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第71話 貝かウツボか


 0時。

 夕夜の部屋の前。


 目の前には夕夜。

 さっきまでリビングで話をして、今お見送りをしている。


「じゃあちゃんと毛布かけて寝てね」


「何それ」


「雨で濡れたんだから、風邪ひかないようにしなきゃ」


「ああ。華もね」


「うん、おやすみ」


「……」


「どうしたの?」


「まだ、謝ってなかった……んだけど」


 夕夜が申し訳なさそうに視線を伏せる。

 けど、何かに迷ってる。


「ふふっ、謝ることあったっけ?」


「そう……なんかないなって」


「はは、ただすれ違っただけだよ」


「すれ違った……」


「ずっと一緒にいるんだもん。考え方が違ったり、喧嘩することくらいあるよ」


 夕夜がそっと私の手を取る。


「すれ違いたくないんだけど」


 子供みたいな夕夜。

 言い聞かせるように手を重ねる。


「じゃあこれからはちゃんと話してね」


「じゃあ、そばにいてよ」


 握られた手を少しだけ引かれる。


「だから! それは!」


 手を繋がれたまま、一歩退く。

 夕夜が少し瞼を下げる。


「なんで逃げるの?」


「に、逃げてはないっ!」


「我慢するなって言われてるし、もういいのかな」


「な、何が?!」


「俺は我慢しなくていいんでしょ?」


「そ、そういう話じゃなかったでしょ?!」


「そういう話って?」


 わざとらしく首を傾げて聞いてくる。

 口元が笑ってる。

 こ、こいつ!


「おい」


 隣の部屋のドアが開く。

 鏡夜に腕を引かれて、夕夜から離される。


「調子戻ったのは結構だが、ハナに手出したら命ごとすれ違うからな」


「……あんまり上手くないよ」


「言うじゃねえか」


 夕夜が小さく笑う。


「……おやすみ」


 夕夜は静かに扉を閉めた。


「う、うるさくしてごめんね」


 心臓の音まで兄に聞かれてないか心配になる。

 兄がため息を吐きながら部屋に戻る。


「あんま甘やかさなくていいよ?」


「う、うん?」


 廊下に一人になった後も、心臓の音だけが響いていた。



 ***



 夕夜の誕生日が二週間後に迫ったある日。

 私は切羽詰まっていた。


「藤原君」


「何?」


「藤原君は夕夜の誕生日、何かあげる?」


「え、キモくない?」


「そんなことないと思うけど」


「俺がボールペンとかあげて大伴君が喜んで使うと思う?」


「うーん……」


 確かに、使わない……かも?


「だろ?」


「でも夕夜、藤原君から貰ったもの捨てないと思うよ」


「それもまたキモい」


「それは夕夜から貰っても?」


「めっちゃ困るよね」


「なんか、不思議な友情だね」


「プレゼント悩んでるんだ?」


 頬杖ついた藤原君がニヤついている。

 言おうとしてることが分かる……。


「言いたいことなら、もう玲香と天音さんに言われてるから」


「なら良かった」


「全然良くない」


 みんなまともに相談に乗ってくれない。

 もう少し健全なプレゼントを教えて欲しい。


「面倒だから本人に欲しいもの聞けば?」


「それは……その……」


 なんか聞いたら、それこそ私が困る気がして……。


「へぇ、そんなに迫られてるんだ」


「ちがっ! そんなんじゃ――」


「何の話してるの?」


 宇佐美先輩が間に入ってくる。


「あ、すみません!」


 委員会のミーティング。

 夕夜なしで藤原君と話せる絶好のチャンスだったからつい……。


「恋人への誕生日プレゼントのアンケートはどうかなって話してたんだよ」


 藤原君のナイスアシスト。


「誕生日プレゼント?」


「先輩なら何もらうと嬉しい?」


「うーん、僕はなんでも嬉しいけど」


 そう言って柔らかく笑う。

 さすが本物の王子。

 藤原君は聞いたくせに、舌を出して顔を歪めている。


「ああ、そうか。華の彼氏君がもうすぐだったね」


 体育祭のあの日から、私のせいで夕夜の誕生日が広く知れ渡ってしまってる。


「あんまり我慢強そうじゃないけど、あれで彦星なのも面白いよね」


「え?」


 先輩からはそう見える?


