第47話 優しくない正論
「てかさ、光輝君も夕夜君も勉強必要ないでしょ?」
土曜日の昼下がり。
私はファミレスで教科書とノートを広げていた。
目の前には絵から抜け出たような美しい二人、隣には触れそうなほど近い夕夜。
こんなの、息もまともにできない。
「俺は数学と情報以外は適当だから、大伴君にヤマ張ってもらおうと思って」
「えー、英語も出来そうなのに?」
頬杖をつきながら、近い距離で笑顔を見せ合う二人。
……当てられる。
私、なんでここにいるんだろう。
「俺、ドイツ人ハーフだから英語できないよ」
「理由になってないでしょ」
夕夜が呆れたように言う。
「……ウィザードなのにね」
私が小さく呟くと、藤原君が一瞬目を細め、意地悪そうに笑った。
「大伴君、名竹さんそこ分からなそうだから手取り足取り教えてあげなよ」
「なっ?!」
藤原君との間に小さく火花が散る。
「てか榊は……教科書も広げてないけど勉強しないの?」
「あ。私、別に留年してもいいから」
ほんと、これ何のための集まりなの……。
「……天音さんは、課題テストどうだった?」
私が訊ねると、天音さんはふふっと笑う。
「天音は、古典以外赤だったよ?」
「へっ?」
それって私よりヤバいんじゃ……。
私と夕夜が引く中、隣にいた藤原君の口角が上がる。
「へぇ。神社の家系だとやっぱり古典は強いの?」
藤原君が刺しに行った。
一瞬だけ天音さんの視線が鋭くなる。
でもすぐににこっと笑った。
「それが理由だと思ってるならまだまだだよ、光輝君」
「なるほど」
藤原君はふっと笑った。
二人は笑顔のまま、空気だけは張り詰める。
「そういえば」
藤原君が流すような視線を天音さんに向ける。
「香島宮の神紋って、尖ってるよね。神社っぽくないっていうか」
天音さんの反応を探るような目。
もう隠す気もないらしい。
「ふふ、あんまり可愛くないよね」
天音さんは変わらずに笑顔で答える。
「いや? 俺は結構好きだよ?」
甘く見つめ合ってるのに、温度がない。
この空間、居心地が悪すぎる。
「……華、解けた?」
「あ、うん……」
夕夜にノートを見せる。
こんな空気の中でも、真面目に要点をまとめながら丁寧に教えてくれる。
気づくと天音さんの視線が向けられていた。
暖かい目で見守られている。
天音さんと目が合うと、優しく微笑まれた。
可愛さに胸がきゅんとなる。
その様子を見ていた藤原君が視線を外に向ける。
でもその視線は、すぐに私に戻ってきた。
「な、何?」
「勉強頑張ってるし、飲み物取ってきてあげる」
「はっ?」
そんな台詞を片肘をつきながら見下ろすように言う。
皇帝の君臨――。
「何がいい?」
「え、怖いからいらない」
「全部混ぜね」
そう言って席を立つ。
「な、何なの……」
「見てくるよ……」
ため息交じりに夕夜も席を立つ。
天音さんと二人になってしまった。
「面白いね、光輝君」
天音さんがくすくすと笑う。
「え」
「裏があるのに、あんなに純粋だと毒気抜かれちゃうな」
「え、藤原君が純粋?」
「ピュアに悪い人」
「ああ、それは分かるかも」
思わず笑う。
「ねぇねぇ。華ちゃんはまだ付き合ってないの? 夕夜君と」
「へっ?!」
「仲良くて羨ましいよ」
「でも私は、この数日、天音さんと藤原君が仲良すぎて本当にこのまま付き合っちゃうかと思ったよ」
天音さんは小さく笑う。
「天音も悪い子だからね。光輝君を駆け引きに使ったんだ」
「駆け引き?」
「ふふ、華ちゃんたちには分からないかも」
「たち?」
そう言って両手で頬杖をつき、ため息をつく。
あれ、これってもしかして――
「天音さん、学校に――」
「でも――」
天音さんの視線が向けられる。
「夕夜君、元気ないよね」
「えっ?」
「夕夜君に甘えてばかりじゃなくて、夕夜君にも甘えさせてあげなよ」
天音さんの視線が誰かを見る。
「じゃないと、夕夜君も疲れちゃうよ?」
「えっ――」
「やっぱり俺、駆け引きに使えるんだ?」
藤原君の声。
さっき行った方とは逆方向に藤原君が立っていた。
「あ、聞かれちゃった?」
天音さんが首を傾げて笑う。
「俺の気持ちを弄ぶなんて、ひどい女だね」
藤原君は笑いながら、一瞬ちらりと視線を向けてくる。
――やな奴!
「藤原君、私の飲み物は?」
「大伴君が持ってくる」
そう言って、向こうでグラスを運ぶ夕夜に視線を向ける。
手ぶらで先に返ってきた藤原君は天音さんの隣に腰掛ける。
「で天音さんは、俺を使って誰を揺さぶりたかったの?」
わざとらしい甘い表情で天音さんに訊ねる。
天音さんは笑顔のまま黙る。
「ライバルを知る権利くらいあるんじゃない?」
「ライバルにもならないよ」
「それはどっちの意味で?」
藤原君はすべてを見通すような笑顔を浮かべた。
天音さんの表情が一瞬だけ曇る。
――っ!
「ちょっと、藤原君っ!」
私はその場に立ち上がる。
藤原君が私を見上げる。
「何? 名竹さん」
「これ以上やったら私が許さない」
藤原君は私から視線を逸らす。
ちょうど夕夜が戻ってきて、藤原君はふっと笑った。
「大伴君。名竹さん、怖い女だった」
「は?」
「華ちゃんはかっこいいんだよ?」
天音さんがくすりと笑う。
張り詰めた空気は少し緩まった。
「もういいかな? 恋愛 “ごっこ” は」
「俺はまだ続けてもいいよ?」
私が睨むと、藤原君は肩をすくめた。
天音さんは小さく笑うと「じゃあまたね」と帰っていった。
***
「分かった?! 藤原君」
私は向かいに座る藤原君に説教をしている。
「分かったって」
藤原君は気だるそうにコーヒーを飲んでいる。
この“ピュアな悪”には何を言っても響いていないのが分かる。
夕夜は隣で本を読みながら、この時間が終わるのを待っている。
「人の気持ちは使っちゃだめ!」
そう言うと藤原君は頬杖をついて私の目を見た。
見てはいるが、口角が上がってる。
「ねぇ、楽しんでるでしょ?!」
「やだな。真剣な想いは受け取ってるよ?」
藤原君の目が細まる。
「ただもう一人、いいように気持ち使われてる奴いるかなって」
藤原君の目が本を読む夕夜に向けられる。
夕夜が視線に気づき、顔をあげる。
「榊天音も言ってたじゃん。甘えさせてやれって」
夕夜は藤原君を見たまま、動きを止める。
「甘えすぎ」
藤原君の冷めた視線と低い声が私に刺さる。
黙った私をしばらく見たあと、夕夜に目配せする。
「⋯⋯じゃあ帰るから」
机の上の伝票を手に取り、ため息をついて立ち上がった。
「使われるだけじゃ信頼されるわけない」




