第78話 夏休み計画①
終業式が終わって、斎藤さんが迎えに来てくれる。
斎藤さんと初対面の鏡夜が挨拶をする。
「いつも華がお世話になってます」
「い、いえ! お、お噂は! かねがね」
斎藤さんが兄に緊張していて可愛い。
藤原君は辟易したように顔を歪めている。
あれだけ顔のいい藤原君を毎日見てるのに、兄には普通に緊張するんだ。
それともやっぱり、藤原君の美貌は性格にかき消されてしまうのかな。
「名竹さん、何?」
つい藤原君の顔を見てしまっていたようで、何かを察した藤原君が眉をひそめて睨んでくる。
「斎藤、早くしてくれる?」
「は、はい。では、お車へどうぞ」
斎藤さんが後部座席のドアを開けて、兄を中へと促す。
「俺そんな対応されたことないんだけど?」
「そ、そんなことは!」
「ま、いいけど」
藤原君は斎藤さんを一瞥すると、自分で助手席のドアを開けて乗り込んだ。
斎藤さんが運転席に座ると、藤原君が呆れたように言う。
「相手は16だからな?」
「そ、そう言うんじゃないですよ。芸能人に会ったみたいな」
「お前、何人の芸能人に会ってると思ってんの?」
「明景さんの知り合いは変な人ばっかじゃないですか!」
「まあ否定はしねぇけど」
藤原君は鼻で笑う。
「そう言えば藤原君のお父さんって俳優さんなんだっけ」
「知ってたんだ? 名竹さん全然話題にしないから知らないのかと思ってた」
「なかなかそこまで話題が辿り着かないよね」
「俺に興味なさすぎじゃない?」
「お前の情報量がぶっ飛んでるからだろ」
兄の言葉に藤原君の目が細まる。
「心外だな、名竹君も充分こっち側だろ?」
藤原君の家に着き、エントランス前で車を降りる。
斎藤さんについて先を行く夕夜と兄の隙を見計らって、藤原君が私に近づいて耳打ちしてくる。
「名竹さん」
「何?」
「名竹君にはうちに来てることバレないようにして」
「なんで?」
「俺たちが “羽衣” と “帝” に気づいてるとまだ勘づかれたくない。あの二人に話してないよね?」
「うん」
「ならそのまま、その件は知らないフリで」
「……分かった」
「大伴君にも、だよ」
私たちを見ていた夕夜と目が合うと藤原君がくすりと笑った。
「ほら、もう見つかった」
夕夜がこちらに歩いてくる。
藤原君はわざと試すような視線を夕夜に向ける。
「大伴君は今さら気にしないよね?」
「気にはしないけど」
私の腕を引いて、藤原君との距離を少し離す。
「面白くはないよ」
「大伴君だな」
藤原君は小さく笑うと背を向けて、玄関の中へと入っていく。
夕夜は私の視線を逸らすと、何も言わずに腕を掴んでた手を離した。
今は聞かないでいてくれるらしい。
藤原君についていきエントランスから広い玄関に入ると、そのまま応接間に通された。
「ホテルのロビーかよ」
兄が漏らす。
私のときと同じ感想に思わず笑う。
「パソコン取ってくるから適当に待ってて」
藤原君が奥へと消えていく。
兄は不躾に部屋の中を歩き回り、棚に飾ってある置物や写真を眺めてる。
斎藤さんにソファへと促され、私と夕夜は横並びに座る。
広さに緊張して少しだけ夕夜に身体を寄せる。
「ハナ! これ見ろよ!」
笑ってる兄の手に写真立て。
え、待ってきちゃったの?!
