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第76話 魔法の言葉


 テスト三日目が終わった。

 脳の疲労は限界を迎えつつある。


「あ、あと一日……」


 机に突っ伏しながら呟く。


「名竹さん、血色やばいな」


 同じ日程を過ごしてると思えないくらい肌艶のいい藤原君が、眩しい笑顔を向けてくる。


 最近忘れてたけど、藤原君がイケメンだったことを思い出す……

 ああ、脳が疲れてるな。


「藤原君、ちょっと眩しいから控えて」


「何様だよ」


「藤原君って存在に情報量が多いんだよ」


「疲れてんな」


 藤原君が珍しく軽口も返さず、呆れた顔をした。

 私の机の端に腰掛け、腕を組んだまま見下ろしてくる。


「最終日、ラクな教科で良かったじゃん」


「どこが」


 英コミュ、数I、情報……

 大丈夫なの英コミュだけ。


「今日は寝れないよ」


「何? まだ情報できないの?」


「どっちがおかしいか、分からなくなること言うのやめて」


「死んでんな名竹さん」


「同情するなら教えてやってよ、王子」


 玲香が鞄を下げて、やってきた。

 コトン、と目の前に栄養ドリンクを置く。


「あと一日頑張ろうね」


「ありがとう……玲香も、バイト頑張ってね」


「うん。じゃ王子よろしくね」


 無反応な藤原君に一方的に挨拶をすると、玲香は教室を出て行った。


「残ってやるの?」


「うん。今、夕夜と鏡夜でお昼買いに行ってる」


 ふうん、と藤原君は窓の方に視線を向ける。


「じゃあそれまで」


「?」


「 “魔法の言葉” 教えてやるよ」


「魔法の言葉?」


「情報。基礎知識だけ詰め込んで、あとは部分点狙いなよ」


「部分点?」


「少しでも稼ぎたいんでしょ?」


「うん」


「参考書には載ってない攻略法」


 藤原君が悪い笑顔を浮かべる。


「効率化、共有化、一元管理」


 藤原君が三本の指を立てる。


「この三つ書いとけば、記述問題の内容なんて分かんなくても大抵通る」


「こ、効率化、共有化、一元管理……」


 慌ててメモを取る。


「あとコード問題。どうせ一晩で覚えるのは無理だから。ロジックを日本語で書いて、“やった感” だけ出しときな」


「え、日本語でいいの?」


「入力、判定、処理、出力」


「にゅ、入力、判定……」


 ああ、メモが追いつかない。

 ひらがなでいいや。


「データを受け取る “入力”、条件あれば比べて “判定”。計算する “処理”、そしてそれを “出力” な」


 私が書いた汚い文字の上を、藤原君の綺麗な指が順に跳ねていく。


「この流れだけ書けば、コードなくてもあの教師なら喜んで点数くれる」


「マジですか」


「大伴君には内緒な」


 藤原君は得意げに人差し指を口元に立てる。


「他の人にバレると魔法が解けるんですね! ありがとう、魔術師(ウィザード)様!」


「どんな設定だよ」


「いや、ほんとありがたいよ」


 藤原君が体勢を整えながら、小さく笑う。


「ただそれ一回限りの魔法だからな」


「え?」


「夏休みの間にちゃんと覚えなよ」


 藤原君は満足そうに口元を歪めると、そのまま帰って行った。

 教科書を開いて、藤原君がくれた “魔法の言葉” の意味を調べる。


「入力、判定、処理、出力……」


 ああ、これって――。


 情報を集めて、仮説を立てて、試して、結果を見る。


 藤原君が無貌との戦いで、いつもやってる “検証” と一緒だ。

 なんだかすっと入ってきて、思わず笑みがこぼれた。


 あの人、プログラムだったのか。納得。


 ふっと閉じた目が、重たく心地いい。


『それまでには変わってて欲しいけどね』


 頭の中に夕夜の言葉が響く。

 先延ばしにしている超難問。


 藤原君みたいに解ければいいのに。

 テスト終わったら、ちゃんと考えなきゃ。


 もう少しだけ、待ってて――。


「やだよ」


 不意に頭の上に響いた夕夜の声。

 心臓が跳ね上がる。


 目を開けると夕夜と鏡夜が隣の席でパンを食べていた。


「それ寄越せよ」


「自分のあるでしょ」


「しょっぱいのが欲しいんだよ」


「甘いのばっか買ったからだろ」


 ――えっ?!


 がばっと身体を起こすと二人の視線がこちらを向く。


「ハナちゃん、起きた」


 時計を見る。

 あれ、30分くらい寝てた?


 ってか……

 寝顔見られてた?!


 え、嘘。


 夕夜と目が合う。

 けど、その表情からは分からない。


「ハナ」


「な、なに?!」


「今ならハナのおにぎりと俺のクイニーアマンを交換してやろう」


「は?」


「鏡夜、しょっぱいのが欲しいんだって」


「……だからってクイニーアマンは極甘すぎない?」


 頭良いくせになんでこういうの無計画なんだろう……。


「おにぎり、何買えた?」


 黙々とパンを食べてる夕夜に訊ねる。


「鮭と梅」


 鏡夜が袋の中を覗いて、一つ取り出す。


「鮭くれよ」


「お前ほんと図々しいな」


 夕夜が呆れてる。

 兄が差し出したクイニーアマンを受け取る。


「じゃあ歴史のお礼ね」


「サンキュー」


「あんまり甘やかさなくていいよ」


 夕夜がいつかの鏡夜と同じことを言っていて可笑しくなる。

 なんでこの二人、お互いの保護者みたいになってるんだろう。


 笑ってる私を夕夜は不思議そうに見た。


 その後は二人にみっちり数学を詰め込まれ、家に帰ってからは情報の用語だけを押し込んだ。



 ***



 そして迎えるテスト最終日。

 数Iは手応えがあった。


 他の教科もそうだけど、二人に教えてもらったところがそのまま出る。

 頭の良い人はどこが出るかが分かってるみたいだ。ズルい。


 ただ、情報に限っては間に合ってない。

 ワークはやったけど、答え合わせが出来てない。

 合ってるのか間違ってるのかも分からない。


 もう神頼みで藤原君の “魔法の言葉” をひたすら唱えて挑んだ。


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