第66話 22時、夕夜の部屋リトライ
22時。
夕夜の部屋の前。
反省していないわけじゃない。
部屋に入ろうとは思っていない。
ただ、この数日、ずっと夕夜の様子がおかしい。
みんなで話していても空元気で、あの夕夜が上の空になっている。
今までもお母さんの命日はあったけど、こんなに落ちている夕夜を見るのは初めて。
でも、何か別の理由がある気もする。
よし!
話を聞こう!!
意を決してノックをする。
あぁ、変なノックになった!
しばらくして夕夜が出てくる。
うっ、無表情――。
沈んだままの視線が向けられる。
「……で?」
手を引っ張られ、抱き寄せられる。
「ゆぁっ?!」
夕夜がふっと笑う。
「何? 添い寝でもしてくれんの?」
「そっ、いね、ですか?!」
背中に手を回され、そのまま抱きしめられる。
力を入れられて身動きが取れない。
「ゆ、夕夜?!」
震えてる?
やっぱり夕夜、変!
「ゆ、夕夜? 大丈夫?」
「何が?」
肩に顔を埋めたままの、夕夜の声が耳元に落ちる。
「リビングで! ちょっと話しましょう!」
「やだ」
やだって!
やっぱ変!
「話すことなんてないし」
「ええ?!」
絶対そんなことないでしょ!
じゃあ何をこんなに落ち込んでるの?!
「そばにいてよ」
夕夜の腕に力が入る。
ど、どうしよう⋯⋯。
「ねぇ……リビング行こうよ」
「このまま」
「それは……難しい、よ」
「……」
夕夜が離れて力なく笑う。
「偉いじゃん」
「ちゃんと話そうよ、夕夜」
夕夜は視線を落とす。
「明日、早いから。おやすみ」
扉が閉めようとする夕夜の手を掴む。
少し強く握って引き止める。
「そ、そばにいたいとは思ってるからね!」
夕夜は掴まれた手を眺めて少しだけ笑う。
「大丈夫だから」
それだけ言って、夕夜は扉を閉めた。
***
「夕夜、大丈夫かな……」
今朝早く、お墓参りで出て行った夕夜が心配で仕方がない。
ソファでスマホをいじる兄の隣に腰掛ける。
「何に悩んでるんだろう」
「まあ昨日の夕夜は確かに弱ってたな」
「だよね」
「あいつ調子悪いときほど塩対応で甘えるから面倒だよな」
ん?
「……まさか、見てた?」
「あんなとこで騒げば聞こえる」
「えぇ?! いつから?!」
「こっちは聞かされたんだよ」
兄は呆れたようにスマホから視線をあげる。
まさか前回のときも丸聞こえだったとか?!
そ、それはキツすぎる……
「お互い様だからな?」
「う、はい……」
兄をちらっと見る。
「ちなみに、昨日の最適解はなんだったんでしょう?」
兄はどこか寂しそうな笑みを浮かべて目を伏せた。
「寝付くまで子守唄くらい歌ってやるべきだったな」
「部屋は入っていいの?」
「ダメに決まってる」
「……やっぱ難しいじゃん」
私だって、そばにいてあげたかった。
でも、あのまま部屋に入るのは違う気がするし……
「まあ、だから褒められてたんだろ」
「えっ?」
「及第点くらいなんじゃない?」
兄が小さく笑う。
「でも夕夜、なんで今年に限って、あんなに落ち込んでるんだろう」
「⋯⋯去年のせいだろうな」
兄が視線を落として黙り込む。
でもすぐに沈黙を破るように、兄のスマホが鳴る。
「来たか」
「来た?」
「諸悪の根源サマ」
「え?」
兄は電話に出ると、立ち上がり玄関へ向かう。
電話をしている兄の背中についていく。
玄関のドアが開くと、藤原君が立っていた。
私と目が合うと、気まずそうに視線を逸らす。
「自首するのか? 魔境王子」
え?
藤原君、また何かしたの?
「入れよ」
「⋯⋯おじゃまします」
兄の後ろをついていく藤原君を目で追う。
私の横を通るときに藤原君は小さく肩をすくめた。
「⋯⋯でお前、夕夜に何した?」
テーブルにつくと兄がすぐに切り出した。
藤原君は頬杖をついたまま、珍しく返事が遅れる。
「成り行きだよ、わざとじゃない」
藤原君は兄から視線を逸らす。
「ただ、思った以上に効いてて困ったから名竹君に連絡しといただけ」
「何の話をした」
「念のため聞くけど、同じ話をして、あんたも崩れたりしない?」
「へぇ。俺なんかの心配してくれんの?」
「大伴君とあんたが崩れたら、名竹さん潰れるよ」
「俺は放っといていいよ。どうせあと一年ちょいだ」
兄の投げやりな言葉に、藤原君が呆れたような、怒っているような表情を見せた。
「それが大伴君の傷だって分かってんでしょ?」
「夕夜の、傷って?」
「大伴君の傷は “失うこと”」
藤原君の目が私たちに向けられる。
「恐らく、あんたたち二人」
「え?」
「母親の命日がトリガーになって、その傷が表に出てきた」
藤原君が低い声で言う。
「特に大伴君はあんたを一度失いかけてるし」
「私?」
「去年の秋に出来た新しい傷だよ。ハナは “今年に限って” って言ったけど、そうじゃない」
鏡夜が目も合わせないで呟く。
藤原君が鏡夜に向けた視線を、そのまま私に向ける。
「忘れない方がいいよ。五家の傷は案外深いから」
「五家の傷……?」
「五家の宿命か呪いか。五家は揃いも揃って、大切な人を失ってる」
あ、お母さんのこと?
「大伴君も気づいてたみたいだけど、俺が言葉にしたから崩れた」
それで夕夜、あんなに⋯⋯?
「大伴君みたいな奴は、自分のせいだって考えるだろうね」
夕夜のお母さんが死んだのは五家だからってこと?
私が無くした記憶はやっぱり夕夜の傷になってた?
五家のせいで、私と鏡夜を失くすとか。
そう思ってるなら――
夕夜はそのうち、私たちから離れようとするんじゃ……
「⋯⋯なにそれ」
「え?」
藤原君が震えた私の声に顔を上げる。
「なんか全部納得いかない!」
「は?」
「夕夜だよ! 私も鏡夜もいなくならないのに! 自分だって『俺しつこいから大丈夫』とか言ってたくせに!」
「……きついな」
藤原君が視線を逸らして呟いた。
「ちゃんと、言ってくれれば良かったのに」
なんで話してくれなかったの?
「そんなの抱えて、一人で過ごすなんて……」
身体が震える。
向かいに座る藤原君がそれに気づき、半目になる。
「なんか、引っ叩いてやりたい!」
「やめときな名竹さん」
「ユーヤ君、ほんと不憫だな」
兄がふっと笑った。
「まあ、ユーヤはハナを見くびりすぎだな」
「みたいだね」
二人は呆れたように笑った。




