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第70話 冷めた肉量産するポンコツです


「ほら夕夜、ちゃんと食べて」


 夕夜の前のお皿に、焼かれた肉が積まれていく。


「……華、自分でやるから」


「世話されてるな、夕夜」


 おじさんが苦笑する。


 石上先輩に回復してもらい、まだ本調子ではなさそうだけど、夕夜は目を逸らさなくなった。

 それだけでちょっと嬉しい。


 スマホにメッセージが入る。


「え、鏡夜もう終わったって」


「早いね」


「秒殺だったのかな……」


 本当は私たちなんていらないんじゃ……。

 い、いや、きっと焼肉のために頑張ってくれたんだ。


「お待たせしましたー、牛タンでーす」


「ありがとう」


 おじさんが受け取り、私の前に並べる。


「ごゆっくりー」


「夕夜! 牛タン来たよ、食べるでしょ?」


「華、ちょっと待ってって」


 網で焼いていた肉を夕夜のお皿に乗せて、牛タンに取り掛かる。


「鏡夜と藤原君のも焼いといてあげよう」


「華、冷めた肉なんて嫌がらせだから」


 夕夜にトングを取り上げられる。


「牛タンは二人が来てからね。あと……」


 夕夜に焼いてあげた肉が戻ってくる。


「これは華が処理して」


「えぇ?!」


「俺は待ってって言ったからね?」


「ひ、ひどい」


「どっちが」


 向かいに座るおじさんに、夕夜とそっくりなその目で、穏やかに笑われる。

 なんだか大人になった夕夜がいるみたいで、少しだけ落ち着かない。


 そんな私を見て、隣の夕夜は何か言いたげに私を見る。


「ところで華は勉強の方は大丈夫か?」


「え……えっ?」


 しばらくして、いきなり保護者モードになったおじさんが聞いてきた。


 なんて答えるべきか夕夜に助けを求めるも、夕夜は舟を出してはくれなかった。


「はは、ダメそうだな」


「が、頑張ってますよ?」


「まあ、うちは華ちゃんならいつでも歓迎だよな夕夜?」


 夕夜は呆れた視線をおじさんに向ける。


「英語できなくても雇ってもらえますか?」


「あ、そっち?」


 おじさんがけらけらと笑った。


「じゃなくて、夕夜の面倒見てやってよ」


「……父さん」


「もちろんです!」


「えっ」


「でも、夕夜にも面倒見てもらうからね」


 夕夜が少しだけ驚いた表情を見せる。


「それに鏡夜も」


 離れないから、一人だと思わないで。

 一緒にいるから。


「だから、一人で何とかしようとしないでね」


「だとよ?」


 おじさんがお父さんの顔をして夕夜に微笑んだ。

 夕夜が視線を伏せて逸らす。


「……分かってるよ」


「しかし、華ちゃんは……それで大丈夫か?」


「え? 何がです?」


「はぐらかされた訳じゃないよな?」


 おじさんが眉を下げて困ったように笑う。

 その表情も夕夜にそっくり。


「華に通じるわけないでしょ」


「おかしいな、俺が育てたはずなんだけど」


「言うほどだよ」


「なんかお前たちが心配だよ」


「じゃあ、俺に任せてみます?」


 頭の上から藤原君の声。


「藤原君!」


「名竹君もいるよ」


 遅れて兄が入ってくる。

 店内の視線が二人に向けられている。


「ねぇ……鏡夜に何もしてない?」


 こそっと藤原君に訊ねてみる。


「信用ねーな俺」


「当たり前でしょ」


「何もしてねぇって」


 藤原君が明るく笑う。

 笑顔が胡散臭い⋯⋯。

 でも、ここは信じるか⋯⋯。


 目が合った兄は、何かを悟ったのか私たちを見て苦笑いを浮かべる。


「お疲れ様、二人とも」


 おじさんが席に座るよう二人を促す。


「お疲れ様です」


 あの藤原君が爽やかな好青年になる。

 ⋯⋯胡散臭い。


「今日はご馳走になります」


 藤原君が隣に入ってきて、押しやられる。

 席を詰めると奥にいる夕夜の腕が触れた。


 あ、あれ……近くない?

