第107話 五人目について
九月に入って学校は一気に文化祭モードに入った。
廊下には“津ヶ浦祭”と書かれたポスターが貼られ、休み時間や放課後は準備を進める生徒たちで賑わっている。
私たちのクラスはお化け屋敷をすることになった。
昼休みの教室内も文化祭に向けてなんとなく浮き足立っている。
「華は裏方?」
「しかも私と一緒だから安心でしょ、大伴」
玲香が頬杖をつき、ニヤけた視線を夕夜に送る。
「……別に」
「嘘つけ」
視線を逸らす夕夜に玲香が笑う。
「大伴は受付なんでしょ? 華は心配してたよ?」
「ちょ、玲香!」
「華が?」
夕夜が一瞬だけ私を見て、またすぐに逸らす。
「喜んでる」
「っ……」
夕夜はなにかを言いかけて飲み込み、玲香が楽しそうに笑う。
「ナンパされないようにね、大伴?」
「俺に言わないで?」
夕夜の視線がなぜか私に向く。
「他の奴についていかないでよ、華?」
「ゆ、夕夜だって……さ、誘われたりしないでよ」
夕夜の表情が固まる。
や、やっぱり言うんじゃなかった。
恥ずかしさに、思わず顔を覆う。
「嬉しいね、大伴」
玲香が小さく吹き出した。
「大伴君、受付なの?」
四時間目からそのまま姿を消していた藤原君が、気だるげに教室に入ってきた。
クラスの雰囲気に辟易してるように、辺りを見回す。
相談室にでも逃げていたんだろうな。
「ちょっと二人に話あんだけど」
「どの二人かしら?」
玲香が頬杖をつきながら藤原君を見上げる。
「瀬戸さんにはないよね」
「あら残念。じゃあ席戻るね」
玲香が座っていたところに藤原君が入れ替わる。
「話って?」
「五人目の――」
「藤原君!」
後ろから数人の女の子たちが話しかけてきた。
藤原君が一瞬、表情をしかめる。
このクラスももうすぐ半年になる。
最初は遠巻きに見られてただけだった藤原君にも、声をかけてくる女の子は増えてきている。
「藤原君、係まだ決まってないよね?」
「あれ、そうだっけ?」
次の瞬間には笑顔で振り向く。
私には向けない愛想のいい笑顔――。
「おばけやってくれない?」
「えー、俺で怖がるかな?」
「自分で言う?」
女の子たちから笑い声が上がる。
「藤原君ならいてくれるだけでいいし」
「あー、俺暗いとこ苦手」
嘘つけ、暗い部屋の住人のくせに。
「私たちも一緒にいてあげようか?」
「じゃあ俺いらないじゃん」
「えぇ!」
高い笑い声がクラスに響く。
この人、全力でサボろうとしてるのに何で許されてるの?
藤原君が立ち上がる。
「当日いなくても困らないところに配置しといてよ」
藤原君はにこりと笑って、そのまま自分の席へと戻っていった。
女の子たちも顔を見合わせてくすくすと笑い合うと、自分たちの席に戻っていく。
すぐに夕夜のスマホにメッセージが入り、夕夜は私にそれを見せる。
【放課後、うちで】
やっぱり藤原君と学校でゆっくり話すのはなかなか難しいらしい。
それにしても “五人目” って……。
体育祭のときに言ってた、いじめられてた五家候補のこと?
