第3話 そんな癖ある?
入学して三日目。
――やるべきことは何ひとつ進んでいない。
もちろん兄は今日も来ていない。
そして肝心の藤原光輝は――ちゃんと来ている。
……ただ。
想像以上に、話しかけづらい。
綺麗とかカッコいいとか、そういうレベルじゃない。
現実感のないほど整った容姿のせいで、教室にいるだけで目立ちまくっている。
あんなの、どうやって話しかけろっていうの。
昼休みに声をかけようと思っていたのに、藤原君はどこかへ行ってしまい、まだ戻ってきていない。
「昨日テレビでやってた映画見た?」
お弁当を食べ終えた頃、須藤さんが言った。
席が隣の須藤さんと、その前の席の篠田さんと初めての昼休みを過ごしている。
「最後の意味が分からなかった。あれはどっちの好きってこと?」
「さすがにラブの方じゃない?」
須藤さんが静かに笑った。
「名竹さん、あの終わり方でライクだと思ってたの?」
「あれでラブなのか。大人の恋愛映画は難しい……」
「名竹さんはどんな映画が好きなの?」
「んー、よく見るのはミステリーとかサスペンスかな」
「それ俺の趣味だよね」
後ろから声がした。
振り返ると、いつの間にか夕夜が立っていた。
「華が好きなのは “ラブチャ“ でしょ」
「ちょっと言わないでよ」
恥ずかしい。
確かにDVD買うくらい大好きだけど、世間では駄作として有名な映画だ。
「ラブチャって、あの『ラブ♡ティーチャー』?」
篠田さんが少し引き気味に確認してくる。
「そう……あれに出てくる先生が超好きで……」
「私もその映画見たことあるよ。あ、じゃあ古典の鷹野せんせ――」
「須藤」
「え」
「ごめんね。ちょっと華、借りていい?」
「あ、はい」
珍しく強引に会話へ入った夕夜が耳打ちする。
「保健室に探してた名簿あった」
「!」
ずっと手に入れたいと思っていた、この学校の生徒名簿だ。
「分かった。ごめん、ちょっと席外すね」
「うん、行ってらっしゃい」
席を立つ私たちを見る二人に、夕夜が軽く頭を下げた。
「話の邪魔してごめんね」
「別に、いいよ」
「気にしないで、大伴君」
二人が揃って頬を染めた。
……え?
なんで?
夕夜、普通に失礼じゃなかった?
何で頬染める?
夕夜はそれには気づいていないのか、涼しい顔でその場を離れる。
なんだか納得がいかない。
「何?」
教室を出たところで夕夜が振り向く。
「いえ、何も?」
「なんか言いたげだけど」
「別に⋯⋯どこまで分かってるのかな、と」
「何が?」
本当に分かっていない顔だ。
「ねぇ。そこ、どいてくれる?」
振り返るとクラスメイトの瀬戸さんが立っていた。
どうやら私たちで教室の出入り口を塞いでいたらしい。
「あ、ごめんね」
慌てて道を開ける。
けれど瀬戸さんはじっと私たちを見て動かない。
ワンレンボブのすっきりとした顔立ちが、彼女の切れ長の目の強さを際立たせる。
「それで本当に、付き合ってないの?」
抑揚のない、低く落ち着いた声だった。
「ありえないよね」
それだけ言って教室に入っていった。
「何がだろう?」
「まぁ……この状況が、だろうね」
「え?」
私はいつの間にか夕夜に身体を預けていて、夕夜の手は自然に私の腰へ回っていた。
「ちょっ!」
慌てて離れる。
顔が一気に熱くなる。
「ごめん、癖」
夕夜が何事もなかったかのように手を離した。
「は? 癖?」
「ごめんて」
気まずそうに視線を逸らして歩き出す。
「いいけど、癖ってなに?」
癖になるほど普段から女の子を抱きしめてるの?
兄ならまだしも、夕夜に限ってそんなことはないと思っていたのに。
「変なこと考えてるでしょ? そういうんじゃないから」
「じゃあ何? 社交ダンスでもしてた?」
「ふっ、なにそれ。俺がすると思う?」
夕夜が声を出して笑う。
「ほんと、気にしないで」
笑ってごまかされてる気がする。
……なんだか、頬が熱い。
気持ちを切り替えようと、話題を変えた。
「そう言えば、何で保健室に名簿あるの分かったの?」
「体育で梶が怪我して。保健室一緒に行ったとき見つけた」
「いつの間に梶君と仲良くなったの?」
「いい奴だよ、梶」
「じゃあ、私も友達になる」
「それはだめ」
「なんでよ」
「いい奴だから」
「意味わかんない」
夕夜がふっと笑った。
「だろうね」
背中を向けたまま呟く。
「いい奴ほど困るんだよね」
変な夕夜。
「保健室って昼休みも先生いるよね?」
「たぶんね」
「どうするの?」
「華、具合悪くなってよ」
「無理。めっちゃ元気」
「だろうね」
保健室の前に着いてから、どう入るか悩んでいると――扉が開いた。
一瞬、光が差し込んだ気がした。
見覚えのある金髪――藤原光輝だった。
「藤原君?!」
思わず声が出た。
教室で見ていた時よりも、ずっと近くにその顔があった。
光に当たると透き通る彼のグレーの目が、ゆっくりと確かめるように私に向けられる。
「……何?」
わずかに眉が寄る。
思ったよりも冷たい声に、言葉が詰まる。
藤原君の視線が夕夜にいき、また私に戻ると、そのまま歩き出す。
「あ、あれ……」
「まだ同じクラスかも知らないんじゃない?」
夕夜が苦笑いする。
それにしても、今のは傷つくんだが。
「保健室、誰もいない?」
夕夜は傷心の私を無視して、先に中へ入った。
「あ、待ってよ」
保健室に入ると、夕夜は迷わずに薬棚の横のキャビネットに手をかける。
「は? 鍵、空いてる」
「え、ちょっと不用心すぎない?」
「怪しいね……」
夕夜は廊下の方へ視線を向けたが、すぐに肩をすくめた。
「まぁ……乗ってやるか」
そのまま青いファイルを取り出した。
「俺のスマホでいい?」
「うん」
「華、見張ってて」
「結構量あるけどいける?」
「動画で撮る」
「なるほど!」
「映画で見たやつ」
⋯⋯妙に楽しそうに夕夜が撮影していく。
そして――私たちは無事、生徒名簿を手に入れた。
これで少し前に進める。
「……あ」
動画を見返していた夕夜の手が止まる。
「これ」
夕夜のスマホを覗き込む。
「「石上」」
竹取物語に出てくる、五人の貴公子の名。
――見つけた。




