第16話 かぐや姫
「黒幕……?」
藤原君がこちらを見る。
「俺たちに能力がある時点でさ」
軽く笑った。
「 “竹取物語” は嘘なんだよ? しかも五家を貶めている。誰が、何のために?」
愉しげに目を細める。
「気になるよね」
でも――。
「鏡夜は違うよ」
「なんで?」
だって……。
夕夜に視線を向けると、夕夜は小さく頷いた。
「あいつは、“かぐや姫” の力を受け継いでいる」
「だろうね」
「天人にとって鏡夜は “かぐや姫” そのもの」
「……なるほど」
藤原君は目を閉じて、上を向く。
「それなら、天人は名竹鏡夜を奪いに⋯⋯いや、物語をなぞるなら名竹鏡夜を “迎えに来る”、か」
藤原君の視線は夕夜に向き、夕夜も無言で視線を返す。
「……“帰月”って呼ばれてる」
夕夜がぽつりと呟く。
「月と重なる夜、“かぐや姫” の魂は月に帰る」
「……それはいつ?」
「来年の中秋の名月」
藤原君は画面を切り替えて、キーボードを打ち込む。
「へぇ。満月と重なる、中秋の名月か」
小さく笑う。
「確かに “何かありそうな日” だね」
「実際に天人が来るのか、概念的なものなのかは分からないけどね。たぶん後者」
「それは……彼女に起こったことと関係ある?」
一瞬だけ、夕夜の視線がこちらを向く。
「ああ」
短い返事。
そして目を伏せた。
「五家の力が揃えば、“帰月” を止められるらしいの」
「らしい、ね」
藤原君が顔を上げる。
「……抽象的だな。それは名竹家に伝わる伝承?」
「ううん、“かぐや姫” の記憶だよ。鏡夜の覚醒で分かったこと」
「……その情報、どこまで信用していいんだろうね」
「――っ」
悔しいけど、何も言い返せない。
藤原君は口元を歪める。
「嘘つきは誰だろうね」
私を挑発するように、藤原君は不敵な笑みを浮かべた。
「名竹さんは俺が五家だって何で信じたの?」
「それは夕夜が……あっ」
……夕夜が言ったから、信じただけだ。
「うん、ごめん。思い込んでたかも」
藤原君の能力をこの目で見たわけではない。
「でも、夕夜と藤原君はお互いで分かるんだよね?」
藤原君は手を止めて夕夜を見た。
「……そうなの? 大伴君」
「五家の気配は分かるけど……藤原は違うの?」
「へぇ?」
藤原君の指が止まる。
「ちなみに大伴君の能力は?」
「俺は魚が出せるだけ、だけど……」
「魚か……なるほど」
わずかに視線を逸らす。
「なら魚の持つ感知能力に付随するものかもね。俺には無いし」
夕夜は少し驚いている。
「馬鹿にしないんだな」
「何で? 海や川を制する能力だよね」
藤原君は肩をすくめた。
「思い出したけど、大伴君の実家って元を辿れば海運、貿易から始まった商社だよね? つまり、そういうことでしょ」
乾いた笑みをこぼした。
「いい能力の使い方。どっかの家とは大違い」
呟くように軽口を言って、一瞬だけ、遠くを見る。
「とにかく」
藤原君の視線が戻る。
「先入観は危険だよ。特に名竹さんみたいのは」
少し真顔になる。
「知らないうちに、嵌められてることもあるからね。あんまり他人を信用しないほうがいいよ」
背筋が震える。
「藤原は大丈夫なのか? その、代償は……」
「あぁ。俺はまだ大きな力は使えないし、使ってないよ」
そしてパソコンの端を軽く叩く。
「俺はこっちで改竄するから」
もう終わってるよ、といたずらな笑顔を見せた。
「そういえば、ずっと何してたの?」
後ろからパソコン画面を覗く。
黒い画面にコードみたいな文字列が流れている。
時間と記号らしき英数字が、延々と続いていた。
「プログラム?」
「違う、掲示板のログ」
「なんと、藤原君は魔術師様だったんだね」
「……あんた、そろそろ社会的に抹消してやろうか?」
「じょ、冗談だよ」
「よくウィザードなんて古いネットスラング知ってるね」
「夕夜の持ってる小説でハッカーがそう呼ばれてたから。夕夜、覚えてる? ほら、あの……ふふっ」
夕夜の目がキラキラしてる。
「藤原、お前すごいな」
「は? やめてよ、大伴君まで」
「夕夜はこういうの大好物だもんね」
「うん、今マジで感動してる」
「ふふっ。見て分かるの?」
「全然」
少年みたいに食い入る夕夜が可愛くて、思わず頬が緩んだ。
「ねぇ、イチャイチャすんのは家帰ってからやってくんない?」
パソコンを閉じながら、藤原君が呆れたように言う。
「なっ……」
「一緒に住んでるんでしょ?」
そんなことまで調べてあるの?!
さすが魔術師様⋯⋯。
「そ、その言葉には語弊が……」
「あるの?」
鋭い目で睨まれる。
「あんまり、ないです。でも兄もいるので……」
「まぁ、俺にしたら大伴君の方がすごいと思うけどね」
立ち上がって、手を上げる。
公園の外で一台の車が止まった。
「ひとつ屋根の下に、好きな女」
夕夜と私を交互に見る。
「よくその距離で何も起こさないよね」
仕返しだと言わんばかりに、口角を上げる。
「俺なら半日も無理」
そして、煌びやかな笑顔を浮かべた。
「あんた、大伴君ちゃんと大事にしなよ。じゃあ、また明日ね」
あぁ、藤原君――。
からかって本当にごめんなさい。
彼は鎮まりかけた爆弾に、もう一度火をつけて去っていった。
――夕夜は今、どんな顔をしているのだろう。




