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第41話 初デート?②


「え、これが “月下美人”?」


 サボテンコーナーの温室の片隅に、ひっそりと吊るされたそれを見上げた。


「……地味だね」


 夕夜がくすっと笑う。


 私が出しているあの白い花は『月下美人』――。

 そこまでは調べていたんだけど。


 目の前にあるそれは平べったくて、くたくたで、観葉植物にしても、ちょっと地味なくらいの葉っぱ。


「花の写真しか見てなかったから、こんなだとは……」


「まぁ、夜しか咲かないんじゃ展示向きじゃないよね」


「十分なポテンシャルはあるはずなのに」


 なぜか悔しさを感じてしまう。

 あの魅力的な花が、何でこんな雑な扱いなのか。


「なんか華みたい」


「それはどういう意味?」


「……別に」


「言って」


「……本気出せばやる奴だけど、から回ってる感じ?」


「それ褒めてる?」


 わざとらしく視線を外す。


「……綺麗だって意味だよ」


「嘘。そんなこと言うキャラじゃないでしょ」


「ははっ、たまには言うかもよ」


「言わなくていいっ!」


 ふざける夕夜に怒りながら――

 心に引っかかる。


「なんで、この花出せたんだろう?」


 花を出せるくらい、しかも年に数回、夜にしか咲かないような花をどこで見たんだろう。


 ふと視線を戻すと、夕夜は私を見ていた。


 あ、また。

 切なげで優しい眼差し――何かを隠してるときの顔。


 目が合うと、夕夜はいつもの表情に戻る。


 ――聞けない。


 なんでこんなに臆病になってしまったんだろう。

 知ってしまったら、夕夜がそばからいなくなりそうで怖い。


「華」


 こうやって名前を呼んでくれなくなるかもしれない。

 それなら、知らないままでいい。


 そう、思っていたのに――。


「今日の “影結び” さ……」


 夕夜が私の手を取る。

 何か言葉を選んでるように視線を動かす。

 けど、そのまま顔を伏せて黙り込む。


「夕夜?」


「いや……いいや」


 顔を上げた夕夜は、吹っ切れたように笑う。


「ごめん、なんでもない」


「え、気になるじゃん」


「なんか……」


 夕夜は私を見て、ふっと力を抜いた。 

 その顔は晴れ晴れとしていて、私の好きな優しい夕夜の顔だった。


「大丈夫だった」


「何が?」


「俺、しつこいから」


「……何が?」


 私が眉をひそめると、夕夜の眼差しが柔らかくなる。


「名前呼ぶね」


「え?」


「勝手に手も繋ぐし」


「なっ!」


「だから、いいや」


 夕夜がいたずらな笑顔を向けて手を引っ張る。


「な、なに?!」


「藤原いないなら、いいんでしょ?」


「……名前出すと出てきそうだからやめて」


 夕夜の笑顔に視線を逸らすと、そのまま手を引かれて歩き出す。

 繋がれた手を眺めながらついていく。


 ――聞かなきゃ、今。


「……夕夜」


「何?」


「あの、“青いイルカ” も?」


 夕夜が足を止める。

 一瞬空を仰いでから、振り向く。


「ね、しつこいでしょ?」


 夕夜が苦々しく笑う。

 その表情に胸が苦しくなる。


「私、何か忘れてる?」


 視線を落とした夕夜の手に、力が入った。

 少し間を置いて、俯いたまま小さく呟く。


「俺とのデート」


「え?」


「ひどい女」


 視線だけを鋭く上げてくる。


「えっ……」


 夕夜の口角が上がる。


「嘘だよ」


「へ?」


「焦った?」


「な、なに?」


「ただの “仕返し” 」

 

 ふざけるように首を傾げる。

 

