第4話 次は俺ね
「で、行くんでしょ?」
放課後。
鞄を肩にかけ、帰る準備を終えた夕夜が来た。
「うん。とりあえず三年の石上先輩を見てみたい」
藤原君と話せないのなら、別の人から当たるしかない。
名簿で見つけた苗字――石上。
“かぐや姫” に「燕の産んだ子安貝」を命ぜられた石上麻呂足と同じ名。
「石上富士だっけ? 三年は六限もあるけど、どこで待つ?」
「あ、別に夕夜は先に帰ってもいいよ? 遅くなると鏡夜が騒ぐだろうし」
「一人はだめ。相手の能力も分からないんだから」
「じゃあ一緒にお願い。すれ違いたくないし、中庭で待とうかな」
「了解」
夕夜は机にかけてた私の鞄を持つと歩き出した。
「待って、待って!」
慌てて鞄を取り戻す。
「私の鞄まで持たなくていいよ! また変に見られちゃうよ?」
「あぁ、つい」
夕夜は一瞬だけ視線を落としてから私を見る。
「またって?」
「昨日の、梶君のとか! 助けてくれたのはありがたいけど⋯⋯あれじゃ、その……彼氏みたい、だし?」
言葉にすると思ったよりも恥ずかしくなって視線を逸らした。
「鏡夜のこともあるし、守ってくれてるのは分かるけど、ちょっとやりすぎというか。ほら、みんなの前だと⋯⋯誤解されるし⋯⋯」
できるだけ慎重に言葉を選ぶ。
「誤解って?」
夕夜が真っ直ぐにこちらを見る。
「俺と噂になると彼氏ができなくなるから困るってこと?」
「そうじゃなくて⋯⋯」
「そうじゃなくて?」
なぜかこっちが責められている気分になる。
黙る私に、夕夜は視線を向けたまま答えを待っている。
なんでこの男はこんなにも飄々としてられるの?
そういうつもりが全然ないからだろうけど。
なんだか私だけ振り回されている気がする。
「……知らないよ! バーカ!」
視線に耐えきれず逆ギレして、そのまま逃げ出してしまった。
最近、夕夜はどこかおかしい。
兄のことがあるにしても過保護すぎる。
それに、あの切なげな色気は何なんだ。
本当、私ばっかりドキドキして悔しい。
***
中庭に出て、日の当たるテーブルに腰掛ける。
渡り廊下を下校の生徒が時々通るだけで、ここならあまり目立たない。
夕夜はまだ来ない。
「変わったのは私かな。いや、私が変わってないからか?」
高校生になって、夕夜は急に大人っぽくなった。
先に行ってしまうようで、少し寂しいのかもしれない。
暖かな陽射しにまどろんでいると気持ちが落ち着いてきた。
それにしても。
……バーカて。
高校生にもなって語彙ひどすぎ。
情けなくて、鞄に顔をうずめた。
「嘘でしょ? こんなところで寝ないでよ」
頭の上から夕夜の声がした。
向かいの席に座る気配がするけど、気まずくて顔が上げられない。
「俺に構われたくないなら、ちゃんとしてよ。こんなところで一人で寝るなら野放しにはできないよ?」
「寝てないし」
小さいため息が聞こえる。
「日焼けでシミ出来るよ」
……。
顔を上げると、夕夜が小さく笑った。
「嫌だったら、さっきみたいに言ってくれていいよ。善処するから」
「……善処とは?」
「さぁ?」
その時考えるよ、なんて夕夜は優しく言う。
「別に夕夜のやることが嫌なわけじゃないよ」
「そうなの? よく分からないな」
「夕夜は乙女心の機微を学ぶべきだと思う」
「乙女心と来るか……華に言われるとはね」
夕夜が頬杖をついて冗談めかして言った。
「さすが、“かぐや姫” の血筋。振り回してくれるね」
その言葉で気づいてしまった。
振り回されているのは――。
五家だと言うだけで、“かぐや姫” を守る運命を背負わされている夕夜の方だ……。
なんでそれを忘れてたんだろう。
「水鏡――鱗珠」
夕夜が静かに呟いた。
次の瞬間、目の前に一瞬だけ水飛沫が弾ける。
そして――
眉間には冷たい、ぬめっとした感触。
「え、何?」
嫌な予感しかしない。
「ハゼ? かな」
「ちょ、嘘!」
立ち上がると眉間のそれが動いた。
「ひゃあああああ! いっ、たぁ!」
中庭に悲鳴が響く。
後ろに倒れると同時にそれは消えた。
尻もちをついた私を見て、夕夜は声をあげて笑う。
「最っ低っ! 信じらんない!!」
額を必死に拭く。
「なんか、くだらないこと考えてそうだったから……難しい顔しないでよ」
「だからって!」
「ほら、注目浴びてるから立ち上がりなよ」
見上げると窓際にいる三年生が何人かこちらを覗いていた。
慌ててスカートを直して立ち上がった。
「こういう時こそ、手を差し伸べない?」
「あ、それはいいんだ?」
夕夜は頬杖をついたままくすくすと笑っている。
本当、いつからこんな乙女心を弄ぶような子になったのか。
「なぁ、そこの一年!」
上から低い声がした。
見上げると二階の窓から銀髪の短いツーブロックの、派手な顔立ちの男子が私たちを見下ろしていた。
目の鋭い少し怖そうな人だ。
「こら、石上! 授業中だぞ」
奥から教師の怒鳴り声。
「え、石上?」
その名前に反応をすると、彼はにやっと笑った。
「センセー、俺急用! 帰るわ」
そう言って窓から鞄を投げてきた。
慌ててキャッチする。
「次は俺ね」
「へっ?!」
次の瞬間――
迷いなく、二階から飛び降りた。
夕夜に腕を引かれて衝突は避けた。
――が。
目の前で着地した彼からは鈍い音がした。
「っつ……」
「だ、大丈夫ですか?!」
「大丈夫……じゃないな」
「え?!」
「とりあえず場所変えようか」
彼は夕夜のことを手招きで呼ぶと寄りかかり、右足を庇った。
「石上! 何てことしてる! 戻りなさい!」
「この通り、怪我したから帰るわ! 半分は出たから出席扱いでよろしくね!」
「ふざけるな! っ! 明日、朝イチで職員室来い!」
「オッケー、オッケー」
顔を赤くして怒る教師に、背を向けて軽く受け流す。
この人、めちゃくちゃだ。
「そこの一年二人! お前達も一緒に来るんだぞ!」
「えっ!」
「マジかよ、最悪」
夕夜が呟く。
「あ、なんかゴメンネ」
……。
入学三日目にしてとんでもない問題児の仲間入りをしてしまった。
……それだけなら、まだよかったんだけど。




