第30話 歩くだけのイベントで②
「名竹さん、ごめんなさい」
「あと、ありがとう」
須藤さんと篠田さんに呼び出された私は、何のことだか分からず戸惑っていた。
「え、どうしたの?」
「名竹さんの噂、全部を信じてたわけじゃないんだけど、あんな態度とっちゃって……」
「なのに教室に保護者が入って来て。私たちが言いがかりつけられてるときに、間に入ってくれたでしょ?」
「え、何のこと?」
後ろでふっと空気の漏れる音がした。
振り返ると藤原君の肩が震えている。
デジャヴ。
絶対こいつだ――。
「ずっと謝りたかったんだけど、話しかけづらくて」
「あ、そう……なんだ」
「「ごめんね」」
正直混乱している。
「また仲良くしてくれると嬉しいな」
「うん、それはこちらこそだよ」
「あ、あとね」
須藤さんが顔を赤らめる。
「私、大伴君に告白して振られてるの」
「えっ!」
何、待って。
そっちの方が衝撃なんだけど。
「名竹さんのこと応援してるから」
それだけ言って去っていく二人の背中を見送る。
「丸く収まって良かったね。“おまけしといた” って言ったでしょ」
あぁ、なんか言ってたかも。
「ありがとう? ……なのかな」
誤解から始まって、誤解で終わったせいか、何をどう喜んでいいのか分からない。
けど少しだけ、わだかまりが解けたようでほっとしていた。
「ねえ、藤原君……」
藤原君が視線だけを向けてくる。
どうしても気になってしまう。
「夕夜ってヤバくない?」
「何が?」
「まだ入学して一ヶ月だよ?」
「……恋愛は早い者勝ちだよ?」
確かに。
「俺はむしろあんたたちの方が心配だよ」
ため息交じりに言う藤原君に頬が緩む。
「藤原君て、実は優しいよね」
「はっ?」
褒めたのにすごい嫌な顔をされて思わず笑ってしまう。
そこで気づく。
あれ。
藤原君と二人きりだ。
「あ! 私行かなきゃ」
「?」
「あ、えと夕夜が呼んでて」
「大伴君が来れないから俺が呼ばれたんでしょ?」
「そうなんだけど、戻ろうかな」
一歩、後退りをすると、藤原君の口角が上がった。
「へぇ」
あ、この見透かしている目。
「大伴君……いや名竹君の方、か」
こちらの魂胆なんて丸わかりだとでも言いたげ。
「私は! 藤原君のことは信じてるよ」
でも、ここは……。
一度、退避!
振り向いてダッシュで駆け出した、そのとき。
ドンっ、と視界が傾く。
「あっ」
この匂いは――。
どさっと衝撃。
「……ごめん、夕夜」
勢いのまま、夕夜に覆い被さるように倒れ込んでしまった。
夕夜は片手で身体を支え、もう一方で私を庇ってくれている。
「大丈夫?」
「……いいから、どいてくれる?」
「あ、ごめん!」
慌てて立ち上がる。
「大伴君、大丈夫? 手首ついたでしょ」
「えっ、嘘!」
身体を起こす夕夜に手を伸ばす。
夕夜がそれを遮って顔を背ける。
「大丈夫だから……ちょっと待って」
「えぇ、痛む?」
「名竹さん、察してやれよ」
藤原君がニヤつきながら夕夜に手を貸す。
「藤原……」
夕夜が藤原君を睨む。
「……名竹さん、タオルでも冷やしてきなよ」
「え、分かった! 持ってくる!」
「……平気?」
「……ヤバかった」
「だろうね」
***
「あ、夕夜大丈夫?」
戻ってきた夕夜にタオルを渡す。
「ありがとう」
少し視線を逸らしながら受け取る。
「大伴、転んだって?」
「いや……まあ」
やっぱり視線を逸らす。
「あー……瀬戸、代わってもらってありがとう。榊も」
「夕夜君が珍しいね、ドジするなんて」
天音さんがひょこっと顔を出す。
「いや、私が全力タックルしたからで……」
「華……」
夕夜が私の肩に手を乗せて項垂れる。
藤原君が薄く笑いながら、みんなに目配せをした。
「あらあら」
玲香が私を抱き寄せる。
「鏡夜様に報告しなくては」
「お前らほんと、イジるのやめて」
珍しく動揺している夕夜の肩を、藤原君が軽く叩いた。
「ほら、そろそろ行かなきゃ遅れるよ」
最後に残った私たちはやっと出発する。
薄暗い参道の下り坂を縦になって歩いていく。
「鏡夜はクラスの人といるの?」
夕夜が横に並ぶ。
「ううん、鷹野先生と歩くって」
「何それ、楽しそうだね」
「まぁ、たぶん女の子たちも一緒だろうけど」
「初日から相変わらずだね」
呆れたように笑う。
ちらっと夕夜を見上げる。
なんとなくいつもより離れている気がした。
一歩さりげなく近づく。
けれどいつのまにか、その一歩は離れる。
何度か繰り返す。
やっぱり距離を取られてる――?
なに?
昨日近すぎたのが嫌だった?
いつもそっちから来るくせに。
「……夕夜」
「何?」
「なんか離れてるよね?」
「え……」
夕夜はこめかみを掻く。
「やっぱり、わざと近づいてたんだ?」
「え?」
夕夜が一歩近づく。
「何か試してるなら、乗るけど?」
夕夜が私の顔を覗き込んで、意地悪な笑みを浮かべた。
「――っ」
「ねぇ、俺たちもいるの忘れてるでしょ」
「ふっ!?」
「大伴、やりすぎ」
玲香に引き寄せられる。
「大伴君、トリガー入った?」
藤原君がニヤけてる。
「……華が先に仕掛けてきたんでしょ」
なっ?!
少し不機嫌そうに呟いて、先を行く。
また黒夕夜……。
「……大伴グレてるね」
「夕夜君は普段が優等生すぎなんだよ、我慢しすぎ」
「で、抑えきれなくなったと」
藤原君が笑う。
「ところで天音さん。大伴君はいいの? ”榊” 呼び」
「夕夜君のは “華ちゃん割”」
「あぁ、そうなんだ。優遇されてるね」
藤原君がニヤけた視線を投げつける。
あの日から、夕夜は天音さんを苗字で呼ぶようになった。
私がわがままを言ったみたいで、少し恥ずかしい。
それにしても――夕夜の様子が、どこかおかしくて。
距離を取られるのは、思ったより寂しい。
それを伝えるのも、きっとわがままだろうけど。
だから私は黙ったまま、前を歩く夕夜の背中を追った。
――そのとき。
空気が、僅かに震えた。
夕夜が振り向く。
そして――。
突然の雷と共に、仮面無貌が現れた。




