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第57話 クラス対抗リレーvs鏡夜

 

「あ、華ちゃん!」


 天音さんが手を振る。

 二つ結びがあざとくて可愛いすぎる。


「天音、めっちゃ緊張してきて手が震えるの」


「天音さん、女子アンカーだもんね。一緒に頑張って藤原君に繋ごうね」


 藤原君も意外だが、天音さんも意外。

 普段やる気がない人は足が速いのだろうか――。


「華ちゃんも夕夜君に愛のバトン繋がなきゃね」


「そのバトン、大伴君から受け取るの天音さんじゃん」


 藤原君が営業用の笑顔で割って入ってくる。


「じゃあ私の愛のバトンは、最終的に藤原君に届くんだね」


「えー、名竹さんの重いから落とすかも」


「なんでよ!」


「あんなの受け取れるの大伴君くらいだよ」


「分かる〜」


 藤原君と天音さんは自然と二人で話を始める。

 端から見たら本当にラブラブカップルなんだけど⋯⋯

 あれも駆け引きなのかな。


「あれが、噂の天音ちゃん?」


 石上先輩が息を呑む。


「そうですよ、可愛いでしょ?」


「めっちゃ可愛い。天使」


「ですよね!」


「でも、確かに胡散臭さは宇佐美並みだな」


「え?」


「あれ愛想笑いじゃないのが逆に怖ぇ」


 そんな風に見える?

 そうは思わないけど、なんとなく石上先輩の見ていることの方が正しい気がした。


「あ、そうだ華ちゃん!」


 石上先輩はポケットの中から一枚のしわしわになったプリントを取り出す。

 数字や物の名前が連なっている。


「何ですか、これ」


「借り物競争のリスト。おれ担当なの」


「?」


「この前、命助けてくれたお礼に選ばせてあげるよ」


「え、なんか安くないですか?」


「確かに」


 石上先輩が笑った。


「これなんかおすすめだけど」


「好きな人の……髪の毛?」


 え、怖っ。


「今回、恋愛系あんまないんだよ。ハラスメントだって。時代だね、時代」


「なぜ恋愛系を……」


「ちょっとのきっかけで動くもんもあるし」


 先輩が先輩っぽく笑った。


「夕夜君連れてきなよ」


「べ、別にいいですって……」


「これとかは? 『一番仲のいい異性』」


「そういう直球なのは……あ!」


「いいのあった?」


「これにします!」


「え? これ?」


 先輩が不思議そうな顔をした。


「華、もう並ぶって」


 ちょうど夕夜が呼びに来た。


「あ! 夕夜君、な――」


「わぁああ!」


「な、何?」


 奇声をあげた私に夕夜が驚く。

 夕夜の手首を引いて駆け出しながら、先輩を睨んだ。


「はは。待ってるね、夕夜君」


 先輩は苦笑いをしながら、手を振った。


「⋯⋯何してたの?」


「裏取引」


「……そう」


 夕夜が呆れたように呟いた。


 そして――。

 クラス対抗リレーが始まる。


 私は三番走者。

 とりあえず、夕夜にバトンを繋げる。

 何があっても夕夜に繋げる。

 そう、自分にひたすら言い聞かす。


『B組、トップ独走で二番走者にバトンが渡りました。E組、A組と続きます』


 C組は4位。まだ大丈夫。

 二番手の子にバトンが渡る。

 鼓動と一緒に緊張が近づく。


 大丈夫、夕夜に繋ぐ――。


 バトンを受け取った。


 あとは夕夜のところへ――。


 前の子を捉える。

 よし、追いつく!


 カーブに差し掛かったとき、前の子のスピードがわずかに落ち、足を絡ませた。


 え、転ぶ?!

 咄嗟にアウトコースへと腰を落として足を滑らせる。


 手をついた反動で身体を跳ね上げ、そのまま走り続ける――。


「C組、見事なスライディングで転倒回避! 追い抜きました!」


 夕夜まであと少し。

 夕夜にバトンを差し伸ばす。


 夕夜の目が一瞬だけ私を捉え、次にはもうバトンと共に駆け出した。


 良かった――渡せた。

 一気に呼吸と声援が押し寄せる。


『C組速い! 一人抜きました! このままB組を捉えます』


 夕夜が二位まで上がっている。

 その勢いのまま、天音さんへとバトンが渡る。


 ――えっ?