 近づいた距離になんだか急に緊張してくる。


「てかハナ、なんでそんな大量の肉食ってんの?」


 おじさんの横に座った兄が、お皿に盛られた冷め切った肉を見て呆れてる。


「華が勝手に焼いた」


「だって鏡夜と藤原君遅くなるから!」


「だからって冷めた肉量産する?」


「すぐに食べたいかなって……藤原君どうぞ?」


「いらねーよ」


「いらっしゃいませー。お飲み物のご注文承ります」


 藤原君の動きが止まり、表情を歪める。

 鋭い視線で見上げる。


「……なんでいるの、瀬戸さん」


「バイト先。ご注文承ります」


「レイカちゃん、俺コーラね」


「御意」


 藤原君は引いた目で玲香を見ている。


「で、王子は? フォートナムとかはないよ?」


「んなもん飲まねーよ。ウーロン茶で」


「うちはジョッキ提供だけどちゃんと飲める?」


「茶器はいらねーよ」


「はい喜んでー」


「言いたいだけだろ」


「ふふっ」


 玲香が満足げに戻っていく。

 背中を睨んでいた藤原君の視線が戻る。


「……マジでなんでいるの」


「藤原君に玲香のバイト先って伝えるの忘れてたね」


「別にいいけどさ」


「いいね、なんか二人ともうちの会社に欲しいな」


 二人のやりとりを見ていたおじさんが品定めをするように顎に手を置く。


「え、ずるい!」


 私が先にお願いしてたのに!


「就職先決まっちゃった。大伴君の元で働けるなんて嬉しいな」


「藤原は……やだ」


 藤原君からの視線を無視して夕夜は丁寧に肉を焼いている。


「確かに家と仕事には、いてほしくねぇな」


 兄が冷めた肉をつまみながら、呆れたように笑う。


「えー、意外となんでもこなすよ?」


「それが怖ぇんだよ。冷めた肉量産するくらいのポンコツがちょうどいい」


「鏡夜、それ誰のこと?」


 兄はにっと笑うだけだった。


「お待たせしましたー」


 玲香が兄の前にコーラを置く。

 コーラなのに、レモンやら傘やらが刺さっていて南国っぽい。


「サービスです」


「お、おう」


「王子はこれ持てる?」


 藤原君には似合わないジョッキが目の前に置かれる。


「これサービス」


 そう言ってストローが置かれた。


「舐めてんの?」


 藤原君が睨むと、玲香は頬を緩ませた。

 藤原君もそろそろ学べばいいのに……。


「あ、あとこれ」


 玲香が夕夜にアイスを渡す。


「何?」


「大伴にサービス」


「……」


「最近、華が元気なくてさ」


「……どうも」


 玲香がふっと笑う。


「では、ごゆっくりー」


「……良かったね」


 アイスを見つめたままの夕夜に声をかける。


「今いらないけどね」


「そんなこと言わないの」


「一番まともなサービスじゃん」


 兄が笑いながら、コーラに飾られた傘をアイスに刺した。

 夕夜は能天気なそのアイスを私に差し出してくる。


「華にあげる」


「え?」


「だから元気出して」


「え、なんか突っ込みにくいな……」


 アイスを受け取ると、夕夜はいつもの困ったような笑顔を浮かべた。


 溶け始めたアイスは思ったよりも甘くて、思わず口元が緩む。

 なんだか心に沁みるような甘さだった。


 肉を焼き始めた鏡夜におじさんが訊ねる。

 

「そう言えば、さっきの銀髪の子も五家なんだよな?」


「ああ、子安貝の奴だよ」


「石上、なんで来なかったの? こういうの好きそうなのに」


 不思議そうな顔をする藤原君に夕夜は一瞬だけ視線を向けて答える。


「『あいつらと呑気に肉なんか焼けるかよ』だって」


「なんかしたかな、俺?」


「なんだろうな」


 藤原君と兄は口元だけで笑った。

 石上先輩、かわいそう……。


 そんな私たちを見ていたおじさんが小さく笑って、夕夜を見た。


「頼りになる友達が多くていいな」


「……まあ」


 夕夜は視線を逸らしたまま答えた。


「五家が同世代で揃うこと自体が珍しいから、お前たちには苦労をさせるが……」


 おじさんが手を組む。


「こっちにとってもまたとないチャンスだ」


「えっ?」


「今まで出来なかったことができる、からね」


 藤原君の口角を上げて呟く。

 おじさんは力強く頷いた。


()()を変えるなら今しかない。だから、諦めるなよ」


 おじさんのその視線は夕夜へと向けられる。


「……他人事だな」


「親の介入なんて、いつだってこんなもんさ」


 おじさんが苦笑する。

 夕夜もつられたように笑った。


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