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第27話 王子来る

 

 あの決意から二週間後――。

 何も変われていないところに王子が来た。


「こんばんは。来ちゃった」


 え、なんで家を……は言うまでもない。


「どうしたの? 夕夜に?」


「いや、今日は名竹君に」


「鏡夜に?」


「そ、挨拶しとこうと思って」


 挨拶?


「とりあえず、どうぞ?」


「おじゃまします。ってあれ、大伴君も名竹君もいない感じ?」


 靴のない玄関を見て藤原君が言う。


「そろそろ帰ってくると思うけど」


「さすがに部屋はまずいよなぁ」


 藤原君が視線を外して考える。


「? 上がらないの?」


「俺、男なんだけど」


「藤原君じゃん」


「そろそろ学びなよ」


「あー、まぁ兄がね」


「なんかズレてる気がするけど。ここで待たせてよ」


「いいけど。盗聴器とか仕掛けないでね」


「はは。そっちは警戒するんだ」 


 藤原君は玄関に座るとスマホをいじり出した。

 庶民アパートが似合わなすぎて笑えてくる。


「ねぇ、藤原君」


 二人になった機会に聞こうと思っていたことがあった。


「何?」


「図書館の本、持ってない? “更木市史資料集 別巻”」


 藤原君が手を止めて、顔を上げる。


「貸出禁止のやつかな?」


「そう。いつ行っても “閲覧中” なのに、席には誰もいないの」


「ホラーじゃん」


「……あの時でしょ?」


 藤原君に会った日。

 図書館のシステム障害。


「……名竹さんてたまに鋭いよね」


 藤原君がくすっと笑う。


「やっぱりか。でも、あのとき本持ってなかったよね?」


「あぁ。出てすぐ別の人間に渡しただけ」


「……その手際の良さなんなの」


「必要なら連休明けに持ってくるけど?」


「ちゃんと返しておいてよ」


「それは無理」


「え?」


「だから俺が持ってる」


「え、そんな?」


「歩行会終わったら名竹さんに渡すね」


「え、待って。それって、私も片棒担ぐ感じ?」


「俺と名竹さんの仲じゃん。捕まるときも一緒にいようぜ」


「何そのロマンのない殺し文句」


 ふざけて笑い合う。


 ちょうどその時。

 二人が帰ってきた。


「あ、夕夜おかえり」


「え、藤原?」


「やっ」


 夕夜が驚いてる。


「なんでいるの?」


「名竹君に用があってね」


「俺に?」


 夕夜の後ろから兄が出てきた。

 手にはアイスを持っている。

 藤原君は兄を見つけると、小さく微笑んだ。


「はじめまして。俺、藤原」


 そう言って、薄く笑う。

 兄を見定めようとしているみたいに。


「お前か。うちのをいじったのは」


 アイスを齧りながら、睨みを利かせる兄。

 何その煽りは……。


「さぁね――何か、困ることでもあった?」


 藤原君は静かに笑った。

 兄が鬱陶しそうに目を細める。

 なぜか空気が張り詰めている。


「……とりあえず、中入ったら?」


 夕夜が呟くように言った。



「で、俺に用って?」


「歩行会のお誘い。楽しいことが起きそうだから」


「歩くだけのイベントに楽しいことが起きるかよ」


 夕夜と私は離れたところから、ソファで話す二人を見守る。


「大丈夫かな、あの二人」


「わりと相性いいんじゃない。鏡夜がちゃんと話聞いてる」


「でも鏡夜じゃ藤原君には口喧嘩、勝てないよ」


 耳元で囁くと、夕夜が小さく笑った。



「仮面の無貌」


 藤原君が合言葉のように言う。


「それが?」


「名竹さんだけを狙ってた」


「……何が言いたい」


 藤原君は目を細める。


「あれに触れられた三人、記憶が少し抜けてた」


 ちらりとこちらを見る。


「 “特定の感情” だけね」


 兄が睨む。


「……“誰か” みたいだよね」


 藤原君は一つひとつ、兄の反応を確かめるみたいにゆっくりと話す。


「無貌が求めているのは、何なのかなって」


 口元だけが笑っている。


「……食えねーやつ」


「それ褒め言葉」



 私はお茶を出して、夕夜の隣に座った。


「あの三人……無事ってわけではなかったんだね」


「まぁ学校側もさすがに、生徒の好きな人までは分からないだろうしね。むしろ、藤原はどうやって知ったんだか」


「え? “特定の感情” って……」


「あ」


 夕夜は口元を抑える。

 藤原君に聞いてたんだ。


「じゃあ無貌が奪うのって、“愛”?」


 夕夜の表情が一瞬だけ、止まった。


