第56話 何を賭けたの?
『あ、赤組! が、頑張ってく、ださいっ!!』
『白組早いでーす』
『藤原君、もっとやる気出してよ!』
『名竹さん詰まりすぎだよね』
『君たち、マイク入ったままだよ』
『え、あ! 失礼しました!!』
慌ててスイッチを切る。
息が切れる――。
「名竹さんヤバくない?」
「じ、実況なんてやっぱり無理だよ」
「サボってた俺より出来てないじゃん」
あんなに練習してきたのに、緊張でボロボロ。
藤原君は五ターンに一回くらいしか喋んないし……
「華、最初はみんなこんなものだから落ち込まないで」
「あ、はい。すみません」
「上手く出来ないのも一年生らしくて可愛いから大丈夫だよ」
ぽんと、肩を叩かれる。
「え。あ、ありがとうございます」
長めの髪をかき上げて、爽やかな笑顔を振りまく、放送委員三年生の宇佐美先輩。
穏やかで優しい、藤原君とはまた違った完全無欠な正統派の王子様。
なんだけど⋯⋯なんか苦手だ。
頬杖をついて、堂々とサボっている皇帝を見ると安心する。
「何?」
「いや、藤原君の黒さに癒されてる」
「は?」
藤原君の視線が奥の宇佐美先輩へ向く。
「ああ、宇佐美?」
「え、うん。こんな完璧な人いると緊張しちゃって」
「気をつけなよ。あのタイプ、詰めてくるの上手いよ?」
「うん⋯⋯あ、あの距離感って普通かな?」
初日から名前で呼んできたり、ボディタッチが多かったり、距離が近い気がする。
王子だからと言われればそれまでなんだけど。
「牽制しとく?」
藤原君がにやりと笑って、マイクのスイッチを入れる。
「え? なにっ――」
「呼び出し。1年C組、大伴夕夜。至急本部席」
「え、夕夜?!」
「彼氏見せつけとけよ」
「か、彼氏?!」
「面倒なる前に手打っとくんだよ」
「そんな、嘘は……」
「大伴君も喜ぶさ」
マイクを手にした藤原君がニヤけてる。
またこの顔――。
「楽しんでるだけでしょ」
マイクを取り上げる。
「あ、バレた?」
「やな予感しかないよ」
「信用ねーな、俺」
「今さら」
藤原君がいたずらっぽく笑うから、つられて笑う。
「仲良いんだね、二人とも」
宇佐美先輩が入ってきた。
「まあ、あんたよりはね」
「藤原君?!」
なぜ喧嘩を売る。
「二人はどういう関係?」
「俺たち捕まるときも一緒だもんな、華」
藤原君は口元に笑みを浮かべて、わざとらしく視線を流す。
「はっ?!」
華?!
藤原君が、名前呼んだ?!
「何してんの? 藤原」
息を切らした夕夜が藤原君の後ろに立つ。
「あ、本命来た」
「本命?」
宇佐美先輩の視線が夕夜に向けられる。
目があった夕夜の空気が変わった。
「なるほど、確かに君の方が華にお似合いだね」
「へっ?!」
何言ってるの、この人。
褒めてるの?
ってか煽ってない?!
「それ、どういう意味?」
夕夜の低い声。
怒ってる?
「夕夜⋯⋯」
そばに駆け寄ると、腕を引かれて距離が近づく。
「そんな警戒しないでよ」
先輩がふっと笑う。
なんか居心地悪い……。
「あ、あの先輩! わ、私は藤原君じゃなくてゆ、夕夜が……なんで、ありがとうございます、じゃなくて、えと――」
な、何を言っちゃってるんだ私。
「華、ちょっと黙ってて」
「あ、はい」
夕夜に制止されて藤原君が吹き出す。
「なんか俺巻き込みでフラれなかった?」
「一生懸命なとこが可愛いね、華は」
「名前呼び、やめてもらえますか?」
夕夜が静かに言う。
先輩は少し驚いて、優しく微笑む。
「女の子はそう呼ぶって決めてるだけだから、気にしないでよ。特別な意味はないよ」
やっぱりただの王子なのかな……ただ⋯⋯このキャラは男子受け悪そうだ。
「宇佐美、いい加減にしろ」
後ろから聞き覚えのある声。
「あ、石上先輩!」
「俺の可愛い後輩たちに手ぇ出さないでもらえる?」
私たちの前に入って、離れてなと合図をしてくる。
「君たちが石上と?」
ずっと笑顔だった宇佐美王子の表情が曇る。
「お前には関係ねぇよ。次、こいつら出番だから連れてくぞ?」
「ああ、そうだったね。頑張ってね」
「胡散臭ぇんだよ」
石上先輩が舌打ちする。
私たちの背中を押して、彼から遠ざけた。
「あいつマジで気をつけな。悪気ねぇ天然が一番タチ悪ぃから」
「それ名竹さんじゃん」
「え?」
藤原君が夕夜に睨まれる。
「光輝君、席変わってやれよ。華ちゃん隣は危ねぇ」
「え、それ仕事量変わるんだけど」
藤原君が夕夜と先輩に睨まれる。
「てか先輩何しに来たの?」
「お前たちを呼びにだよ! クラス対抗リレー出るんだろ?」
「何で先輩が?」
「実行委員」
「先輩、全然不良じゃないじゃん」
藤原君がからかうように笑う。
石上先輩は横目で藤原君を見ると小さく息を漏らす。
「お前よりは素行良好だよ」
「俺、データ上は健全だし」
「ほんとヤバい奴だよな、光輝君って」
絶対危ないのに、なんでこっちの皇帝の方が安心するんだろう。
なんか私、知らないうちにだいぶ道を踏み外してるんじゃないか⋯⋯。
「てか、お前たちリレー代表って足速いのな。何の集団目指してんの?」
石上先輩がけらけらと笑う。
「でも藤原君が足速いの意外だよね」
「それな。光輝君、本気とか出せんの? アンカーなんだろ?」
「勝手に決まってた」
「クラスの男子で一番速いからね、藤原」
「まあ俺、中学まで野球やってたから」
「「「えっ?」」」
私たちが驚くと、藤原君がくすりと笑う。
「そんな?」
「泥臭く団体競技やってる藤原君、全然想像できないんだけど」
「え、選手として? ちなポジションは?」
「センター」
「センター藤原かよ」
「芸人みたいに言うのやめてくれる?」
「後ろに藤原いるのやだな」
夕夜が小さく笑って呟いた。
「まあ⋯⋯今回は本気出すよ?」
「あ、もしかして何か賭けたな?」
先輩がニヤけた視線を向けると、藤原君も口角を上げる。
「B組アンカー、名竹君だったからね」
「鏡夜と?! 何を賭けたの?! え、まさか天音さん?!」
「そんなん賭けるわけない」
即答⋯⋯。
ほんと、この人でなし!
「名竹君に勝ったら教えてくれるって言うからさ」
「な、何を賭けたの?」
藤原君が口元を押さえて笑う。
「――お互いの秘密」
「はっ?!」
「もっと色気のあるもん賭けろよ⋯⋯男子小学生かよ」
石上先輩がつまらなそうに呟いた。




