こそっと言うと、夕夜はふっと笑った。


「なんとなく、藤原の父親が選びそうな店だね」


「私もそう思う!」


 お話し好きな明景さんが通ってそうな、適度な賑わいと適度なおしゃれさがある。


 お座敷で夕夜と斎藤さんに挟まれ、向かいには兄と藤原君が座る。

 最凶同士気が合うのか、最近は二人で笑い合っていることが多い。


「見慣れてたけど、改めて見るとすごい絵面だ」


 玲香に写メでも送ろうかな。

 スマホを向け、二人が笑顔になる瞬間を待ち構える。


「厄介度もすごいけどね⋯⋯」


 目の前の光景にため息混じりに夕夜が呟くと、斎藤さんがくすくすと笑った。


「華さん、大伴君、鏡夜さん、何にされますか?」


「私海鮮丼!」


「俺は斎藤さんと同じ定食で」


「お前、何にした?」


 兄がメニューを開きながら藤原君に訊ねる。


「俺、金目の煮付定食」


「藤原君が……煮魚?」


 に、似合わない……。

 思わず向けてたスマホを落としそうになる。


「こんなときしか食べれなくない?」


「意外に楽しむのな」


 兄がメニューを閉じる。


「じゃあ俺も特選海鮮丼で」


「名竹君も充分楽しんでるじゃん」


 料理が来てしばらくしてから、藤原君が口を開く。


「午後はどうしようか?」


「鷹野先生のお家行く?」


「山側だよね。ここから20分くらいかな?」


 夕夜が地図を思い出しながら訊ねる。


「それくらいです。宿がこの近くなので、先にチェックインしてからでもいいと思いますよ」


「じゃあ、そうするか」


「鷹野先生、帰省したりしてないよね?」


「さすがに七月はまだ学校にいるんじゃない? 部活もあるだろうし」


 とは言いながら夕夜が不安げに兄を見る。


「まあ、近くに行けば分かるだろうが」


「分かったところで引き返すわけにもいかないしね」


 藤原君が器用に魚の骨を外しながら笑った。


「あと撮った写真、瀬戸さんに送るなよ?」


 藤原君が目を細めて私を睨んだ。



 ***



「すっっごい!」


 宿に到着して思わず声を上げた。

 貸別荘みたいなものと聞いていたけど、ただの高級住宅だった。


 吹き抜けのあるおしゃれなリビング。

 大きなふわふわのソファに、アイランドキッチン。

 煉瓦造の暖炉。

 ウッドデッキには足湯まである!


「これがビラ!」


()()ラ、ね」


 兄がわざとらしくいい発音をして笑う。

 みんなは荷物を置いて、ソファでくつろぎ出す。

 私は階段を駆け上がる。


 お風呂も広い!

 ドラム式洗濯機まである!


 何ここ?!

 めっちゃセレブ!!


 三部屋ある寝室には海外ドラマでしか見たことのないサイズのベッド!


 しかも!


「夕夜! 部屋にプロジェクターある! 寝ながら映画見れるよ!」


 二階の吹き抜けからリビングに向かって叫ぶ。


「夜通し一緒に見ていいよ?」


 夕夜より先に返事を返した藤原君がにやけて笑ってる。


「えっ?! 違くて! 夕夜、映画好きだから!」


「分かったから。華、一回降りてきなよ」


 ああ、夕夜が呆れてる。

 私は少し気まずさを覚えながら、そろそろと階段を降りる。

 藤原君が意地悪な視線を向けて言う。


「じゃあ部屋割どうしようか? 名竹さんと大伴君が一緒でいいのかな?」


 だ、ダメに決まってる。


「わ、私は斎藤さんと!」


「振られたみたいだよ大伴君」


「藤原⋯⋯いいから」


 藤原君が夕夜の反応に小さく笑いながら、私の方を見る。


「じゃあ、名竹さんと斎藤で一番奥の部屋使いなよ」


「承知しました。よろしくお願いします、華さん」


「こちらこそ!」


「俺が真ん中で、大伴君手前ね」


「?」


「それなら寝ぼけて部屋間違えるなんてベタなこと起きないでしょ」


「そ、そんなことあるわけないよ!」


「どうだか」


 藤原君が意味ありげに私と夕夜を交互に見る。

 夕夜は辟易したように視線を逸らす。


「じゃあ俺と鏡夜で一番手前で使うよ?」


「俺、名竹君と一緒でもいいよ?」


「コーキと一緒は俺がヤダよ」


「俺も振られちゃった」


 兄のしかめた顔を見て、藤原君は愉しそうに笑った。


「じゃあ部屋に荷物置いたら鷹野家に行こう」


「了解」


「りょーかい」


「ラジャー!」


 いよいよ鷹野家へ。

 鷹野先生の実家に行くなんてすごく不思議な気分。

 何を知るのかも分からないまま、私は車に乗り込んだ。


「そう言えば名竹さんって、鷹野のこと好きだったよね?」


「なっ! そ、そんなこと!」


 今言う?!


 藤原君は嫌がらせをしてないと気がすまないらしい。


 夕夜と兄の冷たい視線が突き刺さった。


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