第23話 続・似ているあの子
「で、なんだっけ?」
天音さんにペンを返した夕夜が戻ってきた。
「あ、えっと⋯⋯わ、私は出てった方がいい? 二人で話すよね?」
胸が痛い。
助けを求めるように、にやけて笑う藤原君に訊ねる。
「えー、別にここに居てもいいけど?」
「えっ!」
⋯⋯絶対分かってるよね?
楽しんでるだけの藤原君を睨みつける。
「? どうしたの、華?」
「いや、何も⋯⋯ないよ?」
「ふふっ」
藤原君が小さく笑う。
全部見透かしたような目。
すごく嫌な予感がする。
「大伴君ってさ、榊さんと仲いいよね」
「藤原君?!」
またこの王子、余計なことを――!
「……榊、と?」
夕夜は本気で困惑している。
あ、嫌だ。
……聞きたくない。
夕夜が私を見る。
私は思わずその視線から逃げた。
「⋯⋯って、誰?」
「えっ?!」
驚いたのは私だけじゃなく、夕夜も同じだった。
「え、何?」
藤原君は笑いを堪えている。
「だって夕夜、さっき天音さんと⋯⋯」
「天音?」
「え? 夕夜、まさか⋯⋯」
「あはは」
藤原君が耐えきれずに吹き出した。
このクソ王子!
全部分かっててわざとやったな。
「華?」
「大伴君。あの人、榊天音って言うんだよ?」
「え、天音が……榊?」
知らなかったと呟く夕夜は本気で驚いていた。
あれ。
私、安心してる?
なんで?
⋯⋯なんか、嫌だったから?
何が?
自分の気持ちにドキドキしている。
「華が『天音さん』って呼んでるから、てっきり苗字なのかと思ってた」
「あ、それは……なんとなく『天音さん』がニックネームみたいになってて」
呼び捨てできない可愛さというか気品というか。
つい、さん付けで呼んでしまっている。
天音さんも何も言わないので、そのままになっていた。
「あの人、苗字で呼ぶとめっちゃキレるしね」
満足そうな顔をする藤原君の腕を引っ張って身体を寄せた。
本当は怒鳴りたいくらいだけど、なんとか声を抑える。
「ちょっと藤原君! そういうのやめてって言ったじゃん!」
「だって、なんか二人で勘違いしてて面白かったんだもん」
「全然面白くないから」
「そんな怒ってると、また花が出るよ?」
「藤原君が余計なことするからでしょ?!」
もう普通に声が出ていた。
カウンターの図書委員がこちらを睨んでいる。
「で、藤原⋯⋯何の話なの?」
やり取りを見ていた夕夜が、私の隣に座った。
いつもより声が低い気がする。
「あぁ、そうそう」
藤原君は、私が掴んでいた腕を軽く振り払うと「離れろ」と目配せする。
「その榊さんなんだけどさ、名竹家の遠戚ってことない?」
「え、天音さんが?」
「俺、最初は榊さんが “かぐや姫” の関連かと思ってたんだよね」
「あぁ、天音さんはかぐや姫みたいに可愛いもんね。分かりがみ深いよ」
「は? バカ?」
ものすごく蔑んだ目で睨まれた。
でも顔が良すぎて、玲香じゃなくてもご褒美でしかない。
全然怖くないし。
「大伴君は、榊天音に何か感じたり、感知したりしてないかなって」
「教室だと藤原がいるからな……」
どうやら夕夜の感知能力は、人数までは分からず、“いる” と感じる程度らしい。
「さっきも鷹野先生がいたしな。ただ鏡夜と華は分からないから、俺のは五家相手だけかもしれない」
「……五家だけ、ね」
藤原君が呟く。
「まあ」
夕夜が横にいる私に視線を向ける。
「鏡夜なら、俺に感知されないようにもできると思うけどね」
私をじっと見る。
――水族館のとき、だ。
確かに鏡夜はそんなことをしていたけど、「実はそうなんですよ」なんて言える雰囲気でもない。
「だとしたら、名竹家関係だと “大伴センサー” には引っかからない可能性もあるのか」
藤原君は口元に手を当てて考えている。
「藤原は、なんで遠縁だと?」
「まぁ単純に、竹取の翁の名前に “讃岐” や “榊” があるから。あと、名竹さんと榊天音が似てたからかな」
「?」
夕夜は不思議そうな顔をする。
「え?」
