第63話 最低記録更新中
「なぁ。コーキ君、いるぅ?」
藤原君と入れ違いに、暗黒の笑みを浮かべた大魔王様が入ってきた。
そして夕夜に抱きしめられたままの私を見て、光のない目を細める。
「ああ、ユーヤ君もまとめて殺さなきゃ」
「ややこしいから、今は来ないでくれないかな」
夕夜がため息混じりに呟いて、私から離れた。
「ねえ。でっかい虫が邪魔で、通れないんだけど?」
鞄を持った天音さんが、ドアを塞いでる兄を冷めた目で睨みつける。
「あぁ?」
「光輝君なら天音が追い出したから、貴方の出番はないの。視界から出てってくれない?」
鏡夜の空気が張り詰める。
「ちょっ! 鏡夜!」
天音さんを睨む鏡夜を廊下へ押しやる。
天音さんは視線も合わさずにそのまま教室を出ていく。
お、お帰りになられるのかな……?
私はクラスのみんなと同じように天音さんの背中を見送った。
「鏡夜は、いきなりどうしたの?」
「ハナちゃん」
天音さんを見ていた光のない視線が戻ってくる。
「コーキにキスされたって本当?」
「はぁ?!」
「クラスの女子が騒いでたんだけど?」
「ないないない!」
「なら、どういうこと?」
もうそのやり取り、夕夜と終わらせたんですけど……。
「ほんと! 何もな――」
「華」
後ろから夕夜が肩に手を置いて制止してくる。
口元に人差し指を立てている。
「藤原と榊のやったことが無駄になるから」
「え?」
「ここはあいつらに乗っておこう」
夕夜の表情が柔らかくなる。
兄は細めた目で夕夜を見つめる。
「よくわかんねぇけど――」
「そういうことでしたか」
玲香が現れた。
「おかしいと思ったんだよね、噂も二人のやり取りも」
「噂?」
玲香が教室の方を見る。
みんながこちらに注目をしているのが分かる。
「保健室で藤原が華にキスしてたって朝からもちきり」
「えぇ?!」
大魔王様の突き刺すような視線がこちらに向けられる。
「な、ナンノコトダロウ⋯⋯」
「しかも藤原が優しく手当てして、華にベタ惚れだったって」
玲香が可笑しそうに吹き出しながら話す。
「はっ? コーキが? ハナちゃんに?」
「大伴じゃないんだからね」
兄も玲香もあり得ないって顔をする。
夕夜は呆れてる。
「そんなの……私が見てみたいよ」
確かにレディファーストがどうとかは言ってたけど……。
「全然いつもの藤原君だったよ?」
でも、あれって端から見るとそんな風に見えるんだ。
逆にすごい。
「それって、華との噂も天音との喧嘩も全部藤原の自作自演ってことだよね? 藤原、何したいの?」
玲香が苦笑いを浮かべる。
あっ――。
最初からこうなるようにしていた?
……だとしたら。
たぶん、これも藤原君なりの優しさ⋯⋯かも?
「私、藤原君を探さなきゃ!」
「え?」
夕夜が驚いた表情で私を見る。
「お前ら席つけー」
「くっ……」
担任の先生が来て、教室に戻される。
鏡夜も鷹野先生に見つかり、B組へと戻っていった。
でもHRなんて全然頭に入ってこない。
早く終わって!
藤原君、いま一人でどこに――。
終わったと同時に立ち上がり、鏡夜の元に行く。
夕夜も当たり前のようについてきてくれる。
B組の扉が開き、鷹野先生が出てきた。
「なんだ名竹妹、そんな血相で。なんか今にもサボりそうな勢いだな」
うっ!
