第65話 梅雨のある日
今日も雨が降る。
家を出ると、傘を差した華と鏡夜が待っていた。
わざわざこっちまで来たらしい。
「駅でいいのに」
「どうせ通るんだから変わんねーよ」
「おはよう夕夜!」
「おはよう」
母さんの命日で、昨日は久々に家に帰った。
母さんのことは忘れたわけではないけれど、感傷に浸るつもりはなくて。
ただ、二人のいない夜は想像以上に静かだった。
たったの数ヶ月で自宅の方が非日常になっているのは、少し変な気分だった。
雨の日の朝は静か。
いつもは横で聞いてる華の声がなくなる。
前を歩く華に話しかけるほどでもなく、その背中を眺めていた。
さっきからずっと湿気に跳ねる髪を気にしている。
何度も押さえては跳ね上がる髪に、思わず口元が緩んでしまう。
「もう梅雨やだ」
華がため息混じりに呟く。
そうだね、俺も梅雨は嫌い。
傘のせいでできる距離がなんだか遠いし。
なんとなく気分が沈むのは、きっと雨のせい。
***
「鏡夜と華ちゃん」
母さんが死んで数年経った九歳の頃。
父さんが知り合いの子供だという双子の兄妹を引き取った。
妙に大人びた兄と、その横で緊張しながら俺に笑いかけてくる妹。
双子なのにあまり似てないなと思った。
「こっちは息子の夕夜、同い年だ。優しい奴だから頼ってくれ」
そんなことを言って、父さんは双子を俺に押し付けた。
「名竹鏡夜です、よろしく」
最初に、鏡夜が小さく頭を下げた。
それを見て華が慌てて姿勢を正した。
「華です! よろしくお願いします」
「夕夜です。よろしく」
そんな感じで、始まった二人との生活。
仕事で忙しい父さんとの時間の隙間は、あっという間に二人が埋めて。
鏡夜と俺は、目の離せない華に振り回されながら、賑やかになっていく毎日を過ごしていた。
***
「どうしたの夕夜?」
心配そうに見上げる華。
いつのまにか電車に乗っていた。
現実に引き戻される。
「なんか、うちの廊下でスライディングの練習してた奴いたの思い出してた」
「へ?」
「ああ」
鏡夜が笑う。
「ハナの謎のスライディング技術はそれか」
「え、私?!」
「まさかあれが役に立つとはな」
「華はそんなのばっかりだね」
「覚えてない……」
鏡夜と顔を見合わせて笑う。
華は恥ずかしそうに眉を寄せる。
でも、その目はまたすぐに心配そうな視線に変わり、俺を捉える。
居心地が悪くなって、窓の外へ視線を逃がした。
湿った空気がずっとまとわりつく。
それは学校に着いても変わらない。
「おはよう、大伴君」
教室に着くと、藤原が寄ってきて前の席に腰掛ける。
こんな天気でもどこか機嫌が良く、楽しそうだ。
「どうしたの、朝から」
「今週末の満月、また俺に連絡くれない?」
「無貌?」
「うん。直接見ておきたい」
「あ……」
言葉を詰まらせると、さすがに藤原は見逃してはくれなかった。
「何?」
「俺、墓参り」
藤原はその色素の薄い瞳を向ける。
心の奥を探られているような感覚に陥った。
「……母親?」
「ああ」
そう言えば、藤原の母親もそうだと言っていたな。
それは俺が知ってていいことだったか。
「……そっか」
「華と鏡夜が行くから、伝えとくよ」
藤原は頬杖をついたまま、机に上半身を預けた。
「五家の呪いも気になるんだよな」
「五家の呪い?」
「気にしないで。俺が勝手に呼んでるだけ」
「どう言うこと?」
藤原の表情が固まる。
体勢を崩したまま、ゆっくりと顔を上げる。
「石上の母親も亡くなってるのは?」
「は? 知らない」
知らないけど――。
「ごめん、余計なこと言った」
藤原が露骨に顔をしかめた。
視線を一度外に向けると、観念したようにため息を吐いた。
「まだ何も確証はない」
藤原にしては珍しく勿体ぶった話し方をする。
「俺が調べた限り、五家と深く関わった人間や、結婚した人間がかなりの確率で早死にしてる。それだけ」
……ああ、やっぱり――。
「事故や病気。死因に不自然なとこはないから事件ではなさそうだけど、偶然にしては偏りすぎてるかなって」
藤原の声がわずかに低くなる。
「まるで、超常現象」
俺が気づかないふりをしていた答えを、藤原はいとも簡単に口にしてみせる。
母さんが死んだ理由は、恐らく大伴家が “五家” だから。
父さんは何も言わなかったけれど、なんとなくそう思っていた。
父さんは初めから知っていたんじゃないかと。
母さんのことは忘れたわけじゃない。
寂しさがないわけでもない。
けれど――
母さんのように、華や鏡夜が居なくなったら⋯⋯
華だって、一度そうなりかけた。
また奪いに来るかもしれない。
――次は耐えられるのか?
母さんの死で思い知らされる俺の弱さ。
「大伴君?」
「藤原……。俺たちも、また失うのかな」
俺が―― “五家” だから。
――やっぱり “五家” は、嫌いだ。