「な、なんの?」


「さぁ……なんだろう」


 夕夜が遠くを眺める。


「もう……俺も忘れたよ」


 そう呟いた夕夜の表情は穏やかだった。


 夕夜と手を繋いだまま再び歩き出す。


 このままでいたいのに――

 このままでいいのかと、甘い香りの中で揺れていた。


 そのまま歩いているうちに辿り着いた場所で、気がつけば鳥や動物と遊んでいた。

 声を出して笑う夕夜につられて、ただ楽しくて、本来の目的も忘れていた。


 慌てて入ったドーム状の温室で、いい感じのツルの植物を見つけて、夕夜にインプットのコツを教えてもらいながら、それを目に焼き付ける。


「頭の中で作れたら、どうやって使うかイメージしてみて」


「えっと、“ぶら下がってターザン”?」


「あ、そっちなんだ……」


「え?」


「いや、使うときがあるといいね」


 夕夜が目を逸らした気がした。


 そんな、いつもの距離。

 ――いつもより近い距離。


 離れても何度も繋がれる手に安心して、そして怖くなる。


 これに慣れてしまったら――

 きっと、もう戻れない。



 そんな不安を抱えたまま、"影結び" を迎える。


 待ち合わせ場所の竹林――。


 月明かりの下、鏡夜が立っていた。

 私たちに気がついて視線を向ける。


「楽しかった?」


 繋いでる私たちの手元を見て、小さく笑う。


「無貌が来る前に終わらせよう」


 そう言って満月を見上げる。


 夕夜が一回だけぎゅっと手に力を込める。

 そして、そっと手を離した。

 指先に温もりだけが残る。


「大丈夫だよ、ユーヤ君」


 兄が夕夜の背中に言う。

 夕夜は半分だけ振り向く。


「“羽衣” は動かさないから」


 ―― “羽衣”?

 

 何も言わない夕夜と聞き慣れないその言葉に、胸がざわつく。


「ハナ、おいで」


 手を差し出される。

 でも緊張で手がすくむ。


 ――なんか怖い。


「大丈夫、何も変わらないよ」


 不安を見透かしてるように鏡夜が微笑む。


 鏡夜の手に、そっと触れる。


 ひんやりとした水のような感覚が、重なった手のひらに溢れ出てくる。


「これが“名竹”の月霊力(つきれいりょく)


 鏡夜が優しく呟く。


月霊式(つきれいしき)の言霊は“月華”。月霊術(つきれいじゅつ)の名は“綻毘”」


月華げっか――綻毘ほころび……?」


 呟いた瞬間。

 足元から、淡い桜色の光の粒が花びらのように舞い上がる。


 花びらの風は――鏡夜を包み込む。


「っ……!」


 鏡夜の顔が歪む。

 そして、膝をついた。


「鏡夜?!」


 意識が逸れた瞬間、光は消えた。


「危ねぇ、奪りにきやがった」


 低く、吐き捨てるように笑う。


「えっ?」


「鏡夜」


 夕夜が心配そうに駆け寄る。


「大丈夫だって言ったろ、ユーヤ君」


「そんなことより、お前は平気なの?」


「は?」


「そうだよ、鏡夜。身体痛むの?」


「なんだよ、それ……」


 兄が視線を逸らす。


「ははっ……参ったな」


 兄は片手で額を押さえながら、眉を寄せて笑った。


 その時、夕夜のスマホが鳴った。


「藤原?」


 名前を呼びながら、電話に出る。


「どうしたの?」


 電話口の向こうで藤原君の微かな声が聞こえる。

 夕夜がスピーカーにする。


「名竹君。今、無貌出てる?」


「あ?」


 兄が立ち上がって、空を見上げる。


「ああ、音田山(おとだやま)方面だな」


「了解」


 そう言って電話が切れた。


「あ?! なんだ、こいつ……俺を使いやがった」


 私も夕夜も顔を見合わせて、苦笑した。


「さて、俺たちも行くか」


 鏡夜と夕夜が、満月を睨む。

 さっきまでの空気が、嘘みたいに消えていた。

 

 ――だから胸に残るざわつきも、今は押し込めた。


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