第67話 狐と兎
「五家の大切な人が亡くなる理由って?」
私が訊ねると藤原君は首を振り、兄に視線を向けた。
「名竹君は知ってる?」
「この前も言った通り、五家のことはたぶんお前のが詳しいよ」
藤原君の視線が戻ってくる。
「これについてはまだ現象でしかない。理由がある現象なのか、ただの超常現象なのか」
「理由があれば、呪いを解くことが出来るかな?」
たぶん、五家の長い歴史で数えきれない何人もの人が挑戦してきたことだろうけど。
「まあ理由によるよね。一番ラクなのは人為的なものかな。排除するだけだし」
「一番大変なのは?」
「本当に超常現象だった場合。神の御意志とか言われたら検証すらできない」
「⋯⋯関係ないかもしれないが」
鏡夜が口を開く。
「五家の奴ら、恐らくあの女に隠れて何かやってたぞ。あの女の違和感として残ってる」
藤原君がその言葉に反応する。
「へぇ、謀反かな?」
「さあな」
「それは、面白いな」
藤原君はいつもの不敵な笑みを見せた。
「五家が胡散臭い女に振り回されただけのバカじゃなくて良かったよ」
「ひどい言いよう……」
「何かやってたなら痕跡は残るはず。調べる価値はありそうだ」
「私も手伝いたい!」
「いらない」
即答。
「ちょうど石上家と鷹野家の持つデータが気になってたとこだし。探るか」
え、あの二人を相手にするの?
藤原君が?
「それ一人で大丈夫?」
「名竹さんがいなければ大丈夫」
「狐には兎のバディが必要だよ?」
「名竹さん狐だったの?」
「なんでそっちなのよ!」
「俺の方が可愛くね?」
藤原君がふっと笑う。
軽口にふざけ合ってると、鏡夜が窓の外に顔を向けた。
「――無貌?」
「えっ?!」
「なんだこの気配」
鏡夜は北側の窓際に立ち、意識を遠くへ向ける。
というか、その方向は……
「学校?」
「いや、もっと奥」
「まさか⋯⋯霊園?」
夕夜がいる――。
「何? この時間に出たの?」
藤原君も窓際に寄ってくる。
「え? でも、まだ11時だよ?」
「じゃあ仮面、か?」
兄の横に立った藤原君が目を細める。
「名竹君。無貌以外の気配、探れる?」
「さすがにこの距離だと無理だな」
藤原君の視線が兄に戻る。
「無貌はこの距離でもいけるの?」
「いや、普通ならさすがに掴めないはずだな」
「だよね、人外にも程があるよね」
「お前が⋯⋯っ!」
兄の顔が歪んだのを見て藤原君が小さく笑った。
「じゃあ名竹君を誘ってるのかな」
「結界なしだからそうかもな」
「命日、霊園、敵襲撃――どっかで見た展開だな。ベタすぎて逆に笑えてくるんだけど」
「向こうはユーヤの状態も把握してるか。俺を釣るのにデカい餌用意してくれるな」
「大伴君はまだ霊園に?」
藤原君が私に訊ねる。
「たぶん」
「まあ、向こうは三流脚本家みたいだし主役はちゃんと現場にいるか。なら俺と名竹さんで行こう」
鏡夜が舌打ちをする。
「俺が狙いなら仕方ない」
「名竹君は石上探しといてよ。あと、可能な範囲で気配探っといて。呼んだ奴が近くにいるかも」
「⋯⋯りょーかい」
藤原君はスマホを取り出し、電話をかける。
ワンコールもならないうちに繋がった。
「今から移動する」
一言だけ言ってスマホをしまう。
「じゃあ行こうか、名竹さん」
「ハナ」
「?」
「念のため、綻毘は使うな」
鏡夜が口角を上げる。
「⋯⋯うん、分かった!」
***
斎藤さんの運転で霊園に到着する。
厚い雲が空を覆い、真昼間なのになんだか薄暗い。
「俺たちじゃ無貌の場所分かんねーな」
