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第40話 初デート?①


「……朝からなに見てるの?」


 リビングに入ってきた夕夜が、真剣にアニメを見ている私に呆れた眼差しを向ける。


「は●かっぱ」


「……そう」


「意外と勉強になるんだよ」


「……そう」


 冷蔵庫からペットボトルを取ってきた夕夜が隣に座る。

 無表情でテレビを眺めている。


 エンディングが流れると、それを待っていたかのように顔を向ける。


「今日、暇?」


「え、うん。勉強以外は用ないよ?」


「植物園行こうよ」


「え?」


「本物見た方が早いでしょ」


「確かに」


 アニメや図鑑で見てもきっと本物は出せない。

 夕夜みたいに自分で見に行かなければ、役立たずのままだ。


「なんか見たいのある?」


 夕夜がスマホに視線を落とす。


「うーん、パッと思いつくのはサボテンとツル系?」


「色気ないね」


 小さく笑いながら、指を動かす。


「じゃあ温室あるし、ここでいいか。9時に出発ね」


「分かった」


 夕夜が時計を確認する。


「半から15分で」


「うん、分かった」


 洗面所を使う時間。

 夕夜は毎回律儀に伝えてくる。

 昔からずっと変わらない。


「あいつ、起きるかな……声かけくる」


 夕夜がまだ寝てるであろう兄の部屋に視線を向ける。


「え、二人で行くかと思ってた」


 そう言うと夕夜の方が驚いた。

 だから、急に恥ずかしくなる。


「違くてっ。鏡夜、絶対興味ないだろうから」


「あ、まぁ……だね」


 夕夜が少しだけはにかんで視線を外す。


「一応、声かけとく」


「うん」


 はしゃいでるみたいで恥ずかしい。

 兄の部屋に入ってく夕夜を見送ってから、部屋に駆け込んだ。



 ***



 洗面所でメイクをしていると、眠そうにあくびをしながら鏡夜が入ってきた。


「おはよう」


「はよ……」


「鏡夜も行く?」


 ポーチに化粧品をしまいながら、聞いてみる。

 じっと私を見てから、ポーチを取ると中を漁った。


「行くわけないじゃん」


 鏡夜の手の中には、いつか鏡夜からもらった口紅がある。

 顎を手で押さえられながら、丁寧に唇をなぞられる。


「二人で行ってきな」


 指で端を拭うと、満足そうに微笑んだ。


「うん、こっちの方がいい」


 鏡を見ると、いつもより血色のいい自分が映る。


「少し派手じゃない?」


「これくらいでいいんだよ」


「なんか、はしゃいでるみたいじゃない?」


「はしゃげばいいじゃん」


 笑顔を崩さない鏡夜に、口をつぐむ。


「髪もやってあげようか?」


「もう交代だからいい……こういうの、どこで覚えてくるの?」


「さあね」


 鏡夜がくすくすと笑う。


「今日は “満月” だからね」


 少しだけ、声が低くなる。


「うん、分かってる。早めに帰るね」


「せっかくのデートに悪いね」


「で、デートじゃない」


「久々じゃない? 二人で遠出って……」


 鏡夜が天井を見上げる。

 何かをなぞるように視線を動かす。


「あ――いや、初めてか?」


「う、うん。映画とか買い物はあるけど……」


 鏡夜が一瞬だけ優しい眼差しを向けた気がした。

 でも、すぐいつもの顔に戻る。


「楽しんでおいでよ、初デート」


 せっかくとかした髪をくしゃくしゃにする。

 それを怒りながら、部屋に戻った。


 ……初デート。

 鏡夜がそんなこと言うから、急に心臓が騒ぎ出す。


 でも――


 嬉しさの隅に、なぜかある違和感。


 壁にかけられた棚を見上げる。

 三つ並んだイルカのぬいぐるみ。


 おじさんに買ってもらったピンクのイルカ。


 この前、夕夜に貰った黒いイルカ。


 その間にいる――青いイルカ。


 いつからいたのか分からない。

 たぶん、夕夜は知っている。


 今日、聞けたら聞いてみようかな。

 でも、知ってはいけない気もする。


 玄関から響いてきた二人の声に、その違和感をそっと飲み込んだ。


 扉を開けると夕夜と兄が笑いながら話をしていた。


 なんだか今日の兄は機嫌がいいのか、穏やかな気がする。

 私が夕夜と二人きりで出かけるなんて言ったら、怒りそうな気がしたけどそれがない。


 私に気がついた二人が微笑む。

 なんか急に、この家でこの二人と住んでいることが、少しだけ現実味を失う。


「ハナちゃん、可愛い。夕夜から離れないようにね」


「華……」


 名前を呼ばれてドキッとする。

 夕夜の視線が手元のバッグに向く。


「参考書、持ってる?」


「えっ?」


「移動時間、結構あるよ?」


「え、勉強するの?」


「しないの?」


「……持ってきます」


「はは、真面目だねぇ」


 鏡夜が笑った。



 ***



「次の “丹波に出雲といふ所あり” は、場所の話から入って、ちょっとした出来事を書いてる」


 電車の中。

 連休中だけあって下り線でも人は多い。

 横並びで座った夕夜が顔を寄せて、小声で参考書を指さす。


「鷹野なら何がいいのかとか、何を感じてるかとか聞いてくるから、ここの部分ね」


「う、うん」


 髪が耳にかかってて、いつもと違う雰囲気。

 ふわっと爽やかな香り。

 近い距離で触れる低い声。


 全っ然、勉強なんか入ってこない。


「華?」


「な、なんか、違う人みたいで」


「は?」


「ゆ、夕夜が」


 思わず身体をのけぞる。

 夕夜が一瞬、目を逸らす。


「ああ」


 少し離れてくれる。


「鏡夜にいじられたから」


「夕夜も?」


「あいつが一番はしゃいでるよね」


 夕夜が笑う。

 その笑顔がまた胸に刺さる。


「華もやられたの?」


「うん。い、いや! 断った」


 いつもより派手な口元に気づかれたくなくて、嘘をついた。


「でも」


 夕夜が顔を覗き込んでくる。


「……なんか、今日違うね」


 確かめるように向けられた夕夜の視線が口元に落ちて、すぐに逸れた。


「なっ?!」


 思わず口元を押さえる。

 参考書が足元に落ちる。


 ――鏡夜のバカ!

 余計なことするから!


 一瞬だけ私の顔に視線を戻すと、ふっと笑う。

 そのまま参考書を拾い上げた。


「続き、しようか」


 そう言って視線を逸らされたまま、参考書を渡される。

 夕夜も自分の参考書を取り出して、読み始めた。


「夕夜も勉強? 課題テストくらいなら余裕でしょ?」


「俺は……鏡夜に勝たないとだめだから」


「鏡夜に?」


 何も言わずに、じっと私を見る。


「あいつ、何でも出来るからね」


「でも、人としてはちょっと残念だよ?」


 夕夜が可笑しそうに笑う。


 そのあとも――

 たまに流すような視線を向けられるたびに、私は呼吸を忘れた。



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