「あ、大伴君には分からないと思うよ」
「似てなくね?」
夕夜が私の顔をまじまじと見る。
思わず俯いた。
やばい、顔赤いかも。
「だから大伴フィルターじゃ客観的に見られないから」
藤原君が呆れて言う。
「でも良かったね、名竹さん」
「えっ?! うん」
「素直じゃん」
「え、あ、違っ。そういう意味じゃ⋯⋯」
なんだか面映ゆくて、話が入ってこない。
胸がくすぐったい……。
藤原君がそんな私を見て、薄笑いを浮かべている。
「客観的で言うとさ、二人の写真をAIで比較すると類似点多いんだよ」
「ちょっと待って。何で私と天音さんの写真を持ってるのよ」
「普通に卒アル。誰でも見れる」
「藤原君、その顔じゃなかったら訴えられてるからね?」
「大丈夫、この顔も使ってうまくやってるから」
全然悪びれない。
どこまで情報を持っているんだろう、この人。
ちょっと怖い。
「……そういえば、夕夜は――前に、鏡夜と天音さんが似てるって言ってたよね?」
「あぁ、なんとなくだけど。雰囲気というか、纏ってる空気が似てる」
夕夜にしか分からない何かなのか、私にはあまりピンとこない。
私と鏡夜は似てるのか、とも聞きたかったけど――なんとなくやめた。
のに、この男が見逃すはずがなかった。
「名竹さんと名竹鏡夜ってどのくらい似てるの?」
「藤原君! それ聞く必要ある?!」
もう隠す気もないらしく、面白がるように笑っている。
「だって気になるじゃん。どうなの、大伴君?」
「え、全然似てないけど」
「まぁ……だよね」
聞いて損したと言わんばかりにつまらなそうに肩をすくめる。
藤原君の反応に夕夜は少し戸惑っている。
「というか、どうせ兄の写真も見てるんでしょ?」
「うん。まぁ、普通に二卵性双生児くらいの似方だよね。兄妹だって言われれば分かる感じ」
しれっと答える藤原君に怒りが込み上げて、身体が震えた。
「ほら、やっぱり聞く必要なかったじゃない」
「華、落ち着いて」
「っ……落ち着いてるよ」
そうだ。
こんなところで興奮して花を出すわけにはいかない。
怒らない、怒らない。
「とにかくさ、もしかしたら能力持ちかもしれないって気にしといてよ。さすがに天人ってことはないと思うけど、隠してるなら理由があるはずだから」
「……うん」
せっかく出来た友達を疑うのは嫌だな。
あんなにいい子なのに。
藤原君がじっと視線を向ける。
「まぁ……名竹さんは榊天音と友達だし。何か気まずくなったときは俺を呼びなよ」
からかったお詫びに助けてあげるよ、なんて言う。
この飴と鞭の使い方、ほんと厄介だ。
――ずるい。
「なんで藤原?」
夕夜が藤原君に視線を向ける。
少し不機嫌?
「大伴君じゃ、嫌がるでしょ」
「嫌がる?」
「名竹さんが」
「何で?」
表情は変わらないまま、視線だけがこっちを向く。
……不機嫌っていうより、なんか――怒ってる?
「な、何でとは?」
むしろこっちが聞きたい。
「名竹さん、さっきだって大伴君と榊さん見て、怒ってたじゃん」
「そんなこと――!」
藤原君が静かに、と人差し指を立てる。
お告げでも下りそうな神々しさと色気に、思わず言葉を飲む。
「もっと大伴君に思ってること言った方がいいと思うよ?」
「俺に? 何かあるの?」
え、言うって何を言えばいいの?
分かるような、分からないような――。
夕夜の向ける視線を受け止める。
「名竹さん。大伴君じゃなくて己を見つめなよ」
「え?」
「大伴君と二人で話したいことあるから。席外してくれない?」
「え」
助けてくれると言ってもらったそばから申し訳ないけど、何かまた余計なことを吹き込まれそうで不安になる。
「華、教室から鞄持ってきてくれない?」
「え、あ、うん……」
藤原君を見ると、大丈夫だからと小さく頷いた。
本当かな……。
「じゃあ、下駄箱で待ってる」
「すぐ終わるからさ」
笑顔で手を振る藤原君と、少し不機嫌そうな夕夜を残して、私は図書室を後にした。
……余計なこと、言わないといいんだけど。