とうとう動き出すのかな……。
***
「はぁ、マジ文化祭とかやってらんない」
高校裏の公園で車に乗り込んだ途端に、藤原君は我慢を吐き出した。
「出席管理でもいじって学校サボろうかな」
「家にいたら明景さんにそのままドバイに連れて行かれますよ」
「微妙に悩むくらいの選択肢だな」
本気なのかヤケなのか……。
藤原君が文化祭アレルギーを発症している。
「藤原君、落ち着いてよ」
「藤原はビラ係とかいいんじゃない?」
「確かに! 向こうから取りに来てくれるしラクそうだよ!」
「全てがめんどい」
藤原君の大きなため息に、斎藤さんがくすくすと笑う。
「光輝、青春は一度きりですよ?」
「使いきれなかった奴のセリフだな」
窓の外を見たまま吐き捨てるように呟く。
やさぐれてる⋯⋯。
「藤原、外面いいだけで根は暗いからね」
夕夜が笑うと、藤原君も小さく笑った。
藤原家に着くと、今回は藤原君の『仕事部屋』に通された。
パソコンモニターが立ち並ぶ、重々しく暗い部屋――のはずが。
「あ! ヨギボー!」
前は椅子もなかった部屋の一角にビーズクッションやら座椅子、抱き枕が無造作に置かれてる。
くつろぎ……というより、だらけるためのスペースが出来ている。
藤原君っぽくない。
え? ジャンプ?
藤原君が?
熱い友情とか読むの?
「それ、名竹君と石上の」
「えっ?!」
「夏休みに持ってきて置いてった」
「鏡夜が?! ってか石上先輩もここにいたの?!」
また私の知らない男子会の痕跡が!
みんな仲良すぎない?!
「石上メインの作戦だったからね」
夕夜が男子会スペースとパソコンモニターの位置を視線で繋いで訊ねる。
「何かの監視?」
「そ、五人目の」
「え、なんで?」
「その話を二人にしたかった」
藤原君が椅子に腰掛けて、キーボードを叩く。
モニターに街の様子を映す防犯カメラの映像が映し出される。
何ヶ所か切り替わり、大きな白い壁と道路が映るだけの画面になる。
藤原君がモニターを指でなぞる。
「これ公共カメラ。この壁の向こうがそいつの家で、この右奥にこの家の門がある」
「門は映らないの?」
「歩いて出てくれば分かる」
「このカメラの映像は見れないの?」
私は画面端に映ってる防犯カメラを指さす。
ちょうど門の方を向いている。
「そのカメラはこいつん家の」
「藤原が覗かないってことは、何か危険が?」
夕夜が訊ねると、藤原君は満足げに頷く。
「この家はヤクザ」
「えっ?!」
「五人目について」
藤原君が椅子を回転させて、私たちに向き直る。
「二年E組、丹治千影。この家の息子で現在不登校」
「五人目の子はいじめられてるって……体育祭のときの……」
「ヤクザの息子だからってあいつらに犯罪の濡れ衣を着せ続けられ、さらには捏造された情報をSNSで流出。丹治はまともに外も歩けなかった」
藤原君が嫌悪を露わにした冷たい目をした。
「まぁ……あれは解決してるから」
視線を逸らした藤原君の光のない瞳に背筋が凍る。
藤原君の視線が戻ってきて、切り替えるように口元だけで笑う。
「それとは別に石上が丹治に接触を続け、信頼を得るところまで来た」
「先輩が?」
「石上のあの性格だから出来ること」
藤原君が先輩を褒めてる!
なんとなく分かる気がする!
「文化祭の二日目、丹治を一般客として石上が誘い出した」
「え? じゃあ学校に来るの?」
藤原君が頷く。
「そのときに良かったら、二人も丹治に会って欲しい」
「もちろんだよ!」
夕夜も僅かに口元を緩める。
「俺と名竹君じゃ、どう見ても裏があるからな」
そう言って藤原君は笑うけど……完全同意で笑えない。
私と夕夜は黙って俯いた。
「あとこれは今後の絶対の注意として」
藤原君の声が低くなる。
「あくまで丹治千影 “だけ” だ。丹治 “家” とは一切接触、交渉しないこと」
夕夜も私に視線を向ける。
私は二人の重い視線をどうにか受け止める。
「リスクしかない」
藤原君が言い切る。
「ドラマや漫画みたいに、関わっても平気なヤクザなんかいない。大伴家にヤクザとの繋がりなんか出来てみろ。今まで築いたもん全部なくなるからな」
息が詰まる。
「五家として――丹治家は切る」




