第73話 先輩のふしぎなポケット
「⋯⋯で華はなんでいきなり勉強?」
「そんなことしてて誕プレ決まったの、華ちゃん?」
昼休み。
机に向かう私を見て、玲香と天音さんがお弁当を食べながら不思議そうに訊ねる。
勉強を “そんなこと” 呼ばわりする天音さん、流石だ。
「これがプレゼントになったの」
「それさすがに色気なくね?」
近くにやってきた藤原君がノートを覗き込む。
「ああ、藤原様!」
「平安貴族かよ」
「お願いします、“情報” 教えてください!」
「やだ」
「SQLってなんですか」
「そこからかよ」
眉をひそめて私を見る藤原君に、負けじと視線を返す。
「これ、藤原君のせいでもあるんだからね?!」
「俺?」
「藤原君はずいぶんと物騒な女性に告白されてるようで?」
「ああ。結局聞いたんだ? おすすめしないって言ったのに」
藤原君は悪びれもせず悪戯っぽく笑う。
「嘘がバレるからでしょ!」
「王子、また華たちに余計なことしてんの?」
「サイテー」
「ヒール役買ってやってんだよ」
「藤原君はヒール過ぎるんだよ。おかげでこんなことに⋯⋯」
机に突っ伏す私を見て、藤原君は確認するように玲香に視線を向ける。
「誰も損してなくね?」
「まあ。むしろ華のためになってるね」
玲香まで藤原君の肩を持つ。
「華ちゃん、かわいそう」
「私の味方は天音さんだけだよ」
「ダメ同士で舐め合ってんな」
はっと意地悪く笑う藤原君を睨む。
「藤原君は何しに来たの?」
「ああ、天音さんに聞きたいことがあって」
「⋯⋯何?」
天音さんの冷たい視線と声色が返ってくる。
「榊家って儀式の時間、どうやって決めてんの? 毎月変わるよな?」
藤原君……。
よくこの塩対応な天音さんに、そんなこと聞けるな……。
「面倒だから、もう正攻法で聞くわ」
「天音が教えると思うの?」
「現状維持よりマシだろ」
天音さんが無表情で藤原君を見る。
藤原君が不敵な笑みを浮かべる。
「榊家に嫌がらせしたくない?」
「光輝君に出来るの?」
「名竹さんがやるし」
「え?」
こっちを見た天音さんと目が合う。
何かを見定めるような視線が私から藤原君へ移る。
「水盤に月が降りたときだよ」
視線を下げながら天音さんが呟いた。
藤原君の口角が上がる。
「ありがと」
それだけ言うと、藤原君は機嫌良さそうに教室の外へと出て行った。
藤原君が去ったあと、二人のやり取りを見ていた玲香が口を開く。
「天音って名家から家出してきたお嬢様かなんか?」
「ふふっ、玲香ちゃんは勘がいいから好き」
はぐらかすでもなく、天音さんが可愛らしい笑顔で言った。
***
「あれ、華ちゃん?」
「石上先輩!」
放課後。
国語準備室に入ると、石上先輩が鷹野先生の隣の机にいた。
「この間はありがとうございました!」
「いいってことよ。夕夜君は元気?」
「はい、おかげさまで!」
「良かったな」
先輩の手元には分厚い参考書が転がっている。
あれ、試験用ではなさそう。
「名竹妹が来るなんて、どうした?」
「はい、試験範囲を聞こうかと」
「は?」
鷹野先生が変な声を出した。
ずれてもいない眼鏡を上げる。
「分からなさすぎて的も絞れてない状況です!」
「……あいつはどうした?」
「夕夜ですか? 今回は諸事情で頼れません」
「珍しいね、喧嘩でもした?」
話を聞いていた先輩がニヤけながら口を出す。
「違くて、誕生日プレゼントです」
「相変わらず意味分かんないね」
先輩がペンをくるくると回しながら笑う。
机に頬杖をつくと目を細めながら私を見上げた。
「んなまどろっこしいことせんで、“私がプレゼント” でいいじゃん」
「先輩まで、な、なに言ってるんですか!!」
なんで、みんなそうなる!
