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第74話 一年に一度の約束

 

「え、今から?」


「今から!」


 七月七日、夕夜の誕生日。

 学校からの帰り道に、神社に誘った。


 驚かせたくて、駅に着くまで内緒にしてた。


 でもさすがにテスト前だからか、夕夜がちょっと引いている。


「帰ったらちゃんと勉強もするから!」


「それは当たり前だけど……」


 特別な日なのに全然浮かれてない夕夜に笑ってしまう。

 夕夜の手を取って引っ張ると、仕方なさそうに歩き出した。


「お祝いさせてよ! 行こう!」


 観念したように小さく笑う。


「分かったから引っ張らないで」


 私に追いつくと、夕夜は繋いだ手を持ち替える。

 夕夜が得意げな視線を一瞬向ける。

 こっちの方がしっくり来るのは夕夜も一緒らしくて、その表情に口元が緩んでしまう。


「石上先輩が屋台の券くれたからちょっとリッチだよ」


「それで急にか」


「へへ」


 人の流れに沿って歩いていくと、笹にカラフルな短冊で飾られた大きな竹が赤い鳥居を囲っているのが見えてきた。


「わぁ、すごいね!」


 鳥居を見上げると、視線を私に落としてた夕夜の目と合って思わず足を止める。

 近い距離にたじろぐ私に、夕夜がくすくすと笑う。


「よそ見してると危ないよ」


「ゆ、夕夜こそ」


「俺?」


「た、七夕飾り見なよ」


「他人の願い見てもね」


 辺りをさらっと見回した夕夜の視線が戻ってくる。


「そんな元も子もない……あ!」


 私は授与所を指差した。

 短冊が売っている。


「じゃあ短冊書こうよ!」


「……俺が書くと思う?」


「鏡夜に代筆も頼まれてるんだ」


「あいつに?」


「『世界平和』って」


「ざっくりだな」


 やる気のない夕夜を連れて三枚の短冊を買う。

 渋々短冊を受け取った夕夜は、世界平和を願う私の手元を覗き込んでいる。


「代筆って意味あるの?」


「でも小っちゃい子のとかお母さんが書いてるし!」


「それと一緒でいいんだ……」


「いいから書きなよ」


「うーん……」


 ペンを持ったまま、短冊を見つめてる夕夜。

 こんなに悩んでる夕夜、珍しい。


「なりたいものとか、欲しいものとか。気楽に書きなよ」


「じゃあ『華』って書いていい?」


「え、夕夜、私になりたかったの? それは知らなかったよ」


 よくわからない冗談に笑ってる私を見て、夕夜はようやく筆を動かした。


「『鈍感が治りますように』?」


「代筆」


「え? 誰の?」


「成長を願って」


 ふっと笑って、短冊を結びに行ってしまう。

 私も慌てて書いて、夕夜を追いかけた。


 横になった大きな竹にたくさんの短冊が結ばれている。

 適当な位置に短冊を結んでいる夕夜の横に立つと、私の握ってる短冊を覗き込んできた。


「他人の願いは見ないんでしょ」


 慌てて隠す。


「他人じゃないよ」


「だめ、見せたら叶わなくなる」


「俺の見たよね」


「願い事は見せない方がいいんだよ」


「それ短冊全否定じゃん」


 夕夜が声を出して笑う。

 私もつられて笑いながら夕夜の短冊の隣に結ぶ。


 私の短冊を見て、夕夜はわずかに目を細めた。

 それから、そっと手を繋いでくる。


「⋯⋯誰と?」


「夕夜と鏡夜」


「……だよね」


「あと、藤原君と玲香と天音さんも」


「欲張りだね」


「先輩とか、先生も」


「その二人は別にいいんじゃない?」


 夕夜の雑な言い方にふっと息が漏れる。


 しばらくすると短冊で飾られた竹が立てられる。

 さらさらと笹が揺れる音。