次、古典だった。
鷹野先生の鋭い目が、眼鏡の奥から私と夕夜に向けられる。
先生は小さく笑うと、教室に向かって兄を呼び出す。
「サボった分の課題は出すからな。放課後来いよ」
そう言って、鷹野先生はC組にそのまま入っていく。
さすが、イケメンは振る舞いもイケメンだ。
ただ、C組には他に二人もサボりがいると知ったら課題はどうなるんだろ……。
考えないことにした。
「ハナ?」
「鏡夜、藤原君っていまどこにいるか分かる?」
「コーキの場所?」
兄は視線を窓の方へ向ける。
「保健室あたり、だな」
「ありがとう!」
「今から行くの?」
「なんか心配なんだって」
夕夜が呆れたように兄に言う。
「ぜってー大丈夫じゃね?」
「俺もそう思う」
「それならそれでいいし!」
歩き出す私に顔を見合わせた二人は肩をすくめて、ついてくる。
「今回はユーヤ君も行くの?」
「華が納得したら連れ戻すよ。それに、このタイミングで渦中の三人だけがいないってのもね」
「それお前が入っても修羅場は変わんなくね?」
兄が可笑しそうに笑う。
夕夜は少しだけばつが悪そうに視線を逸らした。
保健室に着いて扉を開けようとすると、兄が止める。
「ハナ、そっちじゃない」
こっち、と隣の教室を指し示す。
「え、相談室?」
「今日は開いてないはずだけど」
夕夜が扉に近づく。
「そなの?」
「確かカウンセラーがいる日以外は……」
夕夜が試しに扉に手をかける。開かない。
「鍵かけられてる」
「ふぅん。まあ、俺は誤魔化せないけどな」
鏡夜が雑に扉を叩く。
「すみませーん。受信料、お済みでしょうかぁ?」
「鏡夜……」
カチャッと音がして扉が開く。
藤原君が少し怒った顔を覗かせる。
「バレるからマジで騒ぐのやめてくれない?」
「ほらな」
「名竹君、索敵機能まで搭載されてるんだ」
兄に冷めた視線を投げつけ、藤原君は応接用のソファに腰掛ける。
テーブルには来客用なんじゃないかと思われる紅茶までセットしてある。
「え、くつろぎすぎじゃない?」
「水曜以外は俺専用」
「藤原君、ピッキングまでできるの?」
「何言ってんの? それ犯罪だよ?」
「……俺は突っ込まねーからな」
鏡夜に睨まれて、藤原君はくすりと笑った。
「で、何?」
「何、じゃないよ。さっきのどういうこと?」
私が隣に座ると藤原君はティーカップを持ったまま、夕夜に視線を向ける。
「ごめんね大伴君。手は出してないよ?」
「知ってる。でも華を使ったでしょ」
「そこも含めて謝ってる」
「ならやるなよ」
夕夜は呆れたようにため息を吐いた。
でも、険悪な感じではなくて少し安心した。
夕夜が藤原君の向かいに腰掛ける。
「体育祭で分かった。あいつからは拾えない。時間の無駄」
「藤原君はそれでいいの?」
「いったん保留。何? 本当に慰めてくれるの?」
口元に笑みを浮かべながら、寄りかかるように顔を近づけてくる。
「天音さんのこと、好きなんじゃないの?」
藤原君が顔を歪める。
「え、マジでそう思ってるの?」
「だって気になるって言ってたじゃん」
「あんだけ手強いと何抱えて生きてんだか気にはなるけどね。ただ、優先順位が変わった。コスパ悪い榊天音は後回し」
藤原君は鏡夜に視線を向ける。
「他に気になるやつがいてね」
「コスパ悪くて後回しって⋯⋯それ人としてどうなの?」
藤原君がふっと笑う。
「今さらじゃない?」
「最低」
「光栄だね」
「でも⋯⋯私とか天音さんの代わりに悪者になってくれたんでしょ? ありがとね」
「は?」
藤原君が不思議そうな顔をする。
「普通に、榊天音切るのに名竹さん使っただけだけど?」
「はっ?」
「今朝のは榊天音が勝手に乗ってきただけだし」
「えっ?」
「ってか、俺だけ損じゃね?」
藤原君は悪びれもなく笑った。
この男、本当に最低なだけだった。




