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第44話 王子の作法

 

「どういうこと?」 


 夕夜の冷たく重い視線が突き刺さる。


「えと……だから……明日ね」


「明日?」


 夕夜が無表情で首を傾げる。

 ……怖い。


「藤原君の家に、行ってもいいかな?」


「……なんで?」


 本気で意味が分からない、みたいな顔をしている。


 私が説明に詰まっているのに、藤原君は後ろで我関せずと眺めていた。

 そして、ようやく腰を上げる。


「俺に相談があるんだってさ」


「学校じゃダメなの?」


「学校で俺と話してたら、名竹さんまた標的になるでしょ」


 夕夜の視線が戻ってくる。


「……相談って?」


「野暮なこと聞くなよ、大伴君」


 藤原君がニヤけて笑う。


「そんなの一つしかないじゃんね、名竹さん?」


「へ?!」


 ニヤけながら、その目の奥で合図を送ってくる。


「ゆ、夕夜。斎藤さんも一緒だから」


 夕夜の手を取って、握りしめる。


「ね、お願い」


 ――こ、小っ恥ずかしい。

 ほら、夕夜も視線を逸らしてる。


 やっぱり、ダメじゃん!

 藤原君のバカ!!


 夕夜の顔を見ていられず視線を下ろす。

 しばらくして小さなため息が聞こえた。


「……分かったよ」


 握っていた手を、握り返される。


「……信じるから」


「ありがとう、夕夜」


 一瞬だけ、夕夜がこちらを見る。

 すぐに目を逸らされて――


 ……なんか、拗ねてる?

 思わず、笑みがこぼれた。


「何?」


 夕夜が不機嫌そうに訊ねる。


「ううん」


「……なんの茶番よ」


 藤原君がため息混じりの呆れた声で呟いた。



 ***



「藤原君!」


「そんな大きな声じゃなくても聞こえるよ」


 ホテルのラウンジみたいな応接間に通された私は、こんな空間なのに足を組んでくつろいでいる藤原君の名を呼ぶ。


 広さと静けさのせいで、向かいにいるのに藤原君が少し遠くに感じる。


「で、聞きたいことって何なの?」


「藤原君から見て……私ってさ、“かぐや姫” だと思う?」


「……はっ?」


 藤原君の表情が崩れる。

 そりゃこんな質問されればこんな顔にもなる。

 それでも、そばで見守る斎藤さんは微動だにせず。


「なんか無貌に狙われてるし、能力出たし。そんな気がしてて」


「“かぐや姫” は名竹鏡夜でしょ」


「でもその鏡夜が何か隠してるし……夕夜も」


 藤原君がじっと私を見る。


「何見た?」


「鏡夜が影結びのときに『羽衣は動かさないから大丈夫』って夕夜に言ってて」


「羽衣?」


 藤原君がスマホを取り出して調べる。


「これか。月に帰るシーンで “かぐや姫” から感情を奪ってる……感情、か」


 スマホから視線を外す。


「無貌、羽衣……感情の欠落……」


 視線は私に向けられる。


「そうか。名竹さんのはそっちか」


 そう呟いたまま、黙り込む。

 私は藤原君の答えが出るのを待つ。


 けど、出てきたのは違う言葉だった。

 不意に立ち上がり、斎藤さんに目配せする。


「部屋行こうか」


「えっ?!」


「仕事部屋。俺の部屋じゃない」


「え、あ、うん」


「何、期待させた?」


 笑みを浮かべる藤原君に、私は慌てて首を振る。


「光輝」


 斎藤さんにたしなめられて、藤原君は顔を歪めた。


「冗談に決まってる」


「大伴君に報告します」


「好きにすれば?」


 藤原君と斎藤さんの間に静かな火花が散る。

 空気にハラハラしながらも、斎藤さんの存在に安心した。


 二人について行き、廊下の奥へ。

 あまりキョロキョロしないように藤原君の背中だけを見てついていく。


 一番奥にある部屋の扉が開く。


 ――そこはまさに、藤原君の “仕事部屋” だった。


 長いデスクに並ぶ3台の大型モニター。

 その前に2台のノートパソコン。

 右側にはスマホが何台も並んでいる。


 無駄のない配置。


 壁側にも機材が並び、夕夜が見たら喜びそうな光景だ。


「そのコードだけ気をつけて」


「うん」


 何かの途中なのか、一本だけケーブルが足元まで伸びている。


 いかにもな椅子に腰掛けると、くるっとこちらを向く。


「あ、この部屋椅子ないから適当に立っててよ」


「ふふっ。うん」


 あまりにも自然に言うから、思わず笑ってしまうと、斎藤さんが申し訳なさそうな表情を浮かべた。


 藤原君は目の前のキーボードに手を置いて、“竹取物語 羽衣” と検索をかける。


「まあ、それっぽい情報はないよね」


 適当なリンクを開いてそのまま放置した。

 こちらに向き直って足を組む。


「無貌に触れられた奴が感情を奪われるのは “確定”」


「うん。“愛” でしょ」


「それ恥ずかしいからやめてくれない?」


 冷めた目で、夕夜と同じようなことを言う。


「ここからはあくまで推測。物語通りなら “羽衣” も感情を奪っている」


「うん」


「名竹君の『動かさない』発言から、“何かしら形がある” ってこと――羽衣は、媒体だろうね」


「媒体?」


「“感情を奪う” 媒体かな。それを名竹さんか名竹鏡夜が持っている」


「私が?」


「さっきの続き――『名竹さんが “かぐや姫” か』っていうの。俺は、もう一人の説を推す」


「もう一人?」


「いるじゃん」


 藤原君が少しずれる。

 モニターに映る絵巻の中央に、羽衣をつけたかぐや姫を見て、涙を流す一人の男――。


「影の薄い重要人物」


「えっ、これって帝?!」


「そ。かぐや姫が地上に残ったなら、“帝” の血が名竹家に入っててもおかしくない」


「……考えもしなかった」


「“羽衣” は――かぐや姫か帝が持ってる可能性が高い」


 藤原君が意味深に口角を上げる。


「“帝”が、“羽衣”を?」


「心辺りない? ()()()()()()()()()とか」


「――っ! 藤原君、何か知ってるの?!」


「さあね。もし羽衣の干渉があるなら、そういうこともあるかもしれないって思っただけ」


 夕夜も兄も “羽衣” を気にしていた――。


「藤原君! 私! たぶん “羽衣” のせいで、夕夜のこと何か忘れてるの!」


 思わず藤原君に詰め寄る。

 そのとき、例のケーブルを踏む。


「いっ!」


 痛みにバランスを崩し、藤原君の方へ倒れそうになって――


 目の前に、藤原君のグレーの目が近づく。


 次の瞬間。


 私はデスクの端におでこを強打した。


「ったぁ!」


 藤原君は椅子を滑らせて、私を避けていた。


「そんなベタなこと、起こさせねぇよ?」


 私を一瞥し、そのまま何事もなかったかのように、ずれたモニターの角度を戻す。


 ――この王子、本当にひどい。


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