「まあ、そのアンケートは却下だな。他の案で出してね」


 先輩は隣のテーブルに移動していく。


「え、夕夜って我慢強いよね? 彦星ぴったりじゃない?」


「俺は宇佐美に一票かな」


「え?」


「大伴君、割と短気じゃない?」


「ええ?! 夕夜が短気?」


「そんな驚く?」


「なんか海の底にいる静かな貝みたいじゃない?」


「俺、縄張りに近づくと噛みつくウツボのイメージだわ」


「はぇー」


 ここまで印象違うのかと変な声が出た。


「大伴君、名竹さんのことになると割と剥き出しじゃん」


 藤原君がくすくすと笑う。


「そんな我慢強い奴じゃないよ」


「まあ、確かにこの前……」


 もう我慢しないとかなんとか文句言ってたっけ……?


「え、何なに? それ聞きたい」


 愉しそうに目を細める藤原君。

 いじる気満々だ。


「……夕夜かわいそうだから言わないでおく」


「あんた今までも結構キツい情報漏らしてるからな」


 藤原君が呆れた眼差しを向ける。


「そうだ、華」


 宇佐美先輩が戻ってきた。

 慌てて仕事をするふりをする。


「華の彼氏君なら大丈夫だろうけど、誕生日に気持ちを伝えてくる子は一定数いるから気をつけてね」


「え?!」


「あー、それはありそう」


「ありえるのっ?!」


「名竹さん自分で教えちゃうなんてバカじゃん」


 藤原君がけらけらと笑う。

 宇佐美先輩にも同情するように肩を叩かれる。


 プレゼント以外にも気を使わなきゃいけないなんて、夕夜の誕生日こんなハードル高かったっけ?!

 なんか去年まで普通にお祝いしてたのが信じられない。


 気づけば委員会も終わっていて、声もかけずに先に行こうとする藤原君を慌てて追いかける。


「なんか、夕夜の誕生日だけ難易度設定おかしくない?」


 隣を歩く藤原君に一方的に愚痴る。

 藤原君は面倒くさそうにため息を吐く。


「難しくしてるだけじゃん」


「え?」


「だって大伴君だよ?」


「うん」


「欲しいもんも分かってるでしょ」


「……」


「あとは名竹さんの問題じゃん」


 正論が突き刺さる。

 何も言葉を返せずに教室までの廊下をついて歩いた。


 教室のドアが開く音がして、現実に戻る。

 顔を上げると、一年生ではない上級生の綺麗な先輩が神妙な面持ちで奥のドアから出てきた。


 私たちには気づいていないのか、そのまま反対方向へとかけていく。


「あ」


 藤原君が小さく呟いた。

 目を合わせると肩をすくめる。


「何?」


「いや? これは⋯⋯」


 藤原君が躊躇ったのに気づかずにドアを開けると、席のところで立っている夕夜がいた。


「夕夜――」


 と声をかけてから気づく。


 夕夜一人?


 教室には誰もいない。

 出てきた綺麗な上級生。

 気まずそうに視線を逸らす夕夜君。


 誕生日じゃなくても告られてるじゃん――。


 そうだった、この人そうだった。

 小さく息が漏れた。


「名竹さん、なんでそんな冷静?」


「え?」


 なぜか藤原君に責められる。


「余裕ぶっこいてるだけ?」


「藤原⋯⋯」


 夕夜が止めに入ったのを、藤原君は片手を上げて静止する。

 私を見下ろすように向き合う。

 顔を寄せて夕夜に聞こえない声で耳打ちする。


「あれ、キスされてるかもよ?」


「えっ?」


 思いもしない言葉に、急に心がざわつく。


「聞いてみれば?」


 藤原君は肩を叩いて、小さく笑う。


「おすすめはしないけどね」


 机から鞄を取ると意地悪な笑みを浮かべ、そのまま一人先に教室を出て行ってしまった。


 夕夜と二人――。

 教室に沈黙だけが残った。


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