第45話 夕夜の元カノって?!
「で、あんたは大伴君の何を忘れてるの?」
斎藤さんにもらったタオルでおでこを冷やす私を無視して、藤原君は話を続ける。
「それが分からないから、相談に来たんじゃん」
「……俺に分かるとでも?」
頬杖をついて、呆れたように見上げられる。
「頭脳班の力でなんとか」
「……忘れてると思ったわけは?」
向けられた藤原君の視線から逃げる。
俯いたまま答える。
「ひどい女って、言われた」
一瞬だけ空気が固まって、でもすぐに藤原君が吹き出した。
「ふっ、大伴君が? それ言ったの?」
藤原君は肩を震わせている。
斎藤さんまで目を逸らす。
「たぶん、夕夜と水族館に行ったんだと思う。でも覚えていなくて」
「あー、それは……言う、ね」
息を漏らしながら、藤原君が言う。
全然笑い事ではないのに。
「……で?」
「で?」
「それの何が問題になってるの?」
「え、いや。ほら、忘れてるし? “羽衣” に関係あるかなって」
「大伴君に思い出せって言われたの?」
「ううん」
――むしろ、それさえも受け入れられている。
「思い出せたら、二人は何か変わるの?」
「え、いや……」
もう夕夜を――好きだし。
それに夕夜も……たぶん、変わらないと思う。
昨日のはそういうことを言ってたんだと思う。
「何が問題?」
「は?」
「原因探すなら手伝うけど、悩み相談は領分外」
冷たく言い放ちながらも、藤原君の顔は笑っている。
「このままでも、いいのかな?」
「俺を答え合わせに使わないでくれる?」
そう言って、藤原君はパソコンに向かった。
何も解決していないのに、なぜか胸の支えが少し軽くなった気がした。
部屋にはキーボードの音だけが響く。
「……ありがとう、神様」
「ああ、そう言えばさっき頭打ってたね」
「私、藤原君の恋も応援するからね!」
「脳にダメージ入ってるね」
「ねぇ。藤原君って、気になる子とかいないの?」
キーボードを叩いていた藤原君の指がぴたっと止まる。
――えっ?
この反応は……
顔を見合わせた斎藤さんも、少しびっくりしている。
「……いるね、気になる子」
そう言って振り向いた藤原君の笑顔は、恋とか愛とか可愛いものでは無かった。
「榊天音。めちゃくちゃ気になってる」
額を押さえているのに、口元だけが愉しそうに歪んでいる。
「仲、取り持ってよ」
「え、あ……天音さんのどこが?」
一応、聞いとく。
「榊家、無貌と繋がってるよ」
「え?」
「昨日、榊家は儀式をしていた。偶然じゃない」
「榊家と無貌が?」
藤原君がキーボードを叩く。
「さすがに奥宮の映像は取れなかったけど」
目の前の画面に香島宮の監視カメラと思われる映像が映し出される。
「授与所側のネットワークから拾えたとこだけ。本殿への出入りと……」
映像を早送りする。
何人かの神主や巫女らしき人影が忙しなく、夜の本殿を出入りする。
「あと、こっちは境内にあった5本の柱のうちの3本が映ってるところ」
もう一つのモニターに四分割になった映像を映し出す。
本殿以外は森と駐車場と歩道の映像。
「で、ここと、ここと、ここ。見てて」
それぞれ画面の隅、木に隠れてる部分を指した。
しばらくすると、その場所に一瞬の閃光が走る。
「光った?」
藤原君が本殿の映像を指さす。
「で、さっきの光からしばらくしての本殿。奥宮はこの辺」
藤原君が画面の端の、木々の頭だけが見えている辺りに指を置く。
そこに――。
細く繊細な光が天から落ちる。
「雷?」
「俺が名竹君に電話したのはこのタイミング。無貌の出現と同時刻」
「え、じゃあ」
「榊家が満月の夜にやってる儀式と無貌の出現がリンクしてる」
藤原君が薄く笑う。
「無関係ではなさそうでしょ」
「何のために?」
少しの間、黙る。
「榊家は“名竹の血”を狙う――呼び出された無貌は名竹を狙う」
独り言のように呟き、私をじっと見る。
けど、向けられてるはずのその目は合わない。
「一見、同じ側に見える。ただ――兄と妹で狙われ方が違った。常に狙われる妹。霊式発動時にのみ狙われた兄」
「えっ?」
「同じ“血”なのに、なぜ違う――なにか条件がある……」
藤原君の目は私といないはずの兄を見比べてる。
「“かぐや姫”と“帝”の差か……? いや、わざわざ“帝”を狙うか?」
リセットするように一瞬だけ首を振る。
「感情を奪う無貌……狙うのは“名竹の血”じゃない。“感情” ――いや“羽衣” か」
視線がやっと合う。
藤原君が微笑んだ。
「さあ、交換だ。名竹さんが持ってる情報、全部」
「え、交換?」
「相談料」
「領分外とか言ってたじゃん」
「解決はしたんでしょ」
笑顔を崩さない藤原君に気圧される。
「これってフェア?」
「じゃあ、俺に “渡した方がいい” って思える分だけでいいよ」
藤原君はすべてを見透かしたように笑った。
――たぶん、考えるだけ無駄だ。
私はもう藤原君の手のひらの中にいる――。
***
「鷹野、石上は始めから、“かぐや姫” の存在を知っていた。さらに鷹野はそれが名竹鏡夜だということも――」
「名竹鏡夜の変貌は ”かぐや姫の覚醒” から――」
「大伴君は変貌の理由を知っている可能性がある――」
私が迷いながら呟く内容を、藤原君が一つ一つ形にしてインプットしていく。
そのたびに藤原君の目が、答え合わせでもするように細くなる。
一時間くらい話をして私が一息をついたときだった。
「他にはない?」
「えっ」
「いま、俺に言っといた方がいいこと」
藤原君の挑発するような目が向けられる。
私は少し迷ってから口を開く。
「夕夜の……」
「大伴君?」
「元カノ、調べて欲しい!」
「……はっ?」
意を決して口にしたのに、藤原君の目には怒りに似た光が宿っていた。
思わずその視線から逃げる。
「あんた、まだ大伴君のこと信じてないの?」
「いや、信じてるんだけど、それとこれは別というか……」
「……」
「気になる⋯⋯」
呆れたようなため息が聞こえる。
「行ったんでしょ、水族館」
「えっ?」
「大伴君、適当な女と行く奴?」
顔を上げると、藤原君がいつもの訳知り顔で笑っていた。
「――えっ?」
藤原君はそのまま背中を向け、それ以上は何も言ってはくれなかった。
思わず隣に立つ、斎藤さんに顔を向ける。
斎藤さんも優しく微笑んだ。
――えっ?!