あ、ありえないでしょ!!
「……え?」
私の反応を見てなぜか石上先輩が驚く。
「もしかして、君らまだ……?」
「え? な、何が⋯⋯」
「いつも見せつけられてるアレはなんなの?」
「あ、アレ……って?!」
「マジか⋯⋯」
先輩と鷹野先生が呆れたように顔を見合わせる。
石上先輩は首を振って、大げさにため息を吐いた。
「夕夜君、何やってんの」
先生は私から視線を逸らして、一度咳払いをして眼鏡を上げた。
「まあ⋯⋯範囲は大伴に聞け。あとは……」
先生が少しだけ考えてから私を見る。
「そうだな。宇治拾遺物語とワーク5周くらいしとけ」
「5周⋯⋯も?」
「古典はそれだけで、あとは他の教科にまわしていい」
「!!」
「しっかりやっとけよ」
「ありがとうございます!」
先生は小さく笑うと、手元のプリントに視線を戻した。
石上先輩も姿勢を正して、参考書をめくり始める。
「先輩も勉強ですか?」
「みんな忘れてるだろうけど、俺受験生よ?」
確かに!
忘れてた!!
「鏡夜君も光輝君もこき使ってくれるけど、受験失敗したらどうしてくれよう」
先輩は国語準備室で何故か化学の参考書を開いている。
全く分からない記号だらけだけど⋯⋯
「もしかして薬科大とかですか?」
「そうね、研究の方だけど。得意だし好きだし」
「それは、素敵です!」
「惚れちゃう?」
「かもですね!」
「夕夜君に言ってやろ」
石上先輩が人懐っこい笑顔を浮かべる。
この笑顔にはついつられてしまう。
「でもなんでここで?」
「タカセンに愚痴聞いてもらってるの」
「勝手に入り浸りやがって。いい迷惑だよ」
「なんか俺の周り、面倒なガキばっかでさ」
「少し前までお前が一番の問題児だったのにな」
鷹野先生がふっと笑う。
「俺ってまともだったんだって痛感してる」
「まともではないがな」
「だって光輝君とかヤバいよ? なんで普通にここらへん歩けてるの?」
藤原君、この二人にはどこまで自分のこと言ってるんだろう⋯⋯。
下手に言わない方がいいんだよね⋯⋯バレたら私の命がヤバい。
「まあ、藤原はいやに頭のキレる奴だよな」
「あれ、なんかのプロだろ? 情報の使い方っていうか⋯⋯人の使い方? なんかマジでヤバいんだよ」
「なんだよそれ」
ふわっとした先輩の言葉に鷹野先生が呆れてる。
「あいつ何も動いてないのにさ、気づくと状況が変わってんの。ほんと怖い。あいつの前じゃ鏡夜君なんてただの暴れん坊だよ」
藤原君⋯⋯。
ごめん、何もフォローできないや⋯⋯。
「それは⋯⋯どうりで素行の割りに教師受けがいいわけだ」
外した視線で一点を見つめていた鷹野先生がふっと笑う。
「やっぱり教師泣かせな奴だな」
「俺なんて何もしてなくても怒られるのにな」
「ははっ」
「フォローしてよ」
なんか年長組二人の独特な雰囲気にほっこりしてしまう。
勉強の邪魔をしてもしょうがない。
「じゃあ私帰りますね! ありがとうございました」
「あ、待って華ちゃん」
「?」
「これあげるよ」
そう言って先輩はポケットからくしゃくしゃになった紙切れの束を差し出した。
受け取ると十枚くらいに綴られている百円券。
「なんかデジャヴ」
「ふっふっふ、今回は夕夜君もハッピーよ?」
「なんですか、これ?」
「八剱さんの七夕祭りの屋台券」
「駅前の神社ですよね?」
「あげるから夕夜君と楽しんできなよ」
「でも、こんなの!」
「ほんとにテストだけで終わらせるつもり?」
先輩がにやりと笑う。
「行っといで」




