第29話 歩くだけのイベントで①
歩行会。
山の上の神社から海まで、地図を頼りに約9キロ歩くイベントだ。
バスから降りた私たちはスタート地点の神社に集まっている。
鏡夜は綺麗な女の子たちに囲まれてハーレムを築いている。
ただ当の本人はあまり興味がないのか塩対応で短い返事ばかり。
「当たり前だけど、すごい人気だね」
玲香が兄に視線を向けて言う。
「私も今日、かつてないくらい女子から話しかけられてるんだけど」
昨日までの様子からは信じられない。
兄がいるだけでこれだ。
あからさますぎて、逆にすごい。
「でも、私はあれにもビビってる」
玲香はそう言って笑いながら藤原君を指差した。
藤原君もまた女の子たちに囲まれている。
しかも眩しい笑顔で。
「何座? じゃあ8月? へぇ、29か。宿題で忙しい日じゃん。うん、覚えとくね」
「犬飼ってるんだ? いいな、名前なんて言うの? 可愛いね、何歳?」
「彼氏いるんだ? 長いの? 記念日とか細かく覚える派? すげー、俺無理」
「俺もやってる。フレンドコード教えて? 石欲しいんだよね」
一言ごとに、女の子たちの声が跳ねる。
「王子、意外にファンサいいね。猫かぶってるけど」
玲香が感心して笑う。
「いや、あれは……」
絶対に、ただの雑談じゃない――。
笑顔で番号交換に応じる藤原君に、背筋がぞくっとした。
「華」
「夕夜、お疲れ様。行けそう?」
「委員は最後に出発みたいだから、少し待っててくれる?」
「うん、玲香とこの辺りにいるね」
「分かった」
それだけ言うと忙しそうに夕夜は戻っていった。
「ラブラブやね」
「違うから」
「てか華、半袖で行くの?」
「歩いたら暑そうだし、バスに置いてきちゃった」
「5月って意外に焼けるよ」
「んー、日陰歩くからいいや」
周りの様子を眺めていると鏡夜と目が合う。
女の子に何か言ってこちらに駆け寄ってきた。
「相変わらずモテモテだね」
「あの感じ、久々でダルい」
モテる男の発言だ。
「ハナはまだ出発しないの?」
「うん、夕夜待ってる。鏡夜は?」
「俺、タカノと行くことになった」
「え、いいな! 二人の写真も撮りたい!」
「は?」
鋭い目つきで睨まれる。
「いえ……なんでも」
「俺、離れるから。ユーヤと一緒にいてね」
「そっちは大丈夫?」
「まぁ、腹の探り合いになるだろうね」
「相手は“先生”だからね?」
「分かってるよ。てかさ、ユーヤと一緒にいるの、華の言ってる“アマネサン”?」
名簿を確認しながら点呼をとっている二人に、視線を向ける。
「うん。そうだよ」
「あいつ、サカキだよな?」
「え、知ってるの?!」
「……まあ。なんでこの学校にいるんだろ」
「えっ?! なんの知り合い?!」
「……たいしたことじゃない。それより」
無理やりに話題を逸らした鏡夜は、小声になる。
「昨日言った三つ、ちゃんと覚えてる?」
「え……うん、そっちは大丈夫。だけど」
天音さんとのことが気になる。
「まぁ。いざとなったら夕夜に任せて思いっきりヤッちゃっていいから」
――昨日の夜、鏡夜と立てた対無貌の作戦。
ちなみに夕夜はこのことを知らない。
その方が都合がいいと、兄の絶対的信頼のもとでの判断らしい。
「じゃあ、レイカも。うちのハナちゃんよろしくね」
「は、はい!」
ふっと小さく笑うと鏡夜は去っていった。
「名竹さん!」
タイミングを見計らったかのように梶君が駆け寄って来た。
「ねぇ、ちょっと来てくれない?」
「え、私?」
「うん、向こうで話したいんだけど」
――『一つ。誰だとしても二人にはならないこと。俺かユーヤの視界から外れるな』
兄から言われている約束。
返事に困っていると、玲香が察してくれた。
「なに梶? 告白?」
喧嘩を売るような低い口調で問い詰める。
「違う違う! そんなことしたら夕夜に怒られる」
「なら何なの?」
「須藤さんと篠田さんが、名竹さんと話したいんだって」
「え?」
「何? 二人も鏡夜様狙い?」
「そうじゃないと思うんだけど」
どうしようかな。
二人きり、ではなさそうだけど……。
「玲香。ごめん、夕夜に伝えといてもらえる?」
流石に仕事は抜けられないだろうけど、気にしててもらえればすぐに来れる範囲だ。
「いいけど、行くの?」
「まぁ、悪い子たちではないしね」
夕夜との仲を取り持ってと言われたら困るけど……。
「分かった。何があったら大声で出してね」
「え、そんな警戒必要? なんかあんなら、俺も一緒にいようか?」
梶君いい人すぎる。
「あ、じゃあ。そうしてやってよ」
「え、でも梶君もう出るんじゃないの?」
「あ、そか……じゃあ藤原呼んどくわ」
「え! それは!」
任せて、と言ってそのままキラキラした輪の中に入っていく。
あの空気に入ってくのもすごいけど、女の子たちのブーイングもすごい。
「梶がいいヤツなのにモテない理由だよね」
玲香が苦笑いをした。
そして私は藤原君を呼んだことを後悔する。
人混みの中から出てくる藤原君と目が合う。
彼は私をみて、不敵に笑った――。




