第49話 三凶が揃ってる
「ハナ、教室行かないの?」
「うん、先行ってて。ちょっと藤原君待つ」
兄の視線が夕夜に向く。
「俺も一緒に待つよ」
「ふーん」
兄は相変わらず、その千里眼で察したようで、何も言わずに教室へ向かった。
壁側に立つ私は少し緊張していた。
「たぶん、藤原気にしてないと思うよ」
夕夜が隣に立つ。
「私が気にする」
「そう? 必要ないと思うけど⋯⋯」
そっけなく夕夜が答える。
夕夜の顔を見上げる。
「何?」
そうは見えないけど、一応聞いてみる。
「嫌だったりする?」
「え、別に?」
さらっと答える。
良かった、気にはしてなさそう。
夕夜は一瞬だけ間を置いて、ふっと吹き出す。
「何?」
「別に、なんでもない……」
そう言いながら肩を震わせて笑ってる。
「な、なに?」
「いや……頑張ってるね」
「なっ?! それはひどくない?!」
夕夜のためなのに!
「……可愛いなと思って」
「な!」
からかうでもなく、普通に微笑まれて――
息が止まる。
「あ、え……?」
こんなこと、こんな顔で言う夕夜も知らない。
無理。
恥ずかしさに顔を覆う。
夕夜がそっと手を外して、顔を覗き込んでくる。
「ごめんて」
「……急には、やめてよ」
「朝からこんなとこでイチャつくなよ」
振り向くと呆れ顔の藤原君が立っていた。
「ふっ、じわら君!」
「ねぇ、今日って名竹君来てる?」
「え、うん……」
「そ、良かった」
藤原君はそのまま教室に向かおうとする。
「え、あ! 藤原君!」
「何?」
「あ、あの。土曜日! 怒っちゃってごめんね」
藤原君は黙ったまま私を見てる。
そのまま後ろに立つ夕夜に視線を向ける。
「ああ。右から左だったわ」
「はっ?」
「何、そんな怒ってたの?」
「えっ?」
「まあいいよ。こっちは収穫あったし」
「収穫?」
「次戦もよろしく」
去ろうとした藤原君が足を止めて振り向く。
「てかさ」
口角が上がる。
「名竹さん、その大伴君耐えれんの?」
「え?」
藤原君は、意地悪く笑って背中を向けた。
***
「あ、あれ藤原君は?」
「え、たぶんまだ来てないよ?」
先に教室に行ったはずの藤原君がいなかった。
夕夜と顔を見合わせる。
「もうHR始まっちゃうけど」
「サボり?」
なんか嫌な予感がしてB組に向かう。
「ごめん、名竹いる?」
目の前にいた子に話しかける。
「さっき、藤原君と出てったよ」
「はぁ?! どこ行ったか分かる?」
「さぁ。でも、目立つからすぐ分かるんじゃん?」
――確かに。
あの二人に隠れる場所などない!
「華」
夕夜に腕を掴まれる。
「授業はさぼっちゃだめ」
「うっ」
「あとで一緒に探すから」
「う……ん」
――とは言ったものの、あの二人が心配で授業どころじゃない。
良くない化学反応が起きていないといいのだけど。
教室に入るところで担任の先生に会う。
「先生」
夕夜が先生に話しかける。
「名竹さん、具合悪いみたいなんで保健室連れていきます」
「えっ?」
夕夜を見上げる。
夕夜は横目で一瞬だけ私を見る。
「終わったら戻ります」
そう言って、手を引かれ教室を後にする。
「今回だけだからね」
「ありがとう!」
「たぶん、授業サボるなら屋上とか目立つとこより北校舎裏だと思うけど」
「北校舎裏?」
「手入れされてないし、教師もあまり来ないから……まぁ……色々使われてる」
「裏取引とか?」
「……うん、そうだね」
夕夜が静かに答えた。
渡り廊下に差し掛かったところで、夕夜が気配を感じ取った。
「やっぱりここにいるみたい」
渡り廊下から外れて裏に入る。
湿った土が少しぬかるむ。
「上履きのままでいいかな?」
「まぁ、履き替える暇ないししょうがない」
そのまま鬱蒼と雑草が生い茂る中を進む。
「あ! 藤原君」
校舎の陰に藤原君が立っている姿が見えた。
こんなに陰になっている場所でも、藤原君の髪の毛はキラキラと輝いている。
むしろよくバレずにここまで来れたな……。
近寄ると藤原君の向かいに座る、二人の影。
鏡夜と――石上先輩?
