第2話 彼氏ではない男
来年の中秋の名月――迎えは必ず来る。
その日までに、私たちは五人の貴公子の末裔〈五家〉を探し出さなければならない。
『竹取物語』のその後の話――。
“かぐや姫” には不思議な月の力があった。
その力は、彼女を愛した者たちに受け継がれた。
けれどその力は、月に返すもの――天人に狙われる。
だから五家は互いの記憶を消し、力を隠して生きることを選んだらしい。
その均衡を崩したのが――
私の兄、名竹鏡夜。
今世、兄は“かぐや姫” として覚醒してしまった。
私たちは今、わずかな手がかりを頼りに消えた五家を探している。
***
「でね、同じクラスに藤原光輝って子がいてね」
「フジワラ? “蓬莱の玉の枝” だっけ?」
兄はスマホを取り出して検索を始めた。
「あぁ、これか。藤原不比等ね」
「名前だけで辿るのも危ないけどね。“藤原”姓なんて、加藤とか佐藤とかもあり得るわけだし」
夕夜が冷静に言う。
「でも私は可能性は高いと思うよ」
「ハナちゃん、なんで?」
「すっごい美少年なんだよ。綺麗な金髪で王子様みたいで」
「……へぇ」
兄は興味なさそうに流した。
夕夜も冷めた視線を向けてくる。
「お父さんは元俳優なんだって」
「元って、今は?」
「ほぼ引退してるみたい」
「何で? 不倫? クスリ?」
「不祥事とかじゃないみたいだけど……きっかけは結婚かな。ほら、当時は『藤原ショック』って言われてたくらい人気俳優だったらしいよ」
「ふぅん」
兄が後ろからスマホの画面を覗き込む。
「藤原に可能性があるとしたらそこなんだけど。なんだと思う?」
夕夜が兄に訊ねる。
「幻覚……いや記憶操作か? 単純に魅了とか」
「え? 何の話?」
「「藤原家の能力」」
二人の声が揃った。
「の、能力?」
「能力使って俳優として売れてた。けど、子供に霊力が引き継がれて失ったってとこか」
「うん、俺もそう思う」
「だとすると、力に固執してそうだな。息子に引き継がれてればいいんだけど」
「どういうこと?」
「霊力自体は子供に勝手に移る。でも使い方は親から子に引き継ぐんだよ。儀式でね」
「じゃあ」
夕夜に視線を向ける。
大伴家も〈五家〉の一人だから……
「俺も父さんから “龍の首の珠” の使い方を教わってる」
「そうなんだ……」
「まあ、その辺は会ってみれば分かるでしょ」
「だな」
兄がニヤけながら私を見る。
「で、王子様がなんだっけ?」
「……いえ、別に」
「ハナちゃん、イケメン好きだもんね」
もうやめてほしい。居たたまれない……
……よし。
明日は絶対に、藤原光輝に話しかけよう。
***
「なんで二日目からサボってるの……」
放課後、私は机に突っ伏した。
朝から姿の見えなかった藤原光輝は、結局この日登校しなかった。
どうやら無断欠席らしい。
まさか……兄と同じタイプがもう一人いようとは。
「ねぇ、サボってるって藤原光輝のこと?」
顔を上げると、男子が私を覗き込んでいた。
明るい笑顔が爽やかな青年だ。
自己紹介で名前は聞いたはずなのに、思い出せない。
「いや、なんでもありま……」
「名竹さんも藤原光輝に興味あるの? 意外だな」
私の何を知ってるんだろう。
とりあえず、当たり障りなく笑ってやり過ごす。
兄のこともあるし、学校ではあまり目立ちたくない。
「今度あいつも誘うからさ、みんなで一緒に遊ぼうよ。RINE教えて?」
慣れた感じでスマホを差し出してくる。
これが陽キャか。
これって断ってもいいのかな。
でも今さら断れないか。
戸惑いながらスマホを取り出しかけた、そのとき――
「だめだよ」
後ろから声。
私のスマホを隠すように大きな手が被さる。
夕夜だ。
「ごめんね、こいつはだめ」
そう言って私に差し出されていたQRコードを、自分のスマホで勝手に読み込んだ。
「梶涼介、ね」
「えっ?」
陽キャ君は手元のスマホに視線を落とす。
「あ、えぇと……大伴夕夜?」
どうやら無事にフレンド登録されたらしい。
「俺、だいたい華の近くにいるから、用があるなら俺に連絡してくれる?」
「えっ?」
梶君は困惑している。
「あ、彼氏?」
「違うけど」
「え? 違うの?」
驚いた梶君は助けを求めるように私の方を見る。
気持ちは分かるが、見られたって困る。
確かに彼氏ではないのだから。
私は苦笑いで頷くしかなかった。
「え、じゃあ大伴君は何なのさ?」
「強いて言うなら……代理人?」
夕夜が首を傾げる。
梶君にも、周囲のクラスメイトにも「?」が浮かんでいた。
「まぁ、たぶん梶を守ることにもなるから」
確かに。
鏡夜の脅威を知る由もないクラスメイトには夕夜がちょっと危ない奴に思えただろうが、もっと危ない奴を私は知っている。
「うーん。なんか良く分かんないけど。じゃあ、遊ぶときは大伴君に連絡するわ」
梶君は笑いながら夕夜の肩を叩いた。
そん時は一緒に来てよ、と私にも笑顔を向ける。
梶君、ただのいい人だった。
彼はそのまま肩を組んで、夕夜を連れて行った。
「へぇ、あれで彼氏じゃないんだ」
振り向くと、隣に黒髪ロングの美少女が立っていた。
白い肌に薄っすら色づく頬。
まさに私のイメージする“かぐや姫“そのものだ。
なんて可憐でかわ――
「ねぇ、めっちゃカッコ良くない? 夕夜君」
……あれ?
「顔は天音のタイプじゃないけど、あのクールな甘さはいいね」
思ったよりギャルだった。
そして夕夜がクール?
あの人、魚を投げつけてくるけど。
思わず言ってしまいたくなる。
「名竹さんだよね? 今度、天音にも夕夜君を紹介してね」
それだけ言うと、返事も待たずに彼女は去っていった。
みんなに挨拶をしながら教室を出ていく彼女に、視線を向けているのは私だけではなかった。
とにかく可愛い。
「華?」
戻ってきた夕夜が私の視線の先を追う。
「誰?」
「クラスメイトの天音さん? 夕夜のファンだって」
「え、無理」
「なんで? すっごい美人さんだよ」
「なんか、雰囲気が鏡夜に似てる」
「……夕夜ってかわいそうだよね」
「何が?」
夕夜が感じていた、その違和感の意味を。
――それを知るのは、もう少し先の話。