 そこには鋭い目つきの天音さんがいた。

 みんながその狂気をはらんだ美しさに息を呑む。


 歓声が遠くなる――。

 跳ねるように走る姿は、まるで神楽を舞うように美しく――虚無だった。


 鏡夜に似ている。

 なんとなくそう思った。


 歓声が戻ったときには、天音さんはもう一位に並んでいた。


 天音さんからバトンを渡された藤原君は、鏡夜を横目で見る。

 藤原君が鏡夜より少し先に駆け出した。


 空を割るような高い声援。

 私と天音さんも急いでゴールへ向かう。


 並んで走る二人。

 ほぼ互角――。


 でも。

 二人とも笑ってる。


 最終カーブで藤原君がインコースを取り一歩出る。

 抜いたと思ったけど――

 ゴールテープ直前で鏡夜がスピードを上げた。


 その瞬間――


 藤原君の身体が沈む。

 片足を投げ出すように滑り込み、身体を横へ倒す。


 砂埃が舞って、二人はほぼ同時にゴールに倒れ込む。


 鏡夜は四つん這いになり、藤原君は膝を立てて座っている。


「お前……スライディングは……なしじゃね?」


 肩で息をしながら鏡夜が言うと、藤原君は可笑しそうに笑った。


「なんか盗塁と錯覚した」


「何それ」


「なんか、盗るのと追われる感覚で無意識に反応したみたい。名竹君、速すぎ」


「てか、お前……まだ余裕だろ?」


 息も切らさず涼しい顔をしている藤原君に、鏡夜が顔をしかめてる。


「そんなことないよ」


 藤原君が握ったバトンを見る。


「重い」


 困ったような笑みを浮かべた。


「それは何が重いんですか?」


 その声に藤原君の顔が歪む。


「何してんの? 瀬戸さん」


「仕事、れっきとした。広報委員」


 大層なカメラを首から下げ、ペンとメモを手に持った玲香が立っていた。


「ぜってーただの趣味だろ」


「ちゃんとした推し事だよ」


「職権濫用じゃねえか」


「で? 鏡夜様と何か賭けたりしてない? 華とデートとか、天音からチューとか」


「もっとメリットあるもん持ってこい」


「じゃあこちらで決めさせていただくね」


 玲香はペンを走らせる。

 後ろからちょこっと覗いてみる。


「玲香……それは……」


「大丈夫、どうせこんなのボツになるから」


「やっぱただの趣味じゃねーか」


 ふふっと玲香は不敵に笑って去っていった。


「相変わらずね、レイカちゃん」


 地面に寝転ぶ兄が視線だけで玲香を見送る。


「鏡夜も藤原君もまだ立てないの?」


「俺が普段どんだけ運動してないと思ってんの?」


「同じく」


「じゃあバスケ部入れよ。藤原はあれ野球か?」


 鷹野先生がやってきて二人を見下ろす。


「入部申請しといてやるよ」


「「ぜってーヤダ」」


 二人の声が揃うと鷹野先生は、なぜか嬉しそうに眼鏡の奥の視線を細めた。


「藤原があんなに動けるとは思わなかったが……」


「もうやんないけどね」


「まあ、お前の負けだな」


「あ、やっぱり?」


 藤原君が悪戯っぽく笑う。


「え、なんで?!」


「盗塁癖で抜けきれなかった」


「は?」


「盗塁は止まらなきゃいけないから」


 藤原君は肩をすくめてから、立ち上がる。


「だから先に入ったのは名竹君」


「ええ?!」


「名竹さんがスライディングなんかするから、余計なこと思い出しちゃったよ」


「また私のせいにする!」


「華はなぜかスライディング得意だよね」


 隣に来た夕夜がくすくすと笑う。


「普段から滑ってるからでしょ」


「それどう言う意味?! 藤原君!」



 校庭には、まだ熱の残った歓声が響いていた。


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