 星が出始めた薄明の空に近づく短冊を、夕夜と眺めた。


「叶うといいね!」


「……そうだね」


 夕夜が私にそっと視線を落とした。

 その眼差しの意味は分からなかったけど、なんだか心臓が煩くなって思わずその視線から逃げた。


「な、なんか食べよう!」


 夕夜の手を引いて屋台の方へ歩き出す。

 後ろからふっと小さく笑う声が聞こえた。


「夕夜、何がいい? 買ってきてあげるよ」


「え、いいよ」


「お誕生日だから!」


「じゃあ華が食べたいので」


「チョコバナナか、りんご飴になるよ?」


「……うん、別にいいよ」


「じゃあチョコバナナね! じゃんけんに勝つと二本もらえるし!」


「……頑張って」


 夕夜が小さく肩を落として笑う。


「買ってくるね!」


「待って、一緒に行く」


「並ぶだけだよ?」


「制服って声かけられやすいから」


「え、補導?!」


「⋯⋯捕まったら面倒だから」


「まだ帰りたくはないよね」


 夕夜が一瞬だけ視線を揺らして、苦笑いを浮かべる。

 結局夕夜もそのまま並んで、じゃんけんには勝てなくて。


「半分食べていいよ」


「え?」


「華が食べたかったんでしょ?」


「じゃあ遠慮なく!」


 夕夜が可笑しそうに笑う。

 久しぶりに食べたチョコバナナは、記憶の中よりもずっと甘かった。


 夕夜は鞄の中からペットボトルのお茶を取り出して差し出してくる。


「甘いでしょ?」


「うん、ぬるくて甘い」


「それどうなの?」


 お互いに笑いながら、チョコバナナとペットボトルを交換する。

 気づけば辺りは薄暗くなり、屋台の照明がさっきより増えた竹を照らしていた。


 そのあとも鏡夜へのお土産を探しつつ、先輩にもらったチケットもあっという間に使い切ってしまった。

 なんとなく、そろそろ帰ろうかという雰囲気になる。


「夕夜、最後に授与所寄ってもいい?」


「いいけど、なにか買うの?」


「あ、あのね」


 ここにきて、ちょっとドキドキする。

 断られたらどうしよう⋯⋯。


「七夕守りがあって」


「ああ、さっきあったね」


 繋いでる手が震えてしまう。

 一度、深呼吸をする。


「夕夜と、お揃いで、買ってもいいですか?」


「え」


「あの⋯⋯誕生日プレゼントに」


 そっと夕夜を見上げる。

 口元に手の甲を当てた夕夜と目が合う。

 夕夜が少しだけ視線を下げた。


「あ、うん」


 よ、良かった。

 ほわっと一気に力が抜けて、思わず顔が綻ぶ。


「で、では!」


「ふっ、出陣なの?」


 小さな根付の七夕守り。

 天の川みたいにキラキラしていて、夕夜が持つには少し可愛いデザインだけど。


「青とピンク、どっちがいいですか?」


「⋯⋯青で」


「ピンクも可愛いのに」


「これってスマホに付けるんでしょ?」


「え」


「ピンクは藤原にキモいって言われそう」


 夕夜がくすくすと笑う。

 なんだか胸が詰まる。


「じゃあ私も青にしよう」


「そうなの?」


「夕夜の色だし!」


「え、じゃあ俺ピンク?」


「ふふっ、青でいいよ」


 会計を済ませて、二つの同じ色のお守りを受け取る。

 それだけで不思議な充実感。


 まだ緊張の残る手で夕夜に一つ渡す。


「お守りだから来年返しに来なきゃね」


 夕夜がぴくっと反応する。

 お守りを受け取ったままの夕夜の手を握る。


「来年も、また来て買おうね」


「……うん、そうだね」


「なんか、いよいよ彦星みたいだね」


「クソダサいからやめて……」



 欠け始めた満月が昇る空に、天の川を探しながら家路を辿った。


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