第7話 友達の作り方
「どうしたの、華?」
机に突っ伏したまま、顔だけ上げる。
「夕夜君、お友達ってどう作るの?」
「なに鏡夜みたいなこと言ってんの」
昼休み。
私は机で項垂れていた。
午前中、何人かに話しかけてみた。
でも――会話は続かない。
避けられてるほどでもないが、昨日まで普通に話していた子まで、なんとなく距離を置いている気がする。
「ていうか、それ、何?」
夕夜は机の上を指さす。
「ね、何だと思う? 机の中に入ってた。すごくいい香り」
白い大輪の花。
幾重にも重なる尖った花びらは昨日、公園で見た花と同じ気がする。
綺麗で――場違いな花。
「本物?」
「たぶん。私へのプレゼントとか?」
「覚えは?」
「ないよ?」
夕夜は花ではなく、私の顔を見ていた。
まるで何かを確かめるみたいに。
「……それ、捨てなよ」
「え?」
少しだけ強い声に驚くと、その隙に花を取り上げられる。
「でも、誰かがくれたのかも」
「だとしたら趣味悪いし」
花を見つめる夕夜の視線が、わずかに揺れる。
ふと顔を上げて周囲を見回し、それから私の表情を探るように視線を向けた。
「……何? 女子からハブられてる?」
「そんなはっきりと言う? いや、そこまでではないんだけど」
「違うならいいけど。苦手じゃないでしょ、そういうの」
「そのはずなんだけどね」
「……まぁ、華なら大丈夫でしょ。ちゃんと昼飯は食べなよ」
それだけ言って、夕夜は花を持ったまま席へ戻った。
優しいんだか、冷たいんだか。
席に戻ると、梶君と天音さんが花を持ってる夕夜をいじり始めた。
天音さんの可愛らしい笑い声が教室に響く。
すごいな、天音さん。
私が紹介なんかしなくても、もうあんなに馴染んでる。
夕夜も二人に囲まれてキラキラして見える。
私は寂しくパンをかじる。
今日もお腹がもやもやする。
「ねぇ、名竹さん」
低く凛とした声。
振り返ると、瀬戸さんが隣の須藤さんの席に座るところだった。
「一緒に食べてもいい? 聞きたいことがあるんだ」
返事も待たずにお弁当を広げる。
すらっとした長い足。
落ち着いた仕草がとても大人っぽい。
こんなタイプの子が私に何の用だろう。
ちょっと緊張してしまう。
「あの……キキタイコトトハ?」
「ふっ、何で片言?」
瀬戸さんが笑った。
笑うと可愛い。
「あのさ。B組にもう一人、名竹っているよね? 関係ある?」
「え、鏡夜?」
「そう、それ。あれは一体、何?」
⋯⋯兄、人間扱いされてないじゃん。
「B組の名竹鏡夜は双子の兄なんだけど⋯⋯えと、瀬戸さんは兄をご存知で?」
「あぁ、玲香でいいよ。瀬戸玲香って言うの」
私も華でいいよと言うと、玲香は小さく笑った。
「私さ、試験の時に名竹鏡夜と隣だったんだよね」
「え?」
「びっくりしてさ。あんな美人、初めて見た」
玲香は卵焼きを食べながら言う。
「傾国というより建国系? 一瞬で教室の空気が変わってさ。緊張感? いや、畏怖に近いというか……神様がラスボスだった、みたいな」
建国系……確かに、兄に “傾国” という儚さはない。
思わず笑ってしまった。
「しかもあれで首席だったでしょ? なのに代表挨拶は別の子だし、入学式どころか学校にも来てないし」
「ふふっ」
「私、今でも幻だったんじゃないかって思ってる」
兄の素行の悪さが原因なのだけど、それを知らない人からしたら確かにそう見えるかもしれない。
「え、あれと双子なの?」
「ごめん、そんなに似てないよ?」
玲香に至近距離で見つめられ、恥ずかしくなって思わず手で顔を遮る。
「いや、髪色とか印象が全然違うけど、顔は似てる気もする」
「え、兄に似てるのは嫌なんだけど」
「あはは、あの存在感は全然似てないよ。でも華も美人だよ」
「え、そう?」
「私、外見至上主義だから。顔綺麗な人にしか興味ないんだよね」
玲香が小声で言う。
「藤原光輝とかマジ神が作りし芸術だよね。あれは国が傾くわ」
「なにそれ、面白すぎる」
玲香、全然クールじゃない。
「あ、私のことを見ていたのって兄のことで?」
「あれは⋯⋯」
もぐもぐと口を動かしながら、玲香は首を振る。
「噂を聞いたから」
「噂⋯⋯?」
「華は大伴がいるのに、男好きで初日から4人くらいに色目使ってるって」
「は?」
4人って⋯⋯作り話にしても雑すぎない?
