↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/154

第4話 次は俺ね


「で、行くんでしょ?」


 鞄を肩にかけ、帰る準備を終えた夕夜が来た。


「うん。とりあえず三年の石上先輩を見てみたい」


 藤原君と話せないのなら、別の人から当たるしかない。



 名簿で見つけた苗字――石上。


 『竹取物語』で「燕《つばくらめ》の産《う》んだ子安貝《こやすがい》」を求められた石上麻呂足《いそのかみのまろたり》と同じ名字。


「石上富士《いしがみあつし》だっけ? 三年は六限もあるけど、どこで待つ?」


「あ、別に夕夜は先に帰ってもいいよ? 遅くなると鏡夜が騒ぐだろうし」


「一人はだめ。相手の能力も分からないんだから」


「じゃあ緊張もするし、一緒にお願い。すれ違いたくないし、中庭で待とうかな」 


「了解」


 夕夜は私の鞄を持って歩き出した。


「待って、待って!」


 慌てて鞄を取り戻す。


「私の鞄まで持たなくていいよ! また変に見られちゃうよ?」


「あぁ、つい」


 夕夜は私を見る。


「またって?」


「昨日の、梶君のとか! 助けてくれたのはありがたいけど⋯⋯あれじゃ、その……彼氏みたい、だし」


 言葉にすると思ったよりも恥ずかしくなって、視線を逸らした。


「鏡夜のこともあるし、守ってくれてるのは分かるけど、ちょっとやりすぎというか……」


 できるだけ慎重に言葉を選ぶ。


「みんなの前だと⋯⋯誤解されるし⋯⋯」


「誤解って?」


 夕夜が真っ直ぐにこちらを見る。


「俺と噂になると、彼氏ができなくなるから困るってこと?」


「そうじゃなくて⋯⋯」


「そうじゃなくて?」


 夕夜の視線に、なぜかこっちが責められている気分になる。


 私が黙ると夕夜は視線を逸らした。


 なんでこの男はこんなにも飄々としてられるの?


 私が女に見られてないからだろうけど。

 なんだか私だけ振り回されている気がする。


「……知らないよ、バーカ!」

 

 沈黙に耐えきれず。逆ギレして、そのまま逃げ出してしまった。


 最近、夕夜はどこかおかしい。

 兄のことがあるにしても過保護すぎる。

 

 それに、あの切なげな色気は何なんだ。

 本当、私ばっかりドキドキして悔しい。



 中庭に出て、日の当たるテーブルに腰掛ける。

 渡り廊下を下校の生徒が時々通るだけで、ここならあまり目立たない。


 夕夜はまだ来ない。

 

「変わったのは私かな。いや、私が変わってないからか?」


 高校生になって、夕夜は急に大人っぽくなった。

 先に行ってしまうようで、少し寂しいのかもしれない。


 鞄に顔を伏せているうちに、暖かな陽射しにまどろんでいると気持ちが落ち着いてきた。


 それにしても。

 ……バーカて。


 高校生にもなって語彙ひどすぎない?

 自分が情けない。


「嘘でしょ? こんなところで寝ないでよ」


 頭の上から夕夜の声がした。

 向かいの席に座る気配がするけど、気まずくて顔が上げられない。


「俺に構われたくないなら、ちゃんとしてよ。こんなところで一人で寝そうになってるなら野放しにはできないよ?」


「寝てないし」


 小さいため息が聞こえる。


「日焼けでシミ出来るよ」


 ……。


 顔を上げると、夕夜が目を細めた。


「嫌だったら、さっきみたいに言ってくれていいよ。善処するから」


「……善処とは?」


「さぁ?」

 

 その時考えるよ、なんて夕夜は優しく笑う。


「別に夕夜のやることが嫌なわけじゃないよ」


「そうなの? よく分からないな」


「夕夜は乙女心の機微を学ぶべきだと思う」


「乙女心と来るか……華に言われるとはね」


 夕夜が頬杖をついて冗談めかして言った。


「さすが、かぐや姫の血筋。振り回してくれるね」

 

 その言葉で気づいてしまった。


 振り回されているのは私じゃない。


 夕夜の方だ。

 五家だと言うだけで、名竹家を守る運命を背負わされている。


「水鏡《みずかがみ》――鱗珠《うろくず》」


 夕夜が静かに呟く。


 次の瞬間、目の前に一瞬だけ水飛沫が弾ける。


 そして――


 眉間には冷たい、ぬめっとした感触。


「え、何?」


 嫌な予感しかしない。


「ハゼ? かな」


「ちょ、嘘!」


 立ち上がると眉間のそれが動いた。


「ひゃあああああ! いっ、たぁ!」


 中庭に悲鳴が響く。


 後ろに倒れると同時にそれは消えた。

 尻もちをついた私を見て、夕夜は声をあげて笑う。


「最っ低っ! 信じらんない!!」


 額を必死に拭く。


「なんか、くだらないこと考えてそうだったから……難しい顔しないでよ」


「だからって!」


「ほら、注目浴びてるから立ち上がりなよ」


 見上げると窓際にいる三年生が何人かこちらを覗いていた。


 慌ててスカートを直して立ち上がる。


「こういう時こそ、手を差し伸べない?」


「あ、それはいいんだ?」


 本当、いつからこんな乙女心を弄ぶような子になったのか。


 夕夜はくすくすと笑いながら立ち上がり、手を差し伸べる。

 いつの間にか大きくなったその手に引かれ、私は軽々と立ち上がった。



「なぁ、そこの一年!」


 上から低い声がした。


 見上げると二階の窓から、銀髪の短いツーブロックの派手な顔立ちの男子が私達を見下ろしていた。


 目の鋭い少し怖そうな人だ。


「こら、石上! 授業中だぞ」


 奥から教師の怒鳴り声。


「石上?」


 その名前に反応をすると、彼はにやっと笑った。


「センセー、俺急用! 帰るわ」


 そう言って窓から鞄を投げてきた。


 慌ててキャッチする。


「次は俺ね」


「へっ?!」


 次の瞬間――

 彼は二階から飛び降りた。


 夕夜に腕を引かれて衝突は避けた。


 ――が。


 目の前で着地した彼からは鈍い音がした。


「だ、大丈夫ですか?!」


「大丈夫……じゃないな」


「え?!」


「とりあえず場所変えようか」


 彼は夕夜を手招きで呼び、当然のように肩を借りて右足を庇った。


「石上! 何してる! 戻りなさい!」


「この通り、怪我したから帰るわ! 半分は出たから出席扱いでよろしく!」


「ふざけるな! 明日、朝イチで職員室来い!」


「オッケー、オッケー」


 顔を赤くして怒る教師に、背を向けて軽く受け流す。

 この人、めちゃくちゃだ。


「そこの一年二人! お前達も一緒に来るんだぞ!」


「えっ!」


「マジかよ、最悪」


 夕夜が呟く。


「あ、なんかゴメンネ」


 ……。



 入学三日目にしてとんでもない問題児の仲間入りをしてしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。