第10話 尾行大作戦
「そろそろかな」
「尾行って、ちょっとドキドキするね」
土曜日の朝。
私と鏡夜は、大伴家の前で身を潜めている。
「ハナちゃん、久々に黒髪ロングでめっちゃ可愛い」
「え! 鏡夜、本当にサングラスだけ?」
変装も完璧。
……私だけは。
***
『ごめん。俺、明日は用事ある』
昨日の夕飯後。
図書館に行きたくて夕夜に声をかけたら、あっさりと断られた。
珍しい。
というか、ほぼ初めてかもしれない。
『何かあるの?』
思わず聞いてしまう。
『いや、別に』
目を逸らす。
その態度が、妙に引っかかる。
『あ、ユーヤ君。もしかしてデート?』
『違う』
『じゃあ、なんなのさ?』
『言う必要ないでしょ』
『あ〜やし〜』
あの喧嘩のあとも。
二人はいつも通りの調子で。
夕夜は結局、最後まで予定を教えてくれなかった。
……本当にデート?
気になる。
そんな中、兄が言った。
『ユーヤ君が危ないことに巻き込まれていないか心配だから、陰から見守ろう』
――という建前で、今に至る。
夕夜、ごめん。
すごく罪悪感はある。
でも、やっぱり気になる。
夕夜は一体誰と――?
***
「あ、出てきた!」
「ほらね。ユーヤは朝一で動くタイプ」
大伴家の門から出てきた夕夜は、スマホを見ながら駅へ向かう。
周りを気にする様子はない。
……気づかれてない。
オープンカラーのシャツとデニム。
爽やかでいつもより、少し大人っぽい。
……誰に会うつもりなんだろう。
「わざわざ実家に戻って着替えてるし。やっぱりデート?」
「どうだろうね。服はちゃんとしてるけど、髪は少しラフかな」
さすが鏡夜。
普段からおしゃれに気を使っているだけあって、細かいところに気づいている。
ほんとだ。
いつもよりナチュラルで、でも、それが逆に似合ってる。
「もしあれが計算なら、ユーヤのくせに分かってるな」
「確かに…… “らしい” かも」
……あれ?
「夕夜って、こんな感じだったっけ」
……なんだか、知らない人みたいだ。
「中学んときも普通にモテてたじゃん。俺ほどじゃないけど」
思わず笑う。
「夕夜は性格でモテてるタイプかと思ってた」
「いやいや、超がつく優良物件よ? ユーヤ君は」
確かに。
性格もいいし、努力家だし、成績だっていい。
……あの見た目で。
彼女がいても、おかしくない……かも。
……あれ?
夕夜って “普通の男の子” かと思ってたけど、もしかして違う?
なんで、今まで気づかなかったんだろう。
「逃した “魚” は大きかった?」
兄がニヤつく。
「それ言いたいだけでしょ? 夕夜に聞かれたら怒られるよ」
「むしろ言って怒らせたいまである」
「やめてあげて」
「まぁ、ユーヤは適当な女遊びはしないでしょ」
「だから嫌なんだけど」
「え?」
……え?
言ってから気づいた。
――嫌?
「別に! 変な意味じゃなくて!」
慌てて誤魔化す。
「あ、夕夜、駅入った」
夕夜のことだからもし女の子と遊ぶとしたら⋯⋯
その先はなんだか考えたくなくて、私は足を速めた。
その瞬間、腕を掴まれる。
「バレるよ。ただでさえ今日のハナちゃん、あいつの⋯⋯」
「でも見失っちゃう」
「大丈夫。俺、気配追えるから」
え?
いや、便利すぎるでしょ。
「でも最近の夕夜、勘いいよ?」
「向こうからはバレないようにする」
「オンオフもあるんだ⋯⋯」
結局。
夕夜から三両後ろの車両に乗ることにした。
***
「……離れて正解だった」
三駅で疲れた。
鏡夜といると、とにかく目立つ。
ウィッグで顔を隠しても、私まで見られる。
……しかも。
この車両、女性多くない?
みんな鏡夜を見ている。
男の人まで見ている。
まぁ、確かに。
こんな美人、なかなかいない。
ドアにもたれてスマホをいじる鏡夜。
いつのまにかサングラスも外してる。
頬にかかる髪を今日は耳にかけ、少し大人っぽい。
整った顔は、どこか憂い。
無駄に色気がある。
……同じ遺伝子なのに。
なんでこうなるんだろう。
「どした?」
「いや、別に」
電車が揺れる。
次の瞬間。
鏡夜の腕に抱きしめられる。
短く小さな悲鳴がどこからか上がる。
……いや、不可抗力でしょ。
「あ、ありがとう」
「役得」
ぎゅっと締め付けられる。
鼻をくすぐる甘くて軽い香り。
でも気になるのは――
後頭部に刺さる視線。
「鏡夜は気にならないの?」
「何が?」
「この視線」
「⋯⋯めちゃくちゃ気になってる」
奥を睨み、さらに身体を引き寄せる。
「な、何?」
「誰にも見せたくないな」
「何を?」
「ハナちゃんを」
ドア側に押しやられる。
視線が遮られた。
「さっきから見てるヤツら、気づいてる?」
鏡夜の視線の先。
三人組の男。
「いや、あれは鏡夜見てるんだよ」
「違う、ハナ見てた」
そんな訳ないじゃん。
……と思ったけど、面倒なので黙る。
「これはユーヤにも見せられないな」
小さな呟きは電車の音に消えた。
***
「どこまで行くんだろうね」
景色が変わる。
海沿いの少し寂れた町。
「もうあそこしかないね……参ったな」
「どこ?」
「……叶川」
「叶川って、まさか!」
「そう、まさかの叶川シーパーク」
鏡夜が小さく呟く。
「……よりによってね」
――鏡夜の表情が曇ったことに、私は気づかなかった。




