第53話 藤原君は見えてない
「今日はわりと大漁だったな」
図書室を出て、藤原君の上機嫌な声が廊下に響いた。
「藤原、そんな動いてた?」
真ん中を歩く夕夜が藤原君に訊ねる。
「イチャついてゲームしてただけじゃんね」
夕夜に隠れながら文句を言う。
「あんたたちのイチャつきと違って、こっちはブラフだから」
「それはそれで最低だからね!」
「イチャついたのは認めるんだ」
ほくそ笑む藤原君を睨む。
ダメだ、口喧嘩はやめておこう。
勝てる気がしない。
「榊天音の相手は二年生以上の可能性が高いかな」
「え、先輩ってこと? なんか素敵!」
夕夜の視線が向けられる。
「学力かなり無理してここ入ってる。しかも他県から。入学に明らかな “目的” がある」
「入るのだけが目的だから、今あんな感じなのか」
どこか納得したように夕夜が呟く。
「まぁ、大伴君くらい受かるの確定なら⋯⋯」
藤原君はなぜか私を見る。
「一年でも突っ込む奴はいそうだけど」
夕夜と藤原君が顔を合わせて小さく笑う。
なんかバカにされてる?
「恐らく、榊天音の入学前には学校にいた奴かな」
「それは残念だったね、藤原君」
「慰めてくれるんだろ?」
夕夜を壁にして、わざとらしい笑顔を見せる。
嫌でも夕夜と目が合う。
「〜〜っ」
たじろぐ私を見て、藤原君は口角を上げた。
夕夜は呆れたようにため息を吐く。
「天音さん、藤原君を使うの絶対間違ってる」
「俺使えば相手へのプレッシャー半端ないからね」
「自分で言うなし」
「あんたも見習って駆け引きくらいしてみれば?」
「藤原君だって負けてんじゃん」
「そういうとこ重い女だな」
「なっ!」
何を言ってもこっちに返ってくる。
ほんと性格悪い!
「もうケンカ買うのやめなよ、華」
夕夜がため息混じりに、私を制止する。
「藤原も」
夕夜にたしなめられて、藤原君はくすくす笑った。
「大伴君は余裕出ちゃってつまらないしな」
「なんだよ、それ」
「まあ、おかげで見えたけど」
「え?」
藤原君は私と夕夜を交互に見て、少しだけ嬉しそうに呟いた。
「榊天音の弱点」
「弱点って――」
そのとき、黄色い歓声が階段に響き渡る。
踊り場を曲がると、体育館の入り口に人だかりができていた。
「まだやってるんだ」
夕夜が呆れるように呟く。
「図書室を選んだ理由はこれか?」
藤原君は目を細めて、体育館の中を見つめた。
藤原君が人だかりに向かっていく。
短い悲鳴と一緒に、人垣が割れた。
藤原君は当然のようにその間を抜け、体育館へ入っていく。
皇帝藤原……。
人だかりが閉じる前に、私たちも慌てて中に入っていった。
二階のギャラリーまで隙間なく埋まってる。
「どこからこんなに人が……」
「まぁ、北校舎の人はここ通るしね」
夕夜の言葉に、藤原君の視線が止まった。
「ふふ、鏡夜がちゃんとバスケしてる」
「あいつ、まだあんなに動けるんだね」
「明日、筋肉痛すごそう」
夕夜が笑う。
鏡夜の “普通” に嬉しくなる。
「あ、梶君」
辺りを見回していた藤原君が壁側に寄りかかっている梶君を見つけ、声をかける。
「おお! 藤原も見に来たの?」
「たまたま通っただけ。梶君、バスケ部?」
「いや俺、軽音だって言ったじゃん。なんなら誘っただろ?」
藤原君はうすら笑いを浮かべた。
「お前、せめて覚えてるフリくらいしろ」
藤原君の態度は相変わらずだけど、梶君の面倒見の良さが藤原君に合ってる気がする。
「梶君はやらないの?」
「あんなのに入ってけるわけないだろ。あの人バスケやってたの?」
梶君が藤原君の奥にいた私に訊ねる。
「鏡夜はずっと帰宅部だよ」
「けっ、ただの最強王かよ」
梶君の投げやりな言い方に笑う。
「あ、藤原。さっき天音に会ったよ」
藤原君の口元がわずかに反応する。
「お前、さっそく泣かせたの?」
「あれは大伴君のせい」
「え、夕夜が? 何したの、お前」
突然話を振られた夕夜が焦ってる。
梶君が不思議そうに夕夜と藤原君を見比べる。
「天音さん、ここ立ち寄った?」
「いや、俺が廊下で見かけて声かけただけ」
梶君が体育館の入り口を指さすと、藤原君が眉をひそめる。
小さな舌打ちは歓声にかき消される。
「余計なことを。分からなくなった」
「何?」
「……いや。じゃあすぐ帰ったんだ」
「うん。でも、まさか天音が藤原となぁ」
「梶君、天音さんと仲良いもんね」
私が言うと梶君は苦笑いをする。
「まあ、そういう話してたわけじゃないから、全然気づかなかったけどな」
藤原君は興味がないのか、もうそっぽを向いている。
「藤原だってそんな素振りなかったじゃん。やっぱ天音の方から?」
「誤解してるようだけど、俺まだ攻略中だから」
「はっ?」
それだけ言い放つと、藤原君は歩き出した。
私と夕夜は呆気に取られている梶君に一方的に挨拶して、藤原君の後を追う。
「藤原君、ちょっと見直したよ」
「何?」
「天音さんのこと。庇ってくれたんでしょ」
「何が?」
低い声。
「……あれ?」
話の通じなさに、思わず夕夜に視線を向ける。
「たぶん藤原、梶にイラついてるだけだと思う」
「え、何で?!」
「……確認したかったんじゃない?」
「何を?」
藤原君が振り向く。
「榊天音が図書室を選んだ理由だよ」
「どういうこと?」
「勉強する気ないなら、話がしやすい教室でいいのに、わざわざ人目を避けるように図書室を選んだ。そもそも見られたくないなら断ればいい」
難しい顔して考えている藤原君を見て、思わず頬が緩む。
藤原君が不機嫌そうにこちらに視線を向ける。
「それは……乙女心でしょ」
「は?」
「見せつけたい気持ちもあるし、見られたくない気持ちもあるんだよ」
藤原君がフリーズした。
「……まじかよ」
夕夜が小さく笑う。
「まさか、華の “乙女心” がここで来るとはね」




