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第48話 頑張り、ます


 藤原君が帰ったあと、私も夕夜も黙っていた。

 夕夜の沈黙が、藤原君の正しさを肯定する。


『使われるだけじゃ信頼されるわけない』


 ――何も言い返せなかった。

 どこかで分かっていたことだから。


 視界が滲む。


 悔しい。


「――っ」


「華……」


 首を振る。


 何も言わないで――。

 今、優しい言葉で言われたら、もっと惨めになる。


「ごめ……ゆ、や」


 言葉にならない。


 夕夜が守ってくれてるのを言い訳にして。

 大切な夕夜を苦しめていた。


 私だけが気づいていなかった――。


 知らないふりなんて間違ってた。

 溢れてくる後悔。


 ちゃんと伝えて、信じてもらうべきだった。


 ――夕夜。


 私は人目も憚らず、その場で泣いていた。


 夕夜はただ黙って、隣で静かに座っていた。

 たまに小さなため息を漏らしては、俯く。


 夕夜のことで泣いてる私は、さすがの夕夜でも “善処” できないらしい。


 いつも余裕ぶる夕夜が迷っている。


 なんで気づかなかったんだろう。

 夕夜だって同じだったのに――。


「……夕夜」


 私が呟くと、夕夜の顔が少しだけ向けられる。


「ちゃんと考えるから……」


「……うん」


 小さな声。


「だから⋯⋯我慢、しないで」


 夕夜が顔をあげる。

 戸惑ったままの目。


 胸の奥が落ち着かなくて、ぎゅっと指先を握る。


「……私も、“善処” するから」


 そう言うと、夕夜は困ったように笑って――。


 小さく頷く。


「……期待してる」


「頑張り、ます」


 受け止めて来れた恥ずかしさに少し俯いてしまう。


 そっと視線を上げると、夕夜も視線を外していた。

 目は合わないのに、少しだけ近づいた気がした。



 ***



「……夕夜」


 一口だけ飲んで、コップをテーブルに置く。


 ――怖いけど、ちゃんと聞かなきゃ。


「なに?」


 静かで優しい声。


「夕夜は何、我慢してた?」


「え?」


「何が、嫌だった?」


「……え?」


 視線を向けると、夕夜はやっぱり困惑していた。

 さっきから困らせてばっかりだ。


「……聞くかな、普通」


 少し呆れながら、少し笑う。


「だって私、鈍いから」


「まあ、そうだね」


 夕夜がふっと息を漏らす。

 当たり前だけど、否定しない……


「あ、やっぱり近すぎた? 手、とか」


 彼女でもないのに。

 最近、ちょっと近かった。


「いや、それは俺からだし」


 そう言われれば……確かに。


 じゃあ、やっぱり……。


「水族館、のこと? 夕夜の優しさに甘えて知らないふりした……」


 夕夜の視線が向けられて、小さく微笑まれる。 


「もちろん寂しさはあるけど……思い出して欲しいとか思ってないのは本当」


 夕夜が少し俯いて、少しだけ顔が近くなる。


「今の華がいればいいと思ってるのも本当」


 夕夜の目が近くで私を見る。


「でも……我慢した」


 夕夜の手が伸びてきて、頬の涙の跡をそっとぬぐう。


「俺とのこと覚えてない華に、無理言えないし」


「……っ」


「このことで――華が頼れるのが藤原しかいなかったのも分かってる」


 ――?


「え……藤原君?」


「俺も、あいつならどうにかって思ってた。だから……ただ」


 夕夜が視線を逸らす。


「あんま……藤原にも無防備にはならないでよ」


「え?」


「……めっちゃ心配した」


 夕夜が顔を背ける。

 赤くなった顔を腕で隠して、テーブルに突っ伏した。


「ああ、もう。マジださい……」


「――っ」


 な、なに?!


 む、胸が締め付けられる。


 こんなこと言っちゃだめ。

 だめなんだけど――


 夕夜が、かわいい。


 な、なんか抱きしめたい。

 これが甘えられるってこと?


「……なに、その顔」


 腕の隙間から拗ねたように私を睨む。


「や、やばいです」


「なにが?」


「も、萌えてる」


「……は?」


「夕夜、可愛い」


「は?」


 ため息と一緒に再び顔を伏せる。

 少し怒った夕夜にもまた悶えるような感情が湧き上がる。


「華だって、泣いてるのも可愛いよ?」


テーブルに伏せたまま、いたずらな顔だけ見上げる。


「なっ! “仕返し”しないで!」


夕夜が子供みたいに笑ったのを見て、嬉しくなった。


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