差し出されて受け取ってしまった写真立てを、元の場所に戻すように言おうとしたら……
「て、天使!」
金髪のくるくるヘアー、ぱっちりお目々の可愛い天使と目が合う。
光に照らされて青く透き通るこのグレーの目は……思わず斎藤さんを見る。
「三歳の光輝です」
「か、可愛いすぎない?」
つい、そのまま夕夜に見せてしまう。
「ま、まあ……」
夕夜は反応に困って写真から視線を逸らす。
前のときはそんな余裕もなく写真に気づかなかった。
兄が立つ後ろの壁には、幼い藤原君を中心とした写真がいくつも並んでいた。
藤原君にそっくりな綺麗な女性と顔を並べた写真もある。
写真立ての場所を兄に聞いて、元の場所にそっと戻す。
「これは……甘えられたら何でも言うこと聞いちゃうね」
「年追うごとに笑い方が捻くれててウケる」
「鏡夜……」
「そろそろ光輝が戻りますよ」
くすくすと笑ってる斎藤さんの掛け声で、兄を押しながら慌てて席に戻る。
席に戻ってもそわそわしてしまう私に夕夜が呆れている。
「お飲み物、コーヒーか紅茶か……炭酸系とかも用意できますが」
さすが斎藤さん。
飲み物の話をしているうちに、なんとなく落ち着かなかった空気が元に戻っていく。
そして藤原君が入ってくると同時に、斎藤さんは藤原君にも飲み物を聞いて部屋を出て行った。
兄の横に座った藤原君がテーブルにノートパソコンを置いてセッティングを始める。
私はそれを黙って見守ったけど、兄だけはニヤついたまま。
「⋯⋯隠すの下手だな」
藤原君が鏡夜じゃなくて私を見る。
「え?」
「何なの?」
藤原君が私たちを見回して、部屋を見回す。
「ああ、あれか」
さっきまで見ていた写真の辺りに視線を止める。
「別に見ていいやつ」
「え?」
「親父が客に見せる用だから」
確かに、ここは応接間だった。
よく見れば棚には藤原君のお父さんの出演作や切子のグラス、アンティークな小物類……。
藤原君のお父さんの “見せたいもの” が並んでる。
「藤原君、愛されてるんだね」
「まあね」
藤原君はキーボードを叩きながら小さく笑う。
「じゃなきゃ、こんな真っ直ぐ育ってないでしょ」
夕夜も兄も、お前が責任取れと言わんばかりに視線を逸らす。
わ、私が答えるの?!
「そ、ソウダトオモイマス」
「……ま、いいけど」
藤原君はふっと笑う。
パソコンのセッティングが終わると同時に斎藤さんが飲み物とお菓子を持ってきてくれた。
テーブルに丁寧に並べられていく。
「じゃあ早速本題」
「夏休みの計画だね!」
「8月は満月が、月初月末で2回入る」
「え、そうなの?!」
「宿題終わらせとかなきゃね」
夕夜が私を見て言う。
なんか、夏休みも大変かも……。
「俺の予定から話す」
藤原君の合図で斎藤さんは私に卓上カレンダーを手渡す。
藤原君と兄はパソコンのカレンダーを見ている。
「7月の五週目辺りで鷹野家に行ってこようと思ってる」
藤原君の指が画面をなぞる。
「どこだ?」
「本物か分からないけど、職員名簿に載ってた連絡先の実家は伊津半島の東津市だった」
「伊津?!」
「なんでまたそんな遠くに?」
夕夜の問いに藤原君は肩を竦める。
「それが分からないから行ってくる」
「それ私も行きたい!」
夕夜の呆れた視線が私に向けられる。
「俺はいいけど、例によって大伴君次第だよ」
「華、さすがにそこまで藤原の世話になる訳にはいかないよ」
「ば、バイトする!」
「ダメに決まってる」
「な、なんでよ!」
言い合う私たちを見て、兄と藤原君が少し引いてる。
「まあ斎藤も同行するし、そっちがいいなら金銭面は気にしなくていいよ」
「甘やかさなくていいよ」
「でも私、藤原君のバディだし!」
「それはない」
藤原君が即答する。
「話が進まないから、そこはおいおい話そうぜ?」
兄が話を続けるよう藤原君に促す。
藤原君が仕切り直すようにキーボードを叩く。
「8月最初の無貌戦。俺は“香島宮”を見てくるから、こっちはあんたたちに任せたい」
「私もそっちに行く!」
「華、旅行じゃないんだよ?」
「分かってるよ!」
夕夜が呆れたようにため息を吐く。
思わずムキになって、何か言い返そうと向き合う。
「名竹さん」
それを藤原君が制止する。
「“香島宮” はさすがに危険がある。ここは俺だけで行く」
「でも藤原君だって危ないのは変わりないじゃん!」
「名竹さんが居ても変わらない」
「でも――」
「ハナとユーヤでついていけ」
鏡夜が口を挟む。
“兄” の目をして私と夕夜を見る。
「さすがに危険だ。だから三人で行け」
兄がふっと笑う。
「雑魚無貌は俺だけで充分だ」
「あ、じゃあ石上連れていきなよ?」
藤原君が当たり前のように言う。
だから石上先輩、受験生だってば⋯⋯。




