第43話 月下の花
「鏡夜――手、大丈夫そう?」
「ああ、あいつやるじゃん」
兄は奥で “特別授業” をしている藤原君と石上先輩に目を向ける。
私たちは無貌を見張りつつ、少し離れたところで木の根に腰掛けていた。
無貌は月を見上げたまま、動かない。
なんだか物悲しい、切ない光景だった。
「鏡夜」
夕夜が口を開く。
「もしかして霊力下がってる?」
鏡夜が鬱陶しそうに顔を歪めた。
「まあ、今はハナと半分コだからね」
「えっ?!」
――私のせい?
「違うよ、色んな要因が重なってる」
「どんな?」
夕夜が踏み込む。
兄は一瞬だけ視線を逸らした。
「……無貌が強くなってる」
「強く?」
「あの無貌。これまでは、俺一人で片付いてた」
「え?!」
「この場所には定期的にあの無貌が出る。同じ奴なのか、同じタイプなだけなのかは分からないけどな」
森の中で佇んだままの無貌を見る。
「ただ、あの挙動とこの毒は初めてだ。何かが変わってる」
「……五家が揃い出してることと関係は?」
「ないとは言い切れねぇな」
夕夜は兄の言葉に視線を落とす。
しばらくして藤原君と先輩が戻って来た。
「さあ、反撃開始だ!」
「だから待てって。先に作戦会議」
息巻く先輩とたしなめる藤原君。
どっちが先輩か分からない。
「で、どうなった?」
兄が二人に訊ねる。
「俺は毒魔法を手に入れたぞ!」
「だから違う。“作用” の話だって」
藤原君がため息を吐く。
「できんの?」
「自信はあるね」
「なんの自信だよ」
暴走気味な先輩に藤原君がげんなりしている。
「……まずは、近寄るところから」
藤原君が私たちの近くにしゃがみ、落ちていた木の枝で地面に三角形を書く。
「無貌ね」
それを丸で囲った。
「これが奴の手が届く攻撃範囲。未検証だからこれ以上もあり得る」
「藤原がやりたいことは?」
夕夜が訊ねると、藤原は口角を上げる。
「先輩の霊術をこいつの中に通せれば終わる」
「ラクショーよ」
「ただ外から当てると、こっちが感染する」
「でもあいつの毒くらいなら、俺が回復できる」
“くらい” って。
さっき兄、壊死してたんですが……
――あっ!
「もしかして! 鏡夜が無貌切ったときに感染したから、逆もできる?」
「正解」
藤原君が無貌の絵に斜線を入れてから塗りつぶす。
「あいつに霊力で傷を入れてからが、先輩のターン」
「なら俺がもっかい行こう」
鏡夜が立ち上がる。
「それはやめておいた方がいい。名竹君、自分でも侵食スピードを遅らせてたでしょ? 身体が免疫反応を覚えてる。次は一気に来るかもしれない」
「アナフィラキシー?」
夕夜が訊ねる。
「念の為ね。名竹兄妹は、俺と待機で」
「お前もかよ」
「だから今回は、大伴君と先輩」
藤原君が二人を見る。
「二人の攻撃は恐らく狙われない。霊式で速攻を決める」
「了解」
「任せろ!」
「ユーヤ君、ちょっと来て」
兄が夕夜を連れ出した。
何かを短く伝えている。
二人を見ていた藤原君が満足げに呟く。
「話が早くて助かる」
「よし! 今度こそ行くぞ、夕夜君!」
夕夜は返事をしないまま構える。
そんな二人を少し離れたところで見守る。
藤原君が隣に立つ兄に訊ねる。
「大伴君、霊力乗せられそう?」
「大丈夫、あいつあれで結構な戦闘狂だから」
「まあ、熱い男だよね」
兄と藤原君が笑い合う。
少しずつまとまり出した関係に、胸が詰まるような嬉しさを覚える。
「夕夜君って “魚使い” だったんだ。召喚系?」
「そのゲーム世界観持ち込むのやめてください」
「ほんなら、やっちゃってよ夕夜君!」
「タイミング外すなよ」
夕夜は先輩を一瞥してから構える。
「水鏡」
深く呼吸する。
「鱗珠っ!」
瞬間――
水を割って現れたそれは、人の背丈を軽く超えていた。
「サメっ?!」
「おっ、ちゃんと霊力の方もいけたな」
濃い藍色をまといながら、狂気を含んだ目のそれは躊躇なく無貌に食らいつく。
サメに食い破られ、無貌の身体が千切れる。
緑の光が、内部から漏れ出た。
無貌はすぐに再生を始める。
「行っちゃうよ!」
先輩の口角が上がる。
「玄兎――末枯零っ!」
パチンとなった指の先から黒いもやと共に現れた無数のうさぎの黒い影――。
一気に無貌に覆い被さっていく。
緑の光が、どす黒く侵されていく。
再生するたびに、その黒影が内側へと取り込まれていく――。
