第33話 歩くだけのイベントで④
「藤原君」
「何? 名竹さん」
玲香と先生、夕夜を担いだ兄が前を並んで歩いている。
その少し後ろを、藤原君と歩く。
「私は、藤原君に鏡夜を連れてきてってお願いしたんだけど?」
「思ったよりも名竹君たちが先に行ってたからさ。瀬戸さんたちに手を入れたあと、ついでに呼びに行ってもらったんだよ」
悪びれもなく笑う。
「大丈夫、無貌のことは忘れてるよ」
「藤原君にも忘れて欲しいんだけど……できる?」
「やだよ、一生言ってやるよ」
意地悪く笑う。
「またそんなこと言う……」
よりによってこの男に見られたなんて。
顔を覆う。
「でさ」
藤原君が私を覗き込む。
「俺外した理由、聞いていい?」
顔を上げて、藤原君を見る。
怒ってるというより、面白そうなものを見つけたみたいな目をしている。
「……藤原君」
前にいる夕夜に視線を向ける。
「夕夜にも、手を入れたでしょ?」
一瞬だけ、間が空いて――
藤原君はわずかに目を逸らす。
「まだ他人だったときね」
「でも、必要なら誰にでも使うよね?」
「まぁ。必要、ならね」
「……そういうとこだよ」
私は小さく息をついた。
「それで鏡夜が許すと思った?」
少しの沈黙。
そして藤原君はふっと笑った。
「なるほど。そこか」
藤原君は私を見て、一瞬だけ何か言いかけた。
けどすぐにその視線は鏡夜に向けられた。
「そこは見誤ったな」
「鏡夜はあれでも夕夜のこと大好きだからね」
「そのデータはなかったよ」
藤原君が小さく笑う。
「……保健室の名簿?」
「名竹君に聞いてないの?」
「鏡夜が言ったわけじゃないよ」
ただ、兄が始めに藤原君に見せてた敵意を考えたらそう思っただけ。
藤原君が肩をすくめた。
「……大伴君が五家かを確認するために、名簿の場所を見せてみた」
……やっぱり。
あのとき上手く行きすぎていた。
夕夜も、気づいていると思う。
……藤原君の手が入っていたことに。
「まぁ、あのときはあんたもいて驚いたけど」
藤原君は口角を上げた。
「俺は、二人と仲良くなれて良かったと思ってるよ?」
「……それは、ずるいよ」
「知ってる」
少しだけ笑う。
藤原君は前にいる夕夜たちを見ている。
「……私も、言ったでしょ? 藤原君を信じてるって」
「それも知ってる」
いつもの訳知り顔で、いたずらっぽく笑った。
そして、小さく息を吐く。
「そこまで読めてるのにさ、なんで自分のことは分かんないんだろうね」
「何か言った?」
「いや、何も?」
「嘘。絶対に悪口」
「えー、さっそく信じてくれてないじゃん」
お互いに笑い合う。
「お前らさぁ」
夕夜を抱えながら、前を歩く鏡夜が振り向く。
「そんな仲良くしてると、そろそろユーヤ君が妬いちゃうよ?」
「……お前、マジ黙れ」
夕夜が掠れた声で兄を怒る。
「ははっ。ユーヤ君、焦ってる」
「……うるさい」
「コーキに取られちゃうよ?」
「ねぇ。それ、俺が駆け引きに使われてる感じ?」
「ちょうどいいじゃん」
煽るような兄の視線を藤原君もまた愉しげに受け取る。
「で、どうする?」
猫みたいなグレーの目を流すように私に向けて距離を詰めてくる。
「俺、使えるらしいよ?」
「へっ?」
覗き込んできた藤原君の笑顔に空気が止まる。
夕夜がわずかに視線を向けて、すぐに逸らす。
「え、えと?」
藤原君がふっと笑う。
「名竹さんに駆け引きは向いてないね」
一歩離れる。
「そのタイプじゃない」
「なんだろう、かっこいいのに藤原君には全然ドキドキしない」
「だよね」
「私はしかといただきましたよ」
玲香が親指を立てる。
藤原君は嫌気が差したように、呆れた眼差しを投げつける。
「金取るよ?」
「いくらでも課金するよ」
「……この人、ほんと話通じない」
「お前ら、元気だな……」
先生も呆れている。
「そんな飛ばして連休中に倒れんなよ。明けに課題テストあるからな」
先生が振り向く。
「特に名竹妹」
「え、私?!」
「お前、全然授業聞いてねーだろ」
え、だって先生かっこよすぎ問題が難問すぎて。
「言っとくが、小テスト落としてるようじゃ危ないぞ」
「えぇ!」
そんなの今言われたって。
「……ハナちゃん、いつも夕夜と勉強してるの何なの?」
「いや、悪いの古典だけだから! それに言語文学は小説でカバー出来るし!」
「ほぅ? 俺の授業に問題がある、と?」
「授業じゃなくて……その……」
みんなの視線が痛い。
「華、一緒にやろう」
玲香が抱きしめてくる。
「うぅ。ありがとう、玲香」
***
やっと山を降りた。
「先に車に乗ってろ」
だいぶ遅れを取った私たち。
ちょっとズルだけど、先生が途中まで乗せてくれるらしい。
「瀬戸、お前の班はどのルートだ?」
「あ、ええと……」
私たちは後部座席に乗り込む。
「はぁ……ユーヤ君、マジ重すぎ」
兄が夕夜を雑に放り込む。
「ちょっと! 大丈夫、夕夜?」
「ねえ、あんたは出来ないの? 石上先輩みたいな “治すやつ”」
藤原君が兄に訊ねる。
「あんま得意じゃねえな。“治癒” は別格だよ。それに、あいつもいるし」
兄は鷹野先生に視線を向ける。
「怪しいとこある?」
藤原君が訊ねる。
「いや、今のところは」
「……無貌が出たときは?」
「身体、というより霊力が反応してたな……あれは慣れてるな」
「なるほど」
「お前は? 何か気になったか?」
「そうだね」
少し考えてから、藤原君が私と夕夜を見る。
「仮面無貌もそうだけど、あれだけの雷鳴ってて二人がノーダメなのが気になる」
藤原君が目を細める。
「なんか自然じゃないよね?」




