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第75話 変わらないもの?

 

 夕夜の誕生日も無事に終わって、明日から期末テスト。

 勉強が間に合ってるとは言い難い。


 兄がソファに寝転びながら、何も見ずに問題を出す。


「1776年、独立宣言の起草者は?」


「ジェ、ジェファソン?」


「誰の何の影響を受けてる?」


「え? 意味分かんない」


「……ロックの抵抗権、ね」


「なんで音楽の影響受けてんの!」


「ジョン・ロックだよ。高校受験にもいたよ」


 確かに名前は知ってる気がする。

 けど……!


「だったらもう最初からその人だけでよくない?!」


「人が人を作って、繋がるのが歴史だからな」


 なんか鏡夜のくせにいいこと言うし。

 でもせめて代表者一名に絞って欲しい……。


「じゃあ、フランスがアメリカを援助したのはなぜ?」


「なんだっけ? それでお金なくなってフランス革命に繋がるんだよ」


「そうそう」


「そこからは分かるの!」


「なんで」


「ベルばら!」


「……へぇ、スゴイネー」


「フランス革命は得意なの……」


「はは、じゃあ20点くらいは取れるんじゃん?」


「今回は赤点回避じゃないの! 目指すは平均点なの!」


「それやばいね」


 他人事だからって、兄がけらけらと笑う。


「ほんと鬼だよ……」


「誰が?」


 後ろから耳元に、静かな夕夜の声。

 近い!


 しかも聞かれた。


 振り返れないのは、お風呂上がりのシャンプーの匂いのせいだけじゃない。


「順調そうで何より」


 夕夜はくすっと笑うと、そのままキッチンへ向かった。

 兄は肩をすくめる。


「じゃあ、フランス革命飛ばしてナポレオンから」


「ナポレオンは白馬の人」


「そう、皇帝だな」


「藤原君ね」


「自由と平等で法律作った奴って覚えとけ」


「藤原君じゃなかった」


「コーキはナポレオンよりロシア軍だな」


 水を飲んでた夕夜が笑ってむせてる。


「確かに」


「焦土作戦とかあいつが考えたんじゃないのってくらい性格悪い」


 なんか二人で笑ってるけど、私にはさっぱり。

 参考書に目を落とすと、ロシア軍のえげつない作戦で、ナポレオンは負けたらしい。


 よし、宇佐美先輩と藤原君で覚えよう。

 どう考えても藤原君が勝つ。


「それで思い出したけど、あいつこの前の無貌戦でさ」


 夕夜の誕生日前。

 無貌が出る満月の日。

 前回に引き続き、テスト前だからと、兄と藤原君だけで行ってくれた。


「前回出た奴と同じタイプの無貌だったってのもあるんだろうけど」


 兄が記憶の中の藤原君に引いている。


「無貌で実験してたぞ」


「え、実験って?」


「無貌に僻覚絵(ひがおぼえ)打ち込んで、淡々と検証してた」


 怖っ……。


「え、それ大丈夫だったの……?」


 むしろ無貌の方に同情してしまいそう。

 夕夜が戻ってきて私の隣に座る。


「もしかしてリミッター外すってやつ、やってたのかな」


「何やってたかは知らんが、俺あいつが一番怖い」


「「同じく」」


「最終的にバテやがるし、なんなのあいつ」


 たぶん藤原君、兄に運んでもらうところまで計算して無茶してそう……。


「鏡夜、あんまり藤原君に近づかない方がいいよ?」


「はっ、あいつも常に俺狙うほど暇じゃねえよ」


 兄は呆れたように笑う。

 兄が言うなら大丈夫なんだろうけど、相手が相手なだけに心配だ。


「ったく、五家に狙われちゃたまんねぇよな」


 ソファから立ち上がり、背伸びをする兄と目が合う。

 兄がにやっと笑った。


「じゃ、俺部屋戻るから。ユーヤ君あと見てやってよ」


「えっ⋯⋯」


 私が声を出すと、隣でワークを眺めていた夕夜が視線をあげる。


「俺だと何か問題?」


「い、いえ」


「ここ間違ってるよ」


「は、はい」


 適当に書いてたところを、あざとく見つけてくる。


「はは、じゃあおやすみ」


「え、あ⋯⋯」


 兄は悪戯な視線で一瞥して、部屋へと戻っていった。


 夕夜からワークを受け取る。

 そこで、お守りが付いたスマホをテーブルに置いたままだったのに気づく。


 なんだかまだ気恥ずかしくて、さりげなくポケットにしまう。

 夕夜の視線が小さく笑った気がした。


「ウィーン体制からでいいの?」


「は、はい」


「一問一答の方がいい?」


「の方が、助かります」


「はい」


 夕夜が教科書をめくる。


「ウィーン会議の議長を務めたオーストリアの外相は?」


「⋯⋯た?」


 夕夜が首を振る。


「じゃあ⋯⋯め? メッテルニヒ?」


「正解。タレーランはフランスね」


「はい」


「じゃあ、タレーランが提唱した理念で――」


 一生懸命答える。

 答えるんだけど⋯⋯。


 夕夜の落ち着いた声が近くて集中できない。

 たまに腕が触れるたびに、心臓が跳ねて集中できない。

 そんな私を見て、ふっと笑う夕夜で集中できない。


「ゆ、夕夜さん!」


「何?」


「もう全然集中できないんだけど!」


 夕夜が一瞬だけ止まって、吹き出す。


「それ俺に言うんだ?」


「いや、こっちは死活問題なので!」


「でも産業革命までいったから範囲は終わったよ」


「えっ!」


「良かったね」


「いや、ナポレオンのあとからワープしてます⋯⋯」


「⋯⋯なんで」


 そのあとは少しだけ椅子を離してもらって、もう一回だけ要点を教えてもらう。

 なんとか歴史は間に合った。

 でも、これがあと3日も続くなんて⋯⋯。


「一夜漬けの記憶なんて、テスト終わると忘れちゃうよね」


「大学受験もあるから忘れないで欲しいけどね」


 机に突っ伏してぼやく私に、夕夜が呆れたように笑う。


「さすがに同じ大学には行けないかな」


「まあ来年からはクラスも別だろうしね」


「えっ!」


「俺、文理行くよ? 華は文系じゃないとキツいんじゃない?」


「確かに⋯⋯え、寂しいな」


「まあ、そんなに変わらないと思うけど」


「そ、そうだよね! 変わらないよね!」


 夕夜が私をじっと見る。


「いや、違うか」


 頬杖を付くと、顔を覗き込んで口元だけで笑う。


「さすがにそれまでには変わってて欲しいけどね」



 ――な、何が⋯⋯かな?

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