第50話 “彼女”
藤原君の鋭い視線を受けながら、兄がふっと笑う。
「コーキはなんで、こいつが治癒じゃないと?」
「壊死なんて医療で治せないもの治したから」
藤原君は兄から視線を外さない。
「傷を治すのとは訳が違う。死んだ組織だ。“治した” んじゃなくて、“動かした” んじゃないかって思った」
石上先輩を見る。
「時間操作で “戻した” かとも思ったけど、前に『記憶は戻せない』って言ってたしね」
「まあな」
先輩が、何故か偉そうに答える。
「死んだ細胞を循環で “動かして”、正常状態を維持する。それでも普通は無理だと思うけど、名竹君の回復力込みなら説明はつく」
そういえばあのとき藤原君は、兄の霊力の免疫反応を気にしていた。
あの状態で兄は自分でも治そうとしていたのか⋯⋯。
「かなり複雑なことをやってるけど石上家の本草学なら、経験則で理解してるんじゃないかって」
「ほんぞうがくって?」
「それはね華ちゃん! 巡りを良くして、腐りを追い出す! つまり薬と毒のプロってことさ!」
「循環と解毒の作用イメージができてるくらいに思っとけ」
兄が呆れながら付け足す。
「要するに “治癒” に見えてただけで、中身は別物ってこと」
「なんか……器用に噛み合っちゃったんですね」
先輩らしくて思わず笑う。
先輩も少し嬉しそうに笑った。
「で本題。先輩、いつから石上家は “治癒” になった?」
「え、知らんけど。でも爺ちゃんの家伝にはもうそう書いてあったよ?」
「家伝?」
藤原君の口元が緩む。
「へぇ」
藤原君が向けた不敵な笑みに先輩が尻込む。
「いいね、それ」
「そ、外には出せないよ? 光輝君」
「いつからの記録が書いてある?」
「爺ちゃんの父ちゃんの代からだから……まあ100年くらい?」
藤原君が反応する。
「ずいぶん浅いな。ちょうど、改竄が始まった時期――」
藤原君が挑発するような視線を兄に向けた。
「かな? 名竹君」
兄は表情を崩さないで、その視線を受け取る。
「……まあ、お前らも気づくよな」
「は? 改竄って?」
石上先輩が驚く。
「わざわざ五家同士の記憶を消したのに、この高校に集まるよう家訓で決められてるのって不自然だよねって話」
「この高校は創立103年だからな」
「えっ! じゃあ、この100年で⋯⋯」
私の反応に兄が頷く。
「 五家を集めようと、“誰か” が新しくルールを足してる」
突然現れた “誰か” の存在に、思わず息を呑む。
「ああ……なるほど?」
石上先輩は煮え切らない返事。
ピンときていないようだ。
「……先輩、その頭でよくここでやってこれたね」
「あぁ?!」
「せ、先輩! 私も気づいてなかったんで大丈夫です!」
藤原君の軽口に怒った石上先輩を宥める。
藤原君の冷たい視線と兄の呆れた視線が、交互に突き刺さる。
「で、名竹君はどこまで聞いてるの?」
「これに関してはお前らと同じ」
藤原君が目を細めてじっと見つめる。
圧をかけながら真偽を見定めている。
「嘘じゃねぇ。あの女の記憶は生きてた間のことだけだ」
「あの女って、“かぐや姫” のことか?」
石上先輩が訊ねると、兄は小さく頷いた。
「あとは⋯⋯いつの誰かも分からない、繋がらない断片」
「あぁ……そんな感じで見えるんだ」
藤原君が小さく震えながら、口元を押さえる。
――あ、発症しちゃった。
視線だけは鏡夜の中の “かぐや姫” に向けられた。
「そっち、かなり面白そう」
「いきなり怖えよ、お前」
「光輝君、なかなかの変態なんだな」
「なんとでも言え」
先輩も、そして兄さえも藤原君に引いている。
藤原君本人は気にもしないで、息を殺して笑ってる。
「光輝君の噂の彼女、絶対見た目に騙されてんじゃん」
「誰?」
先輩の言葉に顔を上げた藤原君が無表情で反応する。
一瞬だけ視線を上に向ける。
「ああ。そんなことになってたね」
「は? 何その反応?」
「今その話必要?」
鬱陶しそうな顔をする藤原君に、石上先輩がわなわなしてる。
この倫理観ゼロな男に、もっと言ってやって欲しい。
「なんでそんなドライなの?! 学校で一番可愛い子って聞いてるけど?!」
「別に、俺は見た目で選んでないし」
セリフは甘い!
けど、絶対意味が違う……。
「え、意外と光輝君の方が本気なの?」
藤原君が意味深に目を細める。
「なかなか堅くてね。本気出しそうだよ」
「え、なになに? そんな感じ?!」
言葉通りに受け取った先輩ははしゃいでいる。
藤原君⋯⋯何するつもり……
ほんとこの人、怖い。
「あいつの闇、相当深いだろ?」
石段にあぐらをかきながら、兄が笑ってる。
「それ元彼マウント?」
「ええ。鏡夜君は元彼なの?!」
お互いを測るように視線を交わし、口元だけで笑い合う兄と藤原君。
石上先輩だけがこの空気に気が付かず、興奮している。
「気をつけな。あの家、相当ヤバいぜ?」
「ご忠告どうも」
藤原君は目を細める。
「で、名竹君は何されたの?」
鏡夜は目を伏せながらふっと笑った。
「⋯⋯勝手に入ってきやがる。おかげで気が狂うよ」
――鏡夜?
「えっ、そんなに毒親なの?」
石上先輩が同情の眼差しで二人を見る。
藤原君は少しだけ口角を上げ、兄に呟いた。
「……やっぱり、あの家か」
鏡夜は何も言わずに小さく笑った。
――どういうこと?
「で、榊天音はどっちに付いてる?」
「はっ、あれは俺より前の男だけだろ」
「それは……ライバルにもなれないね」
二人は静かに笑い合う。
「ええ! 君たちが負けるなんて、その天音ちゃんって子、どんだけ?」
「……先輩、ちょっとうるさいです」
軽口みたいに笑っているのに、何を探り合っているのか分からない。
今聞いていたことが、うまく入ってこない。
鏡夜に、何が起きているの⋯⋯。