藤原君が呟いたと同時に、霊園の奥で巨大な水柱が立ち上がる。
一瞬だけ身体が浮くような感覚が全身を貫き、結界が張られたことを知る。
「ご丁寧だな」
「私たちが来るの待ってたみたいだね⋯⋯」
水柱が消えた方向へ向かうと、そこは大きな噴水の広場になっていた。
「あれ、無貌は?」
誰もいない広場を藤原君は見回して、様子を伺う。
「さっきまで結界がなかった割りに騒ぎになってない。ってことは、身を隠してるな」
藤原君が足元の石を拾って、噴水に向かって投げ付ける。
「いい投球フォームだね、センター藤原」
「黙っとけ」
藤原君の投げた石は、噴水の中心に立つ水柱へ吸い込まれた。
次の瞬間、水柱が大きく揺らぐ。
噴水は形を崩し、激しい水流へと変わった。
「いたね」
藤原君が肩をすくめて呟く。
「華っ!」
「夕夜!」
いつもより落ち着いた服装の夕夜が、息を切らして駆けてきた。
「おじさんは?」
「手続きで外してた。藤原と……鏡夜は?」
「敵の狙いは名竹君だから置いてきた。今回も大伴君頼りになると思うけどよろしくね」
「分かった」
話してるうちにも水流は立ち上がり、五本の腕を空へと伸ばしている。
水が人の形を取り始める。
そして頭の位置に、藍色の線が入った白い仮面が浮かび上がった。
「実体はないかな」
藤原君が落ち着いた声で言う。
「なんか⋯⋯作戦考える時間もなさそうだよ」
「とりあえず逃げながら分析。ここからは電話で指示出す」
「了解」
「ラジャー!」
藤原君の掛け声で私たちは別の方向へと走り出す。
無貌の五つの腕が捻れるように一本にまとまる。
次の瞬間、水流は回転しながら私に向かってくる。
「えぇっ?!」
反射的に一番近くの大きな木の幹に飛び込む。
次の瞬間、凄まじい衝撃音が響く。
木にぶつかった水流の衝撃を背中に感じ、水飛沫が豪雨のように降り注ぐ。
静かになった後ろを覗くと、木の幹に抉られたような穴があいていた。
「え、あれ当たったらやばくない?」
慌ててスマホを取り出す。
そして気づく。
「だから私、藤原君の番号知らないってば!」
ゆ、夕夜に――。
手が震える。
あ!
画面に夕夜の名前。
「ゆ、夕夜っ!」
『落ち着いて。今、藤原にも繋ぐから』
そうしてる間にも、噴水の中に無貌が再び立ち上がる。
次に逃げる木を探さなきゃ!
『大伴君、軽くでいい。無貌に鰯群投入』
スマホから藤原君の声。
『名竹さんは右後ろの墓石に移動準備』
「えぇ、お墓はちょっと」
『あんたが墓石になるよ』
「えぇ?!」
夕夜が無貌の後ろに飛び出す。
軽く構えて無貌に向かって魚群を放った。
無貌の中を魚群が遡っていく。
が、その勢いは次第に衰えていく。
「大伴君ありがとう」
手元のスマホと同じ声が頭上から落ちてくる。
いつのまにか藤原君が後ろに立っていた。
「海水魚が鈍った」
藤原君は木を見上げると葉から滴り落ちる無貌の残した水を指に取り、舐める。
「無貌は淡水で確定」
「え、藤原君……」
「何」
「それ大丈夫?」
「あ……これ無貌じゃん」
藤原君が露骨に顔をしかめたから、笑ってしまう。
『二人とも来るよ!』
藤原君に腕を引かれ、そのまま墓石の後ろに押しやられる。
強い衝撃と共に墓石が割れ、豪雨に打たれる。
「ああ、お墓がっ!」
「いいから移動するよ」
急いで少し離れた木の影に移動すると、藤原君はスマホに話しかける。
『大伴君、ここからいくつか検証したい。体力まだ平気?』
『大丈夫』
『じゃあ次のフェーズ』
藤原君の声に、小さく息を呑む。
『まず、あの無貌に――』