「三年にも手を出したって言われてるよ」
「三年って……」
……石上先輩か。
思わず机に頭が落ちる。
「でも、華はそんなタイプじゃないのは分かるし」
玲香が言う。
「大伴以外、見てないしね」
「うん……? なんか言い方、気になるけど……幼馴染で兄妹みたいな感じなだけだよ」
「……ああ、なるほどね。それであんなに自然なのか」
玲香は何か納得したように小さく笑った。
「だから事情を知らない子からすれば、“彼氏でもない大伴を離さない女の子” に見えちゃうんだろうね」
玲香が天音さんに視線を向ける。
いつの間にか男子に囲まれている。
「榊天音なんかさ。あんなに男子に囲まれてるのに悪く言われない。距離感が絶妙なんだよね」
「……私ってそんな嫌われやすい?」
「目立つタイプでもないのに、大伴にあれだけ溺愛されてるからじゃない?」
「溺愛……」
私の顔を見て玲香が笑う。
「夕夜が心配性で、過保護なだけだよ。そういうんじゃないのに……」
「そうなの? じゃあ、まだ……」
ふぅん、と夕夜の方を見た。
やっぱり夕夜のせいで目立ったからじゃないか。
なんか腹が立ってパンを頬張る。
「ねぇ、なんか天音の話してない?」
振り向くと天音さんが立っていた。
「ふぁ、ふぁへはん?!」
パンを口いっぱいに詰めたまま固まる私。
少し怪訝な表情をしてても、近くで見るとやっぱり可愛い。
さっきまで彼女がいた方を見ると、もっと怪訝な顔をしている夕夜と目が合った。
『大丈夫なの?』
呆れながら口元だけ動かして夕夜が言う。
大丈夫、と頷いてみせたものの、喉が詰まってむせ返った。
「榊さんが可愛いって話だよ」
私の代わりに玲香が答えた。
「本当? 嬉しいな」
天音さんは空いていた前の席に座った。
「ねぇ、名前で呼んでもいい?」
首を傾げて満面の笑み。
距離の詰め方までが可愛い。
「華ちゃん、変な噂あって大変でしょ? 何かあったら言ってね」
「お気遣いありがとうございます」
天音さんもやっぱり知っているみたい。
でも噂を気にしていないみたいで嬉しい。
「ってかさぁ、なんでみんな、分からないのかなぁ」
天音さんが玲香に言う。
「そうだね」
玲香には何のことだかわかるようで、返事を返している。
「華も大伴もお互いしか見てないのにね」
「ほんとそれ」
「何の話? というか二人はもともと仲いいの?」
「ううん、榊さんと話したのはこれが初めて」
「玲香ちゃん、榊って呼ばないで。可愛くないから」
「じゃあ、天音って呼ぶね」
うん、と天音さんは可愛く頷く。
けれどそのまま、こちらに向き直す。
「あと華ちゃん、『何の話』ってどういうこと?」
「……その子、まだ自覚ないみたいだよ」
「はぁ?!」
天音さんは信じられないものを見るような目をしてる。
「じゃあ華ちゃんのせいじゃん」
「え?! 私? 何が?」
「夕夜君に大事にされてるのを、無自覚で受け入れてるからでしょ!」
「え、受け入れ? な、何を」
天音さんが言葉を失う。
「……ありえない」
「ありえないよね」
意味は分からないが、なんか二人が呆れてる。
何かを諦めた天音さんが頬杖をついて、玲香に視線を向ける。
「でも玲香ちゃんって噂とか興味なさそうに見えて、しっかり見てるんだね」
「天音もね」
「だってただの嫉妬じゃん」
「ふっ、そうだね」
天音さんの言い方に、玲香が小さく笑った。
「あとなんか誤解されてるけど、私はイケメンも噂も好きだよ。ただのオタクだから」
玲香が正すように言う。
「でも陰口とは言わないタイプでしょ?」
天音さんの言葉に玲香の口角が上がった。
「……あんたも意外に、男好きってわけじゃないんだね」
「天音はみんなが好きだよ? ただ、嫌な人避けてると男の子ばかりになっちゃうけど」
「なるほどね。てか、天音が華の噂流してるのかと思ってた」
「えー、ないない。そもそも人のものに興味ないし」
「そうみたいだね、私も誤解してたよ。ごめんね」
「どちらかと言えば、玲香ちゃんのグループの子たちじゃない?」
玲香は初日からいわゆる一軍のグループにいる。
結構な美人なのだから当たり前だ。
「あー……かもね」
玲香が肩をすくめる。
「さっきも人の悪口ばかりだから抜けてきたとこなんだ」
「えっ」
「今頃、私の悪口で盛り上がってると思う」
「うわ。玲香ちゃん、要領悪いね。天音ならもっと上手くやるよ?」
「まぁ、いいよ」
玲香が私に視線を向けて、にっと笑う。
「華といたら名竹鏡夜と会えそうだしさ? だから面倒みてよ、華」
胸がぎゅっとなる。
「……名竹鏡夜?」
天音さんが小さく呟いた。
「うぅ、なんか泣きそうなんだけど」
「やめてよ」
「玲香ぁ〜」
「抱きつくのもやめて」
玲香が笑う。
「私はどのグループにも入らないけど、たまには遊んであげるね」
天音さんも小さく笑った。
ほんの数十分前まで一人だったのに。
今、こんなに笑っているのがなんだか不思議で。
さっきまでのことが、嘘みたいに軽くなっていた。
きっかけは鏡夜だけど、帰ったらお礼を言っておこう。
高校生活がやっと動き出した気がする。
そして私は――
夕夜が持っていったあの花を、どうしたのかを聞くのも忘れていた。