形を取り戻した無貌は――そのまま動かなくなる。
「え、だめだった?」
藤原君が口を開く。
「いや、大丈――」
「心配するなかれ! 俺の毒は致死確定! 死へのカウントダウンはもう始まっている!」
「だから違うって……」
無貌に指さして叫ぶ石上先輩に、藤原君は大きなため息を吐く。
「あんたの能力は治癒でも毒でもないんだって……」
月明かりに照らされ緑色に輝いている無貌の体の中心が徐々に黒く滲んでいく。
掠れるような声の漏れる音がして、無貌の身体が震え始める。
「え? 苦しんで、る?」
無貌のないはずの目から黒い液体が流れる。
空に助けを求めるように、無貌が月へ手を伸ばす。
溶けるように消えていく無貌の叫びに、みんなが言葉を失う。
天人の成れの果て――天に帰れなかった天人の叫び。
無貌が消えた後、静寂と一緒に何かがぽとりと落ちた。
緑色に光る、小さな石のような――どこか歪な形。
「なんか⋯⋯後味わりぃな」
近くにいた石上先輩が近寄って、それを拾おうとする。
触れた瞬間、それが先輩の胸に吸い込まれる。
「はっ?」
先輩の膝が崩れる。
「かはっ」
先輩が苦しみだす。
「先輩っ?!」
「げ、んと――っ!」
先輩がうずくまる。
その背中をさすることしか出来ない。
「く、すし、き」
周りに白いうさぎが何匹も現れ、順番に先輩の胸に飛び込んでいく。
「これ……体力回復だけ?」
藤原君が確認すると、先輩は苦しそうに頷いた。
一瞬で、藤原君の視線が兄へ切り替わる。
「回復で持たせてるうちに何か! 名竹君!」
「いや、俺より……」
鏡夜の視線が私に向く。
私が視線を受け止めると、鏡夜が頷いた。
私は一歩下がって呼吸を整える。
手を合わせ、指をそっと絡めた。
こんなの、ほとんど祈りだ。
「月華――綻毘」
先輩の足元に淡い桜色の光が広がる。
光は先輩を包むと、ほどけるように花びらとなって舞う。
周りにいたうさぎたちも光の粒に戻り、消えていった。
先輩は意識を失い、その場に倒れた。
けれど、穏やかな表情に戻っていた。
「華、大丈夫そうだよ」
夕夜が倒れた先輩を抱き起こす。
「良かっ――?!」
「華っ?!」
身体ががくっと落ちる。
さっきまでの感覚が、一気に抜ける。
「あ、あれ?」
重くて立ち上がれない。
「ああ、それ辛いよね」
そばに立つ藤原君が手を貸すでもなく、横目で私を見るとくすっと笑った。
くっ、この王子ほんと――。
兄に抱き起こされ、ベンチまで運ばれる。
「最初にしては上出来」
「えっ?」
「あれは救われたよ」
「無貌?」
兄が頷く。
「救われたの?」
「そ、良かったね」
兄は優しく微笑んだ。
「ねぇ名竹君。手伝ってあげてよ」
気を失った先輩を運ぼうとしている夕夜を指さしながら、藤原君がやってきた。
「お前が手伝えばいいだろ」
「俺、救護班でもないんだよ」
「ほんといい性格してんな」
「そんな褒めるなって」
駆け出す兄を見てくすくす笑いながら、藤原君は私の隣に座った。
本当に手を貸さないつもりらしい。
「名竹さん、“影結び”したんだ」
「うん、ここに来る前に」
「なるほど」
少しの沈黙。
お互い、何か出方を伺っているのが分かる。
少し待ってみたが、藤原君は足を組み、頬杖をついたまま夕夜たちを見ている。
「藤原君」
「何?」
私が切り出すと、藤原君の口角が上がった。
「……番号教えて?」
「はっ?」
藤原君の体勢が少し崩れる。
「内密にお話したいことが」
珍しく表情を崩した藤原君が私を見る。
「番号は無理」
「なんで? 女の子たちと交換してたじゃん」
「あれは捨て番だし、大伴君は裏切れない」
「いい “情報” あるんだけど?」
藤原君の視線がわずかに揺れる。
そして小さく笑った。
「……それ、俺に言うのは反則だな」
「じゃあ!」
「明日さ」
藤原君が流すような視線を向けてくる。
「うちおいで?」
藤原君が艶めかしく笑った。
――その笑顔に、私は正常な判断が出来なくなった。
第二章、華の覚醒編完結です。
ここまでお読みいただきまして、
本当にありがとうございます。
第三章からは華と夕夜に進展があったり、
鏡夜が青春したり、しなかったり⋯⋯、
藤原が藤原したり、しすぎたり⋯⋯。
ラブコメしつつ、月の謎にさらに近づいていきます。
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