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第1話 入学式にいない兄

 

 初めての戦闘を終えたあと。

 月明かりに照らされた桜が、夜道を静かに散っていた。


「夕夜は今日はどうする?」


「そっちに泊まろうかな」


 さっきまで戦ってたとは思えないくらい、夕夜は涼しい顔をしている。


「なんかその会話やらしぃよね」


「えー、夕夜ほど健全に言える人いないでしょ」


「……俺のこと何だと思ってるの?」


 ――兄よりも兄みたいな存在。


 大伴夕夜(おおともゆうや)は、両親のいない私たちがお世話になっている家の一人息子。

 小さい頃からずっと一緒で、この春から兄と二人暮らしを始めてからも、毎日うちに来ている。

 

 部屋に着くと、夕夜は当然みたいな顔で上がり、そのまま兄と洗面所へと向かった。


「あ、待って。夕夜」


「何?」


「制服汚れてるよ」 


 新しいブレザーの裾が、さっきの戦闘で土だらけだった。


「華の方がひどいけど」


「え? 本当だ!」 


 ブレザーどころかスカートまで泥だらけだった。


「入学初日だからって、二人ともはっちゃけすぎ」


「今すぐ洗えば乾くかな。え、破けてないよね?」


 慌ててブレザーを脱ぐ。


「ちょっと、華」 


 スカートに手をかけたところで夕夜が私の手を止めた。


「さすがに俺がいないところでやってくれない?」


「スパッツ履いてるし大丈夫だよ?」


「俺が大丈夫じゃない」


「……それはさすがに色気ないよ、ハナちゃん」


 仕方ないと兄が手をかざす。するとブレザーもスカートも、朝着たときみたいに綺麗になった。

 兄は、これくらいなら月の霊力で簡単にやってしまう。


「おぉ、すごい!」


「今度からユーヤの前で脱がないようにね」


「はぁい」


「分かってんのかな……ね、ユーヤ君」


「……分かってないでしょ」



「でさぁ、入学式どうだったの?」


 リビングに戻ると、兄はソファに寝転び、夕夜は窓側の1人掛けソファに腰掛けた。

 いつの間にか、そこが二人の定位置になっている。


「入学式からサボる奴がいるから騒ぎになってたよ」


 夕夜が冷めた視線を向ける。


「はは、ウケるね」


「笑い事じゃないよ。中学と違って退学もあるんだから、ちゃんと行きなよ?」


 そう、兄は中三から不登校と停学を繰り返している問題児。

 まさか入学式に行かないという選択をするとは思わなかったけど。


「俺、どうせハナとクラス違うんでしょ?」


「まぁ、兄妹で一緒にはならないよね」


 それはもう、確定事項だ。


「ユーヤは?」


「私と一緒のC組だよ!」


「えー、ずる。なら本当に行く必要ないな」


「行く必要はあるでしょ。そもそも、お前がいなきゃ話にならないよ」


「初日から休んじゃったから、もう行きにくいし」


「バイトかよ」


 夕夜が呆れたように返すと、兄はへらへらと笑った。


「あ、そういえば同じ中学の林さん、鏡夜と同じB組だよ」


「お前のせいで教頭の怒り、全部林に向いてたけどね」


「なにそれ、ハヤシさんカワイソ」


「夕夜がフォローしたから大丈夫だよ」


「あらあら。それはユーヤ君に惚れちゃうね」


 夕夜が少しだけ眉をひそめた。


「明日はオリエンテーションだし、まだ間に合うから一緒に行こうね」


「えー。一人じゃ教室の場所分かんないし。移動のたびにユーヤに聞くのもダルいんだけど」


「いちいち来ないでよ。友達にでも聞けば?」


「俺、友達いないし」


「学校来なきゃできないでしょ」


「友達ってどう作るの?」


「たぶんお前には無理。すぐ殴るし」


「じゃあ、どうしろってんだよ! 聞いてんだから教えろよ、役立たず! この雑ぁ魚!」


 あ、逆ギレした。

 兄は夕夜の胸ぐらを掴む。


水鏡みずかがみ――鱗珠うろくず


 夕夜は兄を睨んだまま静かに呟き、魚を呼ぶ。


「はは、無駄」


 兄が楽しそうに手を払うと、一瞬出た魚影はすぐ水と霧になって消えた。

 力の差は歴然だ。


「もう、魚出すならケンカは外でやってくれる?」


「ごめんごめん」


 夕夜をからかって満足な兄は再びソファに寝転び、夕夜はため息をついてソファに戻った。


「そういえばさ」


 だらける兄に、夕夜が視線を落とす。


「初日から華を狙ってる奴もいたから、お前も学校にいた方がいいよ?」


 え、狙われてる? 私が?


「それはユーヤ君に頼んであるでしょ? 言っとくけど、ハナに虫ついたら相手もユーヤも半殺しだからな」


「何でだよ……」


 夕夜がこちらを見る。


「華は、今日の気づいてた?」


「何を?」


「帰り、軽そうなヤツが華に話しかけようとしてた。俺がいたからやめたみたいだけど」


 じっと見られる。

 ……なぜか怒られている気がする。


「はっ?」


 床に座っていた私を、兄が抱き寄せる。


「マジでそうなの、ハナ?」


 私は首を振った。

 そんなことあったかな?


「ほらね、分かってない」 


 夕夜が呆れたように笑って私を見る。

 その視線が、まだ見慣れない髪色のせいか大人っぽく見えて、すこしだけドキッとした。


「もうしっかりしてよね、ハナちゃん」


「大丈夫だよ、夕夜もいるし」


「俺の話、聞いてた?」


「でもさ、ユーヤ君にも気をつけてね。こういう奴が一番危ないんだから」


 兄は私をぎゅっと抱きしめ、夕夜を睨む。


「えー、夕夜が?」


「そうだよ」


 夕夜が薄く笑った。


「俺にも、あんまり無防備でいないでね」


「へ?」


 その表情が、少しだけ知らない男の人みたいに見えた。

 思わず目を逸らす。

 その先で兄と目が合った。


 私の顔を見て、兄は眉に皺を寄せて動きを止める。


「ねぇ、ユーヤ君……本当に手を出したら次は殺すからね?」


「……分かってるよ」


 夕夜がため息を吐く。


「だから、お前が学校に来れば全部解決するって話」


「そ、そうだよ。鏡夜も明日は一緒に行こうよ? ね?」


「えー、やだ。行かなーい」


 兄を揺さぶりながら焦る私を見て、夕夜がくすっと笑った。


 ひとしきり騒いだ後、兄が思い出したように口を開く。


「で、五家(ごけ)の人間は見つかったの?」


「いや、今日の時間じゃ無理」


「一人も? 悠長だねぇ」


「こっちはお前みたいに霊力を感知できないんだよ」


「ははっ」


 他人事みたいに兄が笑う。

 本当は兄が動けば早いのに、当の本人のやる気がない。


「来年にはさ」


 兄が笑う。


「俺は月に帰っちゃうよ?」



 

 “かぐや姫”の物語と同じように、兄にも月から迎えが来る。


 そして――。


 それを止められるのは、〈五人の貴公子〉だけ。


 ――そう信じて疑わなかった。



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