第22話 似ているあの子
「華って意外と強いよね。あそこで立ち向かってくなんて」
「え」
「めっちゃカッコ良かったよ」
無き手柄を褒められるたびに、胸が痛む。
「ア、アリガトウ……」
「ふっ」
隣で聞いていた藤原君が、小さく笑った。
「っていうか、何で藤原君がここにいるの?」
「俺も大伴君に話があるから」
「一緒に待つ理由はないでしょ? 教室で待てばいいじゃん」
ただでさえクラスで浮いているのに、藤原君のせいで腫れ物扱いまでされている。
教室には居にくくて、だから図書室に来たのにその元凶がついてきた。
しっしっと手で払う。
「俺、こんなに邪険にされるの初めてなんだけど」
「あ。華のこと、“おもしれー女” って思った?」
「全然思ってないから。ただただ不愉快」
「毒舌王子もまた尊いね」
「なんなの、瀬戸さん。話通じなさすぎて怖いんだけど」
「玲香はオタクだから」
「もっと隠しとけよ」
「っ! まじ推せる……」
「ちょっと黙っててくれない?」
あの藤原君が玲香に振り回されてて、ちょっと面白い。
「あー、残念だけどバイトの時間だ」
玲香は宿題を片付け、立ち上がる。
私と藤原君を交互に見る。
「藤原光輝なら、いいのかな?」
「え、何が?」
「俺から連絡入れとくから。さっさと行きなよ」
「そう? じゃあ王子に任せるわ」
二人で会話を済ませると、「お疲れ」と言って玲香は帰っていった。
「何の話?」
「大伴君だよ。どうせ “他の男と二人きりになるな” とか言われてるんでしょ?」
「あ! すごい、さすが神様」
「マジないわ。もっと大事にしないとそのうち誰かに取られるよ」
口は悪いけど、なんだかんだで面倒見がいい。
天邪鬼なところがなんだか可愛くさえ思ってしまう。
「藤原君って夕夜のこと大好きすぎない?」
「まぁ、いい奴じゃん。大伴君」
茶化したつもりだったのに、真面目に返されてしまい、なんだか申し訳ない。
「うちの親父と似てるんだよね」
藤原君が頬杖をついて窓の外を見る。
「……見てて苛つくくらい」
「?」
「ごめん、こっちの話」
不穏な台詞とは裏腹にその横顔は穏やかで、兄が言ってたような親子関係ではなさそうで少し安心した。
「夕夜に似てるなら素敵な人なんだろうね。お父さん」
「……」
藤原君が、少し拍子抜けしたように私を見る。
「何?」
「あんたも大伴君のこと大好きじゃん」
「それは! 好きは好きだよ? めっちゃいい奴じゃん」
「あー、それは大伴君が不憫だな」
「だから、そういうんじゃないってば」
「ねぇ、大伴君の何がダメなの? 付き合ってみればいいじゃん」
「この好奇心の塊め」
藤原君が、何かを企むような笑みを浮かべている。
この顔をしているときの藤原君はただの厄介者だ。
「もしさ、大伴君に告られたらどうする?」
「え?」
「どうする?」
何が何でも答えさせようとしている。
このドS王子、絶対楽しんでる。
「……逆に、夕夜に告られて断る人っていると思う?」
「名竹さん、断らないんだ」
「違くて。夕夜が告白するとしたら絶対本気だから、その気持ちをぶつけられたら誰だって好きになっちゃう気がする……」
「名竹さん、なっちゃうんだ」
話が通じない。
「でもね、例えばそれで夕夜のことを好きになったら、それって本当に自分の気持ちで好きになったのか分からなくなりそう、じゃない?」
「……意味分かんないや」
藤原君がため息をつく。
「要するに、大伴君が言えば、好きになるってことね?」
「だから “例えば” だってば。もうこの話やめない?」
「あんなに愛されてて、よくそんな拗らせ方できるよね」
「愛されてって……なんか誤解してるようだけど、夕夜ってみんなに優しいからね?」
「そんな博愛主義ではないと思うけどね」
藤原君は呆れたように言う。
「名竹さん知ってる? 貴公子の家系って一途な気質らしいよ」
「あー、それは兄がよく言ってる。“気が多いかぐや姫と一途な貴公子” って。でもね――」
藤原君に顔を寄せ、こっそり言う。
「夕夜の愛って、全部受け止めるタイプだから」
「神じゃん」
「いや、神様は藤原君だから」
「いいかげん怒るよ?」
そこに、夕夜と天音さんが図書室に入ってきた。
「あ、夕夜。と、天音さんも。お疲れ様」
「もうほんと最悪なんだけど。歩行会にスローガンなんていらなくない?」
「あんまり仕事ないって言ってたのにね、学年委員会」
文句を言ってる天音さんも可愛い。
「まぁ、ほとんどこれだけって話だし。あ。藤原、ありがとうね」
「いいえ」
たぶん藤原君の入れた連絡のことなんだろうけど……なんかだいぶ仲良くなってる。
そもそもいつの間に番号交換をしたんだろう。
「光輝君と華ちゃん、いま話題の組み合わせだね。玲香ちゃんは?」
「バイトで帰っちゃったよ」
「この学校でバイトするなんてすごいね、瀬戸」
「玲香、オタクだから勉強は余裕なんだって」
「オタク関係ないじゃん」
天音さんが近づいてきて私の手元を覗き込む。ふわっといい匂いがした。空気まで可愛い。
「華ちゃんは何の勉強してたの? お花の図鑑?」
「あ、いえ……淑女としての嗜みを⋯⋯」
まさか自分が出した花を調べてるとも言えず。
しかもおしゃべりしてて、まだ図鑑を開いてもいないだなんて。
「華ちゃん、淑女とは程遠いもんね」
「ぐっ」
「でも、かっこいい華ちゃんの方が天音は好きだな」
く、可愛い。
酷いこと言われてるのに怒れない。
なにしろ可愛い。
「みんなはまだ残るの?」
「俺、大伴君に用あるから」
「俺に? じゃあ華、もう少し待ってて?」
「うん」
「じゃあ、天音は疲れたしこれで帰るね。ばいばーい」
天真爛漫な天音さん、去り際まで可愛い。
「私も出てった方がいい――」
「あ、天音!」
夕夜が呼び止める。
「これ借りっぱだった」
「あ、忘れてた。使ってても良かったのに」
「こんなの緊急時以外、使えないよ」
ウサギのマスコットが付いたペンに笑う夕夜。
「似合ってるのに」
「どこが。でも、ありがとう」
「あはは。じゃあね、夕夜君」
「ああ、気をつけて」
――あれ?
なんだろう。
なんか、胃の辺りがもやもやする。
『天音!』
夕夜の声が頭の中に響く。
あ、名前で呼んでる。
――私以外を。
初めて聞いたかも、他の女の子を名前で呼ぶの。
なんか心臓がきゅっとなる。
胸を抑えている私をニヤけた顔で見ている藤原君と目があった。
「榊天音ってさ、ちょっと名竹さんに似てるよね?」
「えっ?!」
あんな可愛い子と全然似てないと思うけど。
『なんか雰囲気が鏡夜に似てて無理』
いつかの夕夜の言葉が、頭に浮かぶ。
――あれ?
天音さんと鏡夜は似てる?
え、てことは⋯⋯?
急に天音さんの黒くて綺麗な長い髪を鮮明に思い出す。
中学の頃の、私とも。
黒髪ロングの元カノとも。
同じ――天音さん?
「ほら。だから言ったじゃん」
藤原君が呆れたように言った。
「大事にしろって」




