第14話 神様降臨
『またその映画?』
少し幼い夕夜が、呆れたように言う。
『何度見ても泣けるんだもん。先生かっこよすぎ』
『それ、幼馴染くん報われなさすぎない? いい奴なのに』
『あはは、自分と重なるとか?』
『言うじゃん』
くすっと笑って、夕夜が近づいてくる。
距離が、近い。
『一緒に見る?』
『いや、華がいい』
そして――
***
「ねぇ、そんなに警戒しないでよ?」
俯く私の顔を、夕夜が覗き込んでくる。
思わず一歩下がる。
「し、してないよ」
「じゃあなんで下がるの?」
……分かんない。
どうやって、いつも隣にいたっけ。
今朝のあんな夢のせいで、夕夜の顔すらまともに見られない。
……もう欲求不満なの、私の方なんじゃない?
夕夜は様子のおかしい私に呆れながらも、歩幅を合わせてくる。
でも、近づくたびに私が逃げるから、全然進まない。
今日はやけに道のりが遠い。
「いい加減にしてくれない?」
「な、何が?!」
「そんなことしないって」
「そ、そんなことって……なに?!」
草食系で。
人畜無害で。
聖人君子だったはずの夕夜が、
――私の知らない男の人みたいに見える。
「ほら、早く行くよ」
いつもみたいに、手を差し出される。
……あれ。
私、どうやってこの手、取ってたっけ。
固まっている私の手を、夕夜がそっと握る。
触れたところから、熱が帯びていく。
「お願いだから、もう少し普通にしてよ?」
「ふ、普通だってば⋯⋯」
「まぁ、普段からそれくらい警戒心あると安心なんだけど」
「だ、だから普通だってば」
「そうなの?」
夕夜はくすくすと笑いながら、私の手を引いて歩き出した。
ようやく普通の速さで歩き出す。
――無理。
横顔見るだけで、呼吸が乱れる。
喉がつかえて言葉が出てこない。
「図書館って」
先に口を開いたのは夕夜だった。
「何調べたいの?」
「え、あ……郷土史、です」
夕夜の方を見られないまま答える。
「この辺りの?」
「う、うん」
「父さんがだいたい調べてると思うけど」
「おじさんに任せきりだったから⋯⋯自分でも、と思いまして、ね」
「そう……ふっ」
肩が揺れている。
……なんで普通なの、この人。
昨日のことなんて、何もなかったみたい。
「ねぇ……なんでそんな普通なの?」
気がつけば、口が勝手に聞いてた。
夕夜が足を止める。
「え、別に。華がこういうので変になるの、慣れてるし」
「こういうの?」
顔を上げる。
目が合うと夕夜は口角を上げた。
「そう、こういうのとか?」
指を絡められる。
恋人繋ぎ。
「ちょ、ちょっと」
「このまま歩く?」
「なっ!」
思わず勢いよく手を振り払う。
夕夜は静かに笑う。
……これは誰?
私の知ってる夕夜じゃない。
「ごめんって、ほんと。からかいすぎた」
ようやく困った顔。
私が顔を覆って動かなくなったから。
「夕夜は⋯⋯こういうの興味ないと思ってた」
「むしろ、何でそう思ってたの」
「え」
「俺だって普通の男なんだけど」
「⋯⋯そう、だよね」
じゃあキスは誰としたの?
昨日のは何?
――あのとき、私と誰を重ねてた?
聞きたいのに、聞けない。
胸が痛い。
夕夜といるのが少しつらい。
あ。
……だめだ。
なんか泣きそう⋯⋯
「華? だい――」
夕夜が何かに気づいて振り向く。
「?」
夕夜の視線を追うと、一人の青年と目が合う。
「あれ? あんたたち⋯⋯」
輝く金髪。
儚げで、透明感のある顔立ち。
傾国の美貌――。
「藤原君……?」
藤原君の背には後光が見える。気がする。
「大伴君と……名竹さん……え? 何で泣いてんの、この人」
神様の降臨に、安心して涙が出ていた。
そんな私を見て、藤原君はちょっと引いている。
「今、情緒不安定なんだ、この人」
「そう。良く分からないけど⋯⋯お大事に?」
「――っ、ありがとうございます」
手を合わせたら、さらに引かれた。
「藤原はこの近くなの?」
「俺はそこの図書館に用があって」
藤原君は小さなノートパソコンを抱えている。
神様、現代的な勉強スタイル。
「あ、私たちも今から図書館行くとこなの。一緒に行こうよ。ぜひ! お願いします!」
必死すぎる私に藤原君はたじろぐ。
「いや、行っても無駄だよ」
「え?」
「システム障害で追い出されたとこ」
「えっ、そうなの?」
「たぶん午前中は無理」
私と夕夜は顔を見合わせた。
このまま帰ってもいいけれど、せっかく会えた藤原君に会えた。
「神さ……藤原君は家に帰るの?」
「神様?」
藤原君は眉を寄せる。
怪訝な表情も美しい。
「まぁ、帰ろうかと思ってるけど⋯⋯」
「ちょっと待っててくださいね、神様」
「やっぱ神様って言ってるよね?」
お怒りになる神様を一旦置いといて、小声で作戦会議に入る。
「夕夜、さっきのは五家の勘でしょ?」
「たぶんそう」
「じゃあ、聞いてみちゃう?」
「え、なんて聞くつもり?」
「 “五人の貴公子” ですかって⋯⋯」
……。
「……え、これ違ったらめっちゃ恥ずかしくない?」
「良かった、気付いて」
「なんか、それとなく話を持って――」
あ。
夕夜の顔が近いっ!
言葉が詰まる。
「はぁ、またかよ」
赤面して固まる私を見て、夕夜は顔に手を当てため息をついた。
「休日まで一緒なんて。仲いいんだね」
藤原君が、いつの間にかすぐそばまで来ていた。
「名竹さん、大丈夫? 初々しすぎない?」
くすくすと笑う。
「今は付き合ってないって聞いたけど」
……ん?
今は?
なんか誤解されている?
藤原君が口元だけで笑った。
「二人って、いつ別れたの?」
「はっ?」
先に反応したのは夕夜だった。
「中学のとき、恋人だったんでしょ? そんなに仲いいのに、なんで別れ――」
「黙れっ」
夕夜が声を荒らげた。
えっ?
なに?
中学のとき?
恋人?
誰と、誰が?
夕夜が、珍しく焦っている。
「夕夜?」
何かが――
繋がりかけている気がした。