「ふっ」


 夕夜が小さく息を漏らして肩を震わせる。


「華……それちょっとダサい」


「真剣なんだけど!」


「ごめんて」


「ねぇ、イチャつくなら部屋に行ってくれない? 気が散るんだけど」


 藤原君が私たちを睨む。


「は? ダメに決まってんだろ」


 鏡夜が藤原君を睨む。


「ごめんね、続けてください」


 藤原君がため息をついた。


「明日の歩行会さ、名竹君も来てよ」


「……なんで?」


 あ、兄がすぐには断らない――。


「そろそろ見せてよ、色々」


 藤原君が挑発するように笑う。


「どこまで見たいんだよ」


「手の内だけでいいよ?」


「見たら戻れねぇぞ」


 二人とも好戦的な笑みを浮かべている。

 心なしか楽しそう?


「じゃあ、俺の手の内から見せるよ」


「俺に見せていいのか?」


「お近づきの印にね」


 藤原君が薄く笑う。


「あの“仮面無貌”の襲撃の日に、校内ネットワーク漁ってたらさ」


 藤原君は兄から視線を外すことなく話す。


「その前日に不審なログが見つかってね。わざわざ暗号化してメッセージのやりとりしてる」


「あの特殊詐欺が使ってるやつ?」


「そうそれ。使い方が甘い。一部だけ平文が混じっててさ、“呼ぶ” って単語は拾えた」


「“呼ぶ”……ね」


「で、さっき。同じパターンのログが引っかかった」


 兄はじっと藤原君を見据える。


「明日の歩行会、たぶん仮面の無貌が来るよ」


 無貌が、来る?


「華?」


 夕夜が俯いている私の顔を覗き込んできた。


 ――次も、ちゃんと勝てるのかな。


 正直、怖い。



「なら少なくとも敵は二人。さらに無貌も自由に呼べる」


「そうなるね」


 兄がわずかに間を置いて、藤原君を見る。

 藤原君は、その視線を受け止めた。


「……まぁ、行ってやってもいいか」


「えっ?!」


 思わず私が声をあげた。


「一緒に行けるの?!」


 思わず兄に駆け寄る。


「それで、名竹君の条件は?」


 藤原君が兄に聞く。


無料タダってわけではないでしょ?」


「そんなもん、ない」


 兄は小さく息を吐く。


「ただし、俺は力は使わない」


「うん、俺もその方がいいと思うよ」


「ああ――ひとつだけ」


 腕を引かれる。


「ハナと一緒に行動するから」


 空気が止まる。


「それは……無理じゃないかなぁ。クラス違うし……」


 私は諭すように呟いた。 



「じゃあ、今日はこれで」


 帰り支度をする藤原君を玄関で見送る。


「うん。ありがとう」


「そう言えば名竹さん」


 藤原君の視線がリビングのドアに向けられる。


「最近、二人いい雰囲気だよね」


「へ?!」


「なんかくっつくようになったよね」


「え?」


「やっと自覚したんだ?」


「なっ!」


「明日、協力してあげようか?」


 そう言ってにやりと笑う。


「よ、余計なことしないで! 本当に!」


 お願いだから。

 絶対、ろくなことにならない。


「藤原?」


 夕夜が様子を見に来る。

 私を見て表情を曇らせた。


「じゃあ、お邪魔しました。明日、楽しみだね」


 手を振って、藤原君が部屋を出る。


 夕夜は私を見る。

 何も言わない。


 しばらくして鍵を閉めた。


「……藤原と、何話してたの?」


「え?」


 夕夜の声が低い。


「明日のことだよ?」


 一歩、二歩と近づいてくる。


『なんかくっつくようになったよね』


 確かに。

 距離近……い?


「じゃあ、なんでそんなに顔赤いの?」


「え、赤い?」


 見上げると夕夜の顔が近くて、言葉が詰まる。


「藤原に、何か言われた?」


「それは……」


 夕夜とのことを、なんて言えるはずもなく。


 ……というか。


「……何か、怒ってる?」


「……うん」


「え?」


「距離、近いなって」


 ?!


「やっぱり?! ごめん!」


「は?」


 私は一歩下がる。


「ちょっと近すぎかなって思ってた」


 恥ずかしくて顔を覆う。


「華――」


 腕を掴まれ、引き寄せられる。


 近い。


 抱きしめられるんじゃないかと思って、

 思わずその場にしゃがみこむ。


「夕夜、もうそれ以上は、無理……です」


 呼吸もままならないまま、なんとか言う。


 夕夜も黙る。


「……確かに」


 夕夜が小さく笑った。



「俺も、無理だな」



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