なんで?
三凶が揃ってるんだけど……。
え、ほんとに裏取引?
「じゃあ、そっちは任せるよ」
「おっけー」
藤原君に言われて、石上先輩が答える。
もう会話もそれにしか聞こえない。
「で、お前らも授業サボるの?」
鏡夜がこちらも見ずに言う。
「あ、華ちゃん!……と夕夜君」
「珍しいね、優等生がサボるなんて」
藤原君がくすくすと笑う。
「俺は戻るよ。華、連れてきただけ」
「はは、真面目なナイトだね」
鏡夜がどこか嬉しそうに笑う。
「終わったら、ちゃんと送ってね」
「はいはい」
鏡夜が手をあげてひらひらと振る。
小さくため息をつくと、夕夜は戻っていった。
「ずいぶんと信頼されるようになったじゃん」
藤原君がニヤニヤと笑う。
すべての元凶なのに、この男のおかげな気もしなくもないのが、本当に悔しい。
「というか、これ何の集まりなの?」
「情報共有会」
「何の?」
「能力についての」
「え? 能力の話って?」
なぜか石上先輩が驚く。
藤原君が冷たい視線を先輩に送ると、何かを察した先輩が俯く。
「先輩、勘違いもしてたし、ちょっと懸念があってね」
「ああ、そういや、なんか“治癒”じゃないって言ってたな」
兄が視線を向けると、先輩がびくっとなる。
一緒には居るが、まだ恐怖の対象ではあるらしい。
「先輩の能力は簡単に言えば【循環の維持】。陽側の能力が結果的に“治癒”に見えていただけ」
藤原君が先輩を見下ろす。
「……本人も誤認するくらいね」
“治癒”じゃない?
「え? でも先輩、骨折とか直してたよ?」
私が口を挟む。
「《《循環で》》骨の修復を進めて維持する。結果は“治癒”と同じ」
「え、じゃあ体力回復は?」
「《《循環で》》疲労を回復し維持してる。見た目は回復」
「普通の治癒と何が違うの?」
「血流とか代謝を巡らせて、身体を正常な状態に組み直してる。治癒は外部から、先輩のは内部から」
「組み直し? ってあれ? それ、先輩が最初に言ってませんでした?」
――『体の仕組みを頭の中で組み直す感じ』
「ああ! そうそう! だから難しいのは無理なんだよな」
「……はぁ?」
藤原君が呆れた声を出した。
「あんた、感覚で分かってたのかよ」
「お? おれ天才ってことか?」
「これだから感覚派って嫌い」
「ははっ、ウケる」
藤原君が舌打ちして、兄が笑った。
「この通り」
少し苛立った声で藤原君が仕切り直す。
「見えている現象が実は違う可能性がある。悪意があれば偽ることも可能。さらに――」
藤原君が口角を上げる。
「この認識のズレを“誰かがそういうことにしている”可能性がある」
「誰かが?」
「例えば、石上家は“治癒”だと都合がいいとか」
「⋯⋯やってること一緒なら、それでもいい気もするけどな」
「でもそのせいで、石上家は“陰”の作用に気づけなくなっていた」
「ああ、“末枯零”ね。確かに毒解釈してたわ」
「あれは“排出の維持”。毒とは解釈が違うから、見誤ると使えない――しかも、最悪なOPスキル」
石上先輩の表情が曇る。
「使わせたくない奴がいてもおかしくない」
藤原君は鏡夜に突き刺すような視線を向ける。
「その辺り、“彼女”から聞いてない? 名